ジロ・デ・イタリアの開幕、そして「秋のクラシック」の開幕。例年とは打って変わったこの過密日程で、出場選手の顔ぶれも例年とは違っていたり、思わぬ波乱が続出したりで、大混乱の幕開けとなった。
8月から始まった短い今年のレースシーズンも、まだグランツールを2つ残しながらもいよいよ終盤戦。
その「前編」にあたる10月前半の7レースを振り返っていく。
- ビンクバンク・ツアー(2.WT)
- リエージュ〜バストーニュ〜リエージュ(1.WT)
- リエージュ〜バストーニュ〜リエージュ女子(1.WWT)
- ブラバンツペイル(1.Pro)
- ヘント〜ウェヴェルヘム(1.WT)
- ヘント〜ウェヴェルヘム(1.WWT)
- パリ〜ツール(1.Pro)
↓過去の「主要レース振り返り」はこちらから↓
主要レース振り返り(2018年) カテゴリーの記事一覧 - りんぐすらいど
主要レース振り返り(2019年) カテゴリーの記事一覧 - りんぐすらいど
主要レース振り返り(2020年) カテゴリーの記事一覧 - りんぐすらいど
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ビンクバンク・ツアー(2.WT)
ワールドツアー 開催国:ベルギー 開催期間:9/29(火)〜10/3(土)
かつてはベネルクス・ツアーやエネコ・ツアーと呼ばれたこともある、オランダとベルギーとを跨ぐステージレース。
例年フランドルやアルデンヌ風味のコースも用意され、クラシックライダーが上位を占めることも多いレースである。
今年は新型コロナウイルスの影響を受けた過密日程に対応しステージ数が縮小。
その結果、アルデンヌ風味のアップダウンステージはなくなり、カペルミュールを4回登るフランドルステージだけがクイーンステージとして残った。
よって、オリバー・ナーセンやイヴ・ランパールトなどの北のクラシック・スペシャリストたちの好成績が期待されていた。
しかし、新型コロナウイルスの影響はレース開始後にも及ぼされる。
オランダが現状に即して急遽入国の制限を開始し、オランダを舞台にした第2ステージのTTが前日に突然のキャンセル。
第3ステージもオランダ部分をカットするなど、大きな変更が巻き起こった。
そんな中、繰り広げられた第1・第3ステージはピュアスプリントステージ。
となれば、優勝候補最右翼は、直前のティレーノ~アドリアティコで本来の強さを取り戻したと思われていたパスカル・アッカーマンだった。
しかし、今回のビンクバンクでは再び「勝てない男」であることを示したアッカーマン。
第1ステージ、第3ステージ共に「3位」。その要因は、「あまりにも早すぎるスプリントの開始」だった。
逆に好調さを見せつけたのが元世界王者のマッズ・ピーダスン。
ツール・ド・ポローニュに続く、対アッカーマン勝利。
かつては決してピュアスプリンターという評価はされていなかったはずの彼だが、ツール・ド・フランスでもシャンゼリゼ2位を含む好成績を残していったことが自信をもたらしたのか、安定して強いスプリントを見せるようになっていた。
昨年はトレック・セガフレードもこのピーダスンとエドワード・トゥーンスのどちらをエースにするか迷っていた様子が見られていたが、今年ははっきりとピーダスンをエースに。
この時の勝利は、のちのヘント~ウェヴェルヘムの勝利にも確かにつながっていたように思う。
本来の予定から変更され急遽8.14kmの短距離個人TTに姿を変えた第4ステージ。
ここでもこのマッズ・ピーダスンが区間4位の好成績。総合リーダージャージも手に入れる。
しかしこのTTで勝利したのは、ツール・ド・フランスでも大活躍をしてみたセーアン・クラーウアナスン。
2位・3位を独占したシュテファン・キュングとステファン・ビッセガーのWスイス人を抑え、デンマーク人のクラーウアナスンが今年のビンクバンクツアー最速の男の座を手に入れた。
そして迎えた最終日。「カペルミュール」を4回登る正真正銘のクイーンステージ。
総合リーダージャージを着るピーダスンも決して、この日のようなレイアウトを苦手としているわけではない。
だが、この日は、この北のクラシックに愛されたような男が、本来の彼の力を取り戻したかのような鮮烈な強さを見せつけることとなった。
フィニッシュまで残り75㎞。4回登るカペルミュールの2つ目の登りで、マチュー・ファンデルポールがフロリアン・セネシャルを引き連れてメイン集団からアタックした。
そのままチームメートのドリス・デボントを含む逃げ集団にジョインしたファンデルポールは、ピーダスンを含むメイン集団とのタイム差を少しずつ広げ始めた。
ピーダスンと総合5位のマチュー・ファンデルポールとのタイム差は17秒。
その17秒を遥かに超えるタイム差を積み上げていった末に、フィニッシュまで残り50㎞。3回目のカペルミュールの登りで、ついにファンデルポールは独走を開始した。
そこからはまさにファンデルポールの独壇場であった。
まるで彼が無敵の強さを発揮するシクロクロスであるかのように、彼はひたすら独りで精鋭たちが集うメイン集団との追いかけっこを支配し続けた。
それでもメイン集団もまた、指をくわえて見ているわけではなかった。
総合2位セーアン・クラーウアナスン、総合3位シュテファン・キュングに北のクラシックスペシャリストのオリバー・ナーセン、そしてソンニ・コルブレッリの4名が抜け出し、ファンデルポールとのタイム差を着実に縮めていく。
しかし肝心の総合リーダー、ピーダスンの姿はそこにはなかった。
