新型コロナウィルス問題により2020年シーズン最後のレースとなるかもしれない今年のパリ〜ニース。
昨年の総合優勝者ベルナルやプリモシュ・ログリッチなどの有力選手、チームが次々と出場辞退した一方で、ティレーノ〜アドリアティコ組の合流やチーム上限人数の急遽拡大など、盛り上がる要素も加わった。
期せずして、例年とは違った雰囲気のレースとなったわけだ。
その意味で、今年の総合優勝者もまた、例年とはちょっと違った。
過去にはブラッドリー・ウィギンスやアルベルト・コンタドール、リッチー・ポート、ゲラント・トーマスなどのグランツールライダーたちが総合優勝を飾っているこのレース。
ツール・ド・フランスと同じA.S.O.が主催し、各特別賞ジャージもほとんどがツール・ド・フランスと同じで、その年のツールの行方を占うレースとも言われている。
そんな中で、決してグランツールライダーでは無さそうなシャフマンが総合優勝。
最終ステージがキャンセルされたから? いや、山頂フィニッシュのクイーンステージはしっかりと残されていた。
ベルナルやログリッチなど有力選手が不在だったから? その要因は間違いなくあるだろうが、それでもニバリ、ポート、バルデ、ピノ、キンタナなど、もっと「らしい」選手は数多く残っていた。
シャフマンがこの「ミニ・ツール・ド・フランス」を制すことのできた理由は決して、今年のパリ〜ニースがグランツールライダーでなくとも勝てるような難易度の低いものであったからではない。
横風による混乱や個人TTも含め、様々なシチュエーションで総合的に力を発揮し、そしてチームの力を借りて、最後は山頂フィニッシュでも耐え抜いて・・・シャフマンは十分に、この栄光に資する走りでもってマイヨ・ジョーヌ掴み取った。
「みんな、僕が総合系のライダーになれるとは思っていなかった。でもそれは僕にとって常に夢だったんだ。今、僕が最も権威ある1週間レースの1つであるパリ〜ニースを勝てたことは、とても誇らしい気分だ*1」
今回は、いかにしてシャフマンがこの勝利を手にしたのか、その理由を考察していくと共に、その他活躍した総合系ライダー/チームたちについても注目すべきポイントをピックアップしていく。
全体を通して共通するテーマは「チーム」と「アシスト」だ。それは、自転車ロードレースというスポーツの中核を成す魅力であると言えるだろう。
↓各ステージの詳細レビューについてはこちらから↓
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マキシミリアン・シャフマンが勝てた理由
パリ〜ニースは決して一筋縄でいくようなレースではない。「太陽へ向かうレース」とは、逆に言えば太陽とは無縁の世界からスタートするということ。3月前半のパリ近郊は、まだ冬の香りを色濃く残す冷たい雨風のテリトリーとなっている。
それは今年も同様であった。序盤の3ステージは常に、激しい横風と身体を蝕む低温との戦いとなり、ピュアスプリンターたちはもちろん、数多くの総合優勝候補たちも犠牲になってしまった。
そんな中、シャフマンとボーラ・ハンスグローエ・チームは、このサバイバルを巧みに生き残り続け、まずは重大なリードを得ることができた。
第1ステージはいきなりの丘陵ステージ。小刻みなアップダウンが続き、ラスト6㎞地点からは石畳の8%勾配区間を含む登り「ヌフル=ル=シャトー」が登場。スプリンターによる対決は望むべくもなく、アタッカーたちの動きが警戒された。
その先鋒を担ったのはジュリアン・アラフィリップとティシュ・ベノートであった。総合上位候補でもある彼らはステージ終盤に立て続けに登場する2つの中間スプリントポイントでのボーナスタイムを狙って飛び出し、そのままの勢いで2人だけで最後のヌフル=ル=シャトーに突入。このまま2人の逃げ切りで確定か?と思っていた中で、ボーラ・ハンスグローエが動いた。
まずはパトリック・コンラッドによる猛牽引で先頭2名とプロトンとのタイムギャップを20秒にまで短縮。そしてヌフル=ル=シャトーの石畳の登りでフェリックス・グロスチャートナーが強力なリードアウトを見せてシャフマンを発射した。
激坂巧者のディラン・トゥーンスと共にプロトンから抜け出したシャフマンは、あっという間に先頭2名にジョイン。そのまま、総合タイムを少しでも稼ぎたいアラフィリップの積極的な牽引もあってメイン集団は追いつけず。
最後は4名のスプリントとなったところで、ディラン・トゥーンスによる早めのスプリント開始を冷静に見極め、シャフマンが得意の小集団スプリントを見事に制した。
これでベノートに対しては4秒、イギータやニバリらに対しては25秒のリードを手に入れることに成功した。
第2ステージについては以下の記事でも詳しく書かせてもらっている。
この日はまさにボーラ・ハンスグローエのチームとしての力がより発揮された1日であった。その象徴となったのが元世界王者ペテル・サガンによる献身的なアシストの連続。
まずは残り50㎞地点の中間スプリントポイントでシャフマンのためのリードアウトをサガンが引き受け、彼に3秒のボーナスタイムをもたらす。毎年秒差の決着になることが珍しくないパリ〜ニースにとって、ライバルたちに丸々3秒のリードが得られるのはかなり大きい。
さらに残り30㎞地点で田園地帯に入り、今大会最も破滅的な集団崩壊を巻き起こすことになる横風区間に突入。
ここでもまた、ペテル・サガンが先頭を献身的に牽引。30名程度に絞り込まれたメイン集団を、さらに残り10㎞地点で再びサガンがシャフマンを連れてペースアップすることで、10数名にまで縮小させた。
かつて、ボドナールやオス、ブルグハートといった強力無比なルーラーたちによって数多くのタイトルを掴み取ってきたサガン。その彼が今、彼ら名ルーラーたちに負けない牽引力でもってチームの新エースたちを助けていく。
ただ勝つだけではない。本当に強い男の、その強さの一端を見せつけられた思いだった。
そして、最後に残った10数名の中に、ボーラ・ハンスグローエは4名もの選手を残していた。さらに残り3㎞からは、シャフマンが自ら集団を牽引し、チームのエーススプリンター、パスカル・アッカーマンのためのアシストに徹することになる。
残念ながら最後はアッカーマンが力尽き、勝利を得ることまではできなかったものの、チーム一丸となった走りを見せたボーラ・ハンスグローエは、とりあえずシャフマンのピノに対する15秒、ベノートに対する33秒、キンタナに対する1分22秒を稼ぎ出すことに成功した。
シャフマンがさらにリードを伸ばすことができたのが第4ステージだった。
15.1㎞の個人タイムトライアルとなったこの第4ステージでは、シャフマンは自らの力だけで戦わざるを得なかった。しかし、総合上位勢の中では、シャフマンはTT能力においてはかなりの優位を持つ男。実際に予想通り、この日だけで彼は、ベノートに30秒、イギータに40秒、ピノに44秒、キンタナに45秒、ニバリに47秒のリードを得ることに成功した。
しかも、グロスチャートナーもまた好走を見せたことでこの日時点での総合成績では総合ワン・スリーをボーラが独占するというかなり有利な状況に。総合で最もライバルになりうるであろうセルジオ・イギータまで1分6秒差ということで、シャフマンによる総合優勝というのもかなり現実味を帯びるようになってきた。
だが、第6ステージで、状況は変化を迎えていく。
サンウェブによるチーム戦略が見事にハマったことによって。
サンウェブの「チーム」戦略
チーム・サンウェブは今年、大きな「弱体化」を見せたチームの1つであった。
かつてチームの中心であったマルセル・キッテルやジョン・デゲンコルプらが去ってから久しく、屋台骨であったベテランのシモン・ゲシュケやローレンス・テンダムも移籍や引退を迎える。
そして今年は、総合系へと舵を切ったはずのチームの大黒柱トム・デュムランの契約期間途中での脱退。最強チームへと歩み始めていたはずのチームは一気にその勢いを失い、今や、平均年齢が他のチームよりも2歳分くらい低く、最もベテランと言える選手が30歳のマイケル・マシューズであるという「若手チーム」へと変貌してしまったのだ。
もしかしたら今年のサンウェブは、これまでにないほどに苦しいシーズンを迎えるかもしれないーーと思っていた中で、この2020年シーズン、彼らは意外な健闘を見せ始めることとなる。
その発端となったのが2月初頭のヘラルドサン・ツアー。この初日、すでに1月から頭角を表していたネオプロのアルベルト・ダイネーゼが、マックス・カンターのリードアウトを受けて早すぎるプロ初勝利を達成。2つの登りステージでは、マイケル・ストーラーやロブ・パワーという2人の若手クライマーのアシストを受けて、これまた若手のオージークライマー、ジェイ・ヒンドレーが圧倒的な勝利を掴み取る。
ヴォルタ・アン・アルガルヴェでは、昨年からすでに強さを見せつけていたケース・ボルが、ファビオ・ヤコブセンやアレクサンドル・クリストフを退けて今期初勝利。そして今回のパリ〜ニーズも、まずは第4ステージの個人TTでセーアン・クラーウアナスンが圧倒的な走りでステージ勝利を手に入れた。
「弱体化」などとんでもない。むしろ若手選手たちを中心とした活躍で、彼らは順調に勝利を積み重ねていく。
それも、決して「最強選手」がいるわけではない。最強ではない彼らが、チームの力を結集してチャンスを掴み取っていくのだ。
パリ〜ニース第6ステージもまた、そんな彼らの「チーム」力の賜物であった。
パリ〜ニース第6ステージ。ソルグからアプトまでの160.5㎞。6つのカテゴリー山岳を含み、総獲得標高が3,000mを超えるアルデンヌ・クラシック風味のクライマーズステージである。
逃げは7名。ロマン・バルデや2015年ブエルタで逃げ切り勝利を果たしているアレクシー・グジャールなど強力な選手たちを含んだこの逃げも、残り47.5㎞地点に設けられた中間スプリントポイントに向かう登り区間でバラバラになっていった。
10%もの激坂区間が続くこの登りの頂上で先頭に立ったのはバルデとニコラ・エデの2人だけ。
そして、同じタイミングでメイン集団から、昨年のブエルタ・ア・エスパーニャでも逃げ切り小集団スプリント勝利を果たしているニキアス・アルントが抜け出す。先頭から遅れかけていた逃げの残党、ウィネル・アナコナ、シュテファン・キュング、グジャールのグループに追いついた。
さらに、残り44㎞地点から登り始める2級山岳「カスヌーヴ」で、メイン集団からセーアン・クラーウアナスンがアタック。前日の個人TTでも勝利し、シャフマンから58秒遅れの総合2位につけていたクラーウアナスンは勢いよく単独逃げを敢行し、アルントたちの第2集団へとあっという間に追いついた。
ここからはアルントがクラーウアナスンのための猛牽引。キュング、グジャールはすぐさま脱落した。さらに、アルントが力尽きて落ちた後に今度はクラーウアナスンが自らペースアップ。アナコナも懸命に食らいついていくが、そんな彼も山頂目前でいよいよ突き放されてしまった。
単独走となったクラーウアナスンは下りを経て、残り33㎞地点で先頭のバルデ、エデに追いついた。
残り17.5㎞から登り始める2級山岳「オリボー」に入ると同時にエデが脱落。残り15㎞地点、山頂まで2㎞を残した地点でバルデすらも突き放され、クラーウアナスンはいよいよ本当の独走状態で先頭をひた走ることとなった。
とはいえ、この時点ですでにメイン集団とのタイム差は20秒。クラーウアナスンの総合逆転の可能性はすでになく、逃げ切り勝利すら厳しそうな状況となっていた。
だがここで、サンウェブは「第3の手」を打つ。山頂まで残り1㎞となったところで、ヴィンチェンツォ・ニバリのアタックを利用して、チームの総合エース、総合7位(1分11秒遅れ)ティシュ・ベノートが集団から抜け出した。
山頂まで残り500mでニバリを突き放したベノートは一気に先頭のクラーウアナスンにジョイン。クラーウアナスンは迷うことなくベノートのための牽引をスタート。ここで勢いをつけたベノートはその先の下りと10%勾配の「中間スプリントポイント登坂」も単独でこなし、オリボー山頂時点では20秒しかなかったタイム差を30秒、そして40秒へと開いて逃げ切り勝利を確定させた。
最後は信じられないといった表情を見せながらゴールに飛び込んできたベノート。
プロデビュー初年度の2015年にロンド・ファン・フラーンデレン5位で一躍注目を集めながらもその後はなかなか勝てずにいた若き天才が、2018年のストラーデビアンケ、2019年のツアー・オブ・デンマーク第1ステージに続くプロ3勝目を、このパリ〜ニースの舞台で成し遂げた。
そして同時に彼は、36秒遅れの総合2位へとジャンプアップ。
昨年のツール・ド・スイス総合4位の男は、当然、このパリ〜ニースで目の前に現れた大きなチャンスを逃すはずもなかった。
いよいよ、今年のパリ〜ニース最終ステージに突入する。
トレック・セガフレードのチーム力
トレック・セガフレードもまた、今年、意外な活躍を見せているチームである。
ツアー・ダウンアンダーではリッチー・ポートの総合優勝のため、とくに世界王者のマッズ・ピーダスンが献身的な働きを見せたことはすでに記事にしている。
その後もマヨルカ・チャレンジでマッテオ・モスケッティがパスカル・アッカーマンを退けて2勝、
ツール・デ・アルプ=マリティーム・ エ・ドゥ・ヴァールでは中堅フランス人ジュリアン・ベルナールがプロ初勝利を遂げるなど、勢いに乗っていた。
そして、2月末のオンループ・ヘットニュースブラッド。
春のクラシックの開幕戦を意味するこのレースで、今年最も決定的な動きが巻き起こったのは残り70㎞の「レケルベルグ」とその直後の細い道であった。ここで、フレデリック・フリソンとセーアン・クラーウアナスン、ティム・デクレルクにヨナス・ルッチが最初に飛び出して、この動きに反応してブリッジを仕掛けたのがイヴ・ランパールトとマッテオ・トレンティン、マイク・テウニッセン、そして、トレック・セガフレードのジャスパー・ストゥイヴェンであった。
彼はかつて23歳のときにクールネ〜ブリュッセル〜クールネを制したことで強い期待を持たれ続けていた。しかしその後は思うように結果を出せず苦しい思いを感じ続けていたなかで、逆にチームメートたちが昨年末から好調。その雰囲気の中で、ストゥイヴェンは必要以上にプレッシャーを感じることなくこのオンループに挑むことができていた。
だからこそ、残り70㎞のレケルベルグでも、ランパールトやトレンティンなどの優勝候補たちが抜け出したのを見て、彼は即座に反応することができた。
「僕はブリッジを仕掛ける最後の選手だった。かつてであれば、僕はきっと、負けるのを恐れて動けなかっただろう。僕はもう敗北を恐れていない」
その後のカペルミュール、ボスベルグでも彼は耐え抜き、ラスト2㎞のランパールトのアタックにも食らいつき、彼は最後にチャンスを掴み取った。
それは彼が間違いなく強かったからではあるが、それと同時に、彼がチームメートへの信頼を持ち、チームが良い雰囲気の中でこの時期を迎えていたからこそ、できた動きの果てでの勝利でもあった。
トレック・セガフレードは間違いなく良い雰囲気でこのパリ〜ニースを迎えることができていた。
パリ〜ニースのエースナンバーを着けるのはツアー・ダウンアンダーを制したリッチー・ポートであった。しかしポートは残念ながら、初日の横風で早くも遅れ、総合争いからは脱落してしまった。
一方、横風で多くのエース級の選手を苦しめることとなった第2ステージで、他のライバルたちに差をつけることに成功したのはヴィンチェンツォ・ニバリであった。その大きな要因となったのは、ツアー・ダウンアンダーと同じ、世界王者マッズ・ピーダスンによる献身であった。相変わらずオールアウトする勢いでエースを守り続けたアルカンシェルのお陰で、ニバリはイギータと共に総合優勝候補筆頭として第2ステージを終えることとなる。
その後の第4ステージの個人TTで、稼げる側だったはずのニバリが思わぬ失速でタイムを失ったことは非常に残念ではあったものの、それでも最終第7ステージをシャフマンから1分18秒遅れ、イギータからは17秒遅れで迎えることができていた。
そして、この第7ステージでトレックはそのチーム力を見せつけることとなる。
最終日キャンセルによってこの日がラストステージとなった第7ステージ。2年前のパリ〜ニース第7ステージのときと同じ、ラ・コルミアーヌ山頂フィニッシュでの決戦である。
この日は激しいアタック合戦の末に、6名の逃げが確定。その中に、2分4秒遅れの総合10位ジュリアン・アラフィリップが含まれていたことは、ボーラ・ハンスグローエによる猛牽引の必要性を生んだ。
先頭を担うのはパトリック・コンラッド。2018年パリ〜ニース総合7位の男の登坂力によって、コルミアーヌの麓でタイム差は1分に縮まったものの、その代償として早くもシャフマンのアシストの枚数が不足しつつあった。
その背後で、ティシュ・ベノートが虎視眈々と機会を狙っていた。
そして、コルミアーヌ突入後、動いたのがトレック・セガフレードだった。先頭を走るのは、2年前のジロ・デ・イタリアでクリス・フルームの大逆転劇の立役者となった男、ケニー・エリッソンド。
驚きのトレック移籍の意味を証明するかのような猛牽引で、プロトンの先頭をひた走る。
この動きで、シャフマンにとっての最後のアシスト、グロスチャートナーが脱落。山頂まで9㎞を残し、早くも彼は丸裸になってしまった。
そして残り7㎞、脱落したエリッソンドの代わりを担ったのが、その背後に控えていたリッチー・ポート。背中にはゼッケンNo.1の数字が光るが、初日から横風にやられて総合争いの目を失った男が、まるでかつての最強アシストの頃を思い出させるかのような牽引力で、チームの新エース、ヴィンチェンツォ・ニバリのためのアシストをやってのけた。
思えば豪華なトレインである。平地では世界王者が献身的な走りを見せ、山岳ではアングリル覇者と元エースとが強力に引っ張り上げる。トレック・セガフレードのチームとしての層の厚さを感じさせる走りでもって、プロトンは先頭に迫っていく。
が、しかし、もしかしたらこのときのトレック・セガフレードのペースは、決して破壊的なものではなかったのかもしれない。
実際、ポートに代わってからは、先頭を独走するデヘントとのタイム差もさほど変わらないように見え、シャフマンも1人になって両肩を揺らし、口も半開きになるほどの苦しそうな表情を見せているにも関わらず、淡々とペダルを踏んで問題なく食らいついていた。
一方、ニバリは残り6㎞地点で補給食を口にするなど、やや余裕のなさそうな様子を見せる。
もしかしたらニバリ、本調子ではないのか? ポートはそのニバリを気遣って、十分にペースを上げられていないのか?
そして、2年前のコルミアーヌでサイモン・イェーツが決定的なアタックを見せたのと同じく残り4㎞で、ついにナイロ・キンタナがアタック。
この動きによって集団は今度こそ致命的な崩壊を見せた。
0秒差の接戦
キンタナを追うプロトンにはニバリ、シャフマン、ピノ、イギータ、ベノートの5人だけに。
ニバリがすぐさまアタックを仕掛けるが、やはりキレはない。ピノにすぐに捕まえられる。
ピノ、イギータも立て続けにカウンターアタックを仕掛けるも、結局彼らも互いに牽制気味に動き、決定的な抜け出しが生まれずにいた。そしてシャフマンも直接のライバルとなりうるイギータのアタックには反応したものの、それ以外には積極的な動きは見せずに、残り少ない体力を温存した。
そしてフラム・ルージュが見えてきた残り1.5㎞。
ここまでプロトンの最後尾で唯一動きを見せずにチャンスを窺っていたベノートが、このタイミングでアタックを仕掛けた。
シャフマンはこれを追えず。むしろその勢いが弱すぎて結局ピノやイギータが集団先頭に立って追走を仕掛ける役割を担うほどであった。
そのままゴールに向かって突き進んでいったベノート。キンタナに遅れること46秒。後続のピノたちに10秒先行して、ゴールラインを2番手通過した。
のちに「もう少し早くアタックすべきだったかもしれない」と振り返っているベノート。だが、ゴール直後にフェンスにもたれかかり、身動きの取れなくなっていた彼は、最も力を出し尽くせる瞬間を正確に選び取れていたのだと思う。
最終的にシャフマンとの総合タイム差は18秒。そして、第6ステージのラストにシャフマンが落車したときに失ったタイムも18秒。
もしこれが救済されずに失われたままであれば、このパリ〜ニースの最終総合成績は0秒差となり、あとは個人TTで計測されているはずの0秒以下のタイム差次第ということになっていた。
まさに接戦。ベノートはチームの力を借りながら、ついにそこまで迫ったのである。
そしてシャフマンもまた、最後の瞬間まで耐え抜き、ラスト1㎞で置いて行かれそうになったところを食らいつき、最後はギリギリの勝負を制したのである。
彼の苦しそうな表情が決してブラフではなかったことは、ゴール後にたまらず倒れ込んでしまった彼の姿からもよく分かる。
まさに死闘だったのだ。とくにシャフマンとベノートにとっては。
グランツールライダーとは言われることのないだろうこの2人が今回の成績を残せた背景には、それだけすべてを投げ打つ走りが必要だったのであり、そしてその結果の大部分において、チームメートたちの献身が光っていた。
彼らの今回のパリ〜ニースの成績には、ロードレースの面白さが存分に詰まっている。
イギータとEFの可能性
ベルナルもログリッチもいなくなった今年のパリ〜ニースにおいて、にわかに総合優勝候補に祭り上げられることになったのが、EFプロサイクリングのセルジオ・イギータであった。
昨年ワールドツアーデビューを果たしたこの22歳のコロンビア人は、昨年の時点ではツアー・オブ・カリフォルニア総合2位やブエルタ・ア・エスパーニャでのステージ優勝こそ経験したものの、まだグランツールレーサーとしては時期尚早というイメージであった。
そのイメージを覆したのが今年のコロンビア国内選手権ロードレースでの優勝と、そしてそのあとのツアー・コロンビア2.1における、エガン・ベルナルとリチャル・カラパスを相手取っての総合優勝であった。
誰もがイギータの今年の覚醒を確信していた。ベルナルもログリッチもいない中、ニバリやキンタナはいるものの、十分に総合優勝は狙えるんじゃないか。そんな思いの中だからこそ、最終的な総合3位という結果それ自体は、格別驚きもしないものであった。
だが、それでも驚くべきことが2つあった。1つは、決して得意ではないだろうと思っていた個人TTでの好走。シャフマンから40秒離されてしまったのは仕方ないとして、ピノに4秒、キンタナに5秒、ニバリに7秒先行してゴールできたことは、彼のグランツールレーサーへの可能性を強く感じさせる結果であった。
そしてもう1つ。数多くの総合ライダーたちを犠牲にした第2ステージの横風区間にて、彼は最後まで先頭に残り続け、ライバルたちに対する大きなリードを得ることに成功した。
わずか166㎝、57kgの小さな体でありながら、あの地獄のような横風区間を耐え抜くことができたことは、まるで昨年のベルナルを見ているかのようで、やはり今回のパリ〜ニースはこの男が制するのではないかと感じさせるに十分だった。
しかし忘れてはいけないのが、昨年のベルナルにはルーク・ロウがついていたように、今回のシャフマンにも「参謀」がついていた。それは昨年のロンド・ファン・フラーンデレンでもチームメートのための献身的な走りを見せてくれた偉大なる「無冠の帝王」セップ・ファンマルクである。
ファンマルクは第2ステージのラスト10㎞で最後の集団分裂が起こる直前まで、常にイギータを護り続けていた。10年以上プロトンの中に居続け、クラシックレースではその先頭を走り続けていた男は、20㎝以上も小さいチーム2年目の若きエースのために献身的に働くことを厭わなかった。
そしてまた、イギータ自身も、彼を護る先導役を信頼するというエースには必要不可欠なことを堂々とやり遂げていた。
「彼に必要なのは僕についてくること、そして僕を信頼すること。彼はそれらを本当によくやってくれていた。彼は僕がいつ何をすべきなのかすべて知っているんだということを信じ切っていた。僕も常に振り返りそこに彼が正しくいるかどうかを何度も確かめていた。彼が少し離れてしまっていたらすぐにペースを落として迎えに行き、また彼が僕の体によって風から身を守れるように。そして彼はしっかりと僕に食らいつき続けてくれた」
エースとアシスト。その経験の差が全く逆転していたとしても、チームの結果のためには互いが互いを信頼し動く必要がある。
今回のような関係で共に走ることは初めてだったという2人。しかしそれは十分に成功していたように思う。
かくして、セルジオ・イギータは横風の悪夢を乗り越え、総合3位にのし上がったまま最終日を迎えた。
最後は残念ながら、決定的な抜け出しを行うことができずに総合逆転には至らなかったが、それはコロナウィルス問題によってティージェイ・ヴァンガーデレンが早期にリタイアし、マイケル・ウッズが落車により大腿骨骨折という悲惨な事態になってしまったことでボロボロになった山岳班のことを思えば、仕方のない事態だったように思う。
いずれにせよ、イギータは引き続き今後も総合ライダーとしては十分に可能性を持つ男であり、またそれを支えるEFプロサイクリングも今年も十分に期待のできるチームである。
キンタナの復活?
最後に、やはりこの男について触れなければならないだろう。
ナイロ・キンタナ。2013年と2015年のツール・ド・フランスで総合2位の座を手に入れ、クリス・フルームを倒しうる唯一の男と思われていながら、2017年以降その存在感を失い続けていた男。
そんな彼が、今年、アルケア・サムシックへの移籍を経て、良い方向に変わりつつある。そしてこのパリ〜ニースでも、総合成績こそ第2ステージの横風にやられて失うものの、最終日コルミアーヌの残り4㎞で狙いすましたかのようなアタックで見事に勝利を掴み取った。
今年すでに、2つのステージレースを共に制しており、昨年・一昨年の勝利数を合わせた5勝という数字に早くも並んでしまった。
キンタナは復活したのか?
もちろん、そう前のめりに結論づけるのは難しい。勝った2つのステージレースはあくまでも1クラス。今回のコルミアーヌの勝利も、総合で遅れていたがゆえに見逃された部分は少なからずあるだろう。
それでも、今年の3つのレースで彼が見せた「ひとたびアクセルを踏めば誰もついてこれない勢いのあるアタック」は、2014年のティレーノ〜アドリアティコで見せたそれであり、2015年ツール・ド・フランスの第20ステージでクリス・フルームを突き放したときのそれであり、2016年や2017年のツール・ド・フランスで見せたすぐに失速して捕まえられてそのままずるずると落ちていく力無きアタックのそれではない。
数多くの苦しさと経験の果てに、ナイロ・キンタナが再び力を取り戻しつつあるのは確かなようだ。あとは、チームが十分に機能すれば・・・今回も、ウィネル・アナコナやダイェル・キンタナの動きは悪くなかった。だが、真のグランツール総合争いに際したときのチームの動きが十分なものであるかはまだ未知数だ。
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