ビンクバンクツアー特有の「ゴールデンキロメーター(ボーナスタイム最大3秒獲得できるポイントが1㎞ごとに3つ連続する区間)」をすべて先頭通過し9秒のボーナスタイムを獲得したファンデルポール。
最後は後方から迫りくるクラーウアナスンらに4秒差にまで追い詰められたものの、しっかりと逃げ切って1位フィニッシュのボーナスタイム10秒も獲得したファンデルポールは、最終的に総合2位クラーウアナスンに8秒差をつけて逆転総合優勝を果たした。
実にファンデルポールらしい、強い勝ち方を経て、この「クラシック・ステージレース」を制した。
一方で、かつてのような「圧倒さ」はやや見受けられなかったようにも感じるレースであった。
シクロクロスなどで見せているような、あるいは昨年のアムステルゴールドレースでのあの奇跡のような勝利を覚えている身からすれば、この日のマチューが結局4秒にまで迫られていたことは少し驚きでもあった。
実際、今年の彼はやや、その意味での派手さを欠いているように思う。
それはもちろん、ツール・ド・フランスでのワウト・ファンアールトのあまりにも驚異的過ぎる走りや、タデイ・ポガチャルのありえないような逆転劇を見てしまって感覚が麻痺してしまっているからでもあるが、ファンデルポールの本来の強さはこんなものではない、という思いは確かにある。
また、結局「この勝ち方なのか」という思いもある。
ロードレースでの勝利というよりは、自らの個の力で振り切って勝つその勝ち方。
ロードレースのセオリーを破壊した鮮やかな勝ち方ということもできるが、一方で彼が「ロードレース」に持ち込まれたときに本当に勝てるのか?という思いも。
その不安は、のちにヘント~ウェヴェルヘムで実際に形になるわけだが・・・。
マチュー・ファンデルポール。紛れもなく最強の自転車乗りである彼が、今後、このロードレースという舞台でいかにしてその強さを表現していくのか。
彼の可能性はまだまだ無限に広がっている。
リエージュ〜バストーニュ〜リエージュ(1.WT)
ワールドツアー 開催国:ベルギー 開催期間:10/4(日)
初開催は1892年。
史上最古のモニュメント。「最古参(ラ・ドワイエンヌ)」の異名を持つこのクラシックレースは、丘というにはやや長すぎる登坂を数多くこなし、総獲得標高は4,500mに達する。
パンチャーが活躍するアムステルゴールドレースやフレーシュ・ワロンヌともまた一線を画する、グランツール総合争いを繰り広げるようなステージレーサーたちが活躍しうる「クライマーズクラシック」である。
そんな今年のリエージュ~バストーニュ~リエージュは、直前の同じく「クライマー向き」であった世界選手権で活躍した面々が再び強さを発揮した。
レースが大きく動いたのは昨年と同じく残り13.5㎞の最後の勝負所「ラ・ロッシュ・オ・フォー・コン(登坂距離1.2㎞、平均勾配10.6%)」。
プリモシュ・ログリッチのためのペースメイクを行うトム・デュムランの背中から最初に飛び出したのが、アルカンシェルジャージを身に纏ったジュリアン・アラフィリップ。
だが、1週間前のイモラ・サーキットのようにたった一人で抜け出すことは叶わず、ここにマルク・ヒルシ、プリモシュ・ログリッチ、タデイ・ポガチャルといった、世界選手権でも上位に入ったメンバーが食らいついていった。
マチュー・ファンデルポールやマイケル・ウッズを含んだ追走集団を追いつかせることなくフィニッシュに辿り着いた4名。
アラフィリップを先頭に牽制を仕掛けている間に、後続から単独ブリッジをかけてきたマテイ・モホリッチが残り350mで合流。そのままスプリントを開始。
この背中に飛び乗る形で加速したアラフィリップが、残り150mで発射した。
ここに、22歳のスイス人マルク・ヒルシが食らいついていった。
その勢いは、アラフィリップを越えて先頭でフィニッシュに向かいかねないほどのものだった。
だが、ここでアラフィリップが突如、進路をヒルシ側に寄せていく。
その中でヒルシは成す術もなく失速。その背後に着けていたポガチャルもまた、そのあおりを食らってしまった。
思いもかけずライバルたちを排除したアラフィリップは、ほとんど単独で先頭に抜け出してフィニッシュまであと50m。
それは、安心によるものだったのか。
それとも、あまりにもきわどい進路妨害をしてしまったことによる動揺があったのか。
残り25m。
早すぎるタイミングで両手を広げたアラフィリップの右わきから、今年のツール・ド・フランス総合2位の男がしっかりとバイクを投げ出した。
――勝ったのは、プリモシュ・ログリッチ。
第106回目を迎えた「最古参」モニュメントは、まさかの、勝者のガッツポーズのないフィニッシュとなってしまった。
ツール・ド・フランスでは最後、あまりにも衝撃的な敗北を喫してしまったログリッチ。
普通であればあのままシーズンを終えても仕方のないくらいの大敗であったに違いない。
それでも彼は、最終日シャンゼリゼを笑顔で走り切り、そしてこの日、最後の最後までバイクを投げ出して勝負に挑むことを忘れなかった。
その精神力、そのまっすぐな思い、ハングリー精神が、この初のモニュメント制覇を導いた。
おめでとう、ログリッチ。あなたは実に強い男だ。
そして、アラフィリップの進路妨害によって2位に終わってしまったヒルシは、勢いだけで言えばこの日、勝っていてもおかしくはなかった。
今回は実に不運ではあったものの、その強さは紛れもない輝きを放っている。
この日で今年のヒルシのシーズンは終わりとのことだが、引き続き来シーズンもまた、強くあり続けてくれることを願っている。
リエージュ〜バストーニュ〜リエージュ女子(1.WWT)
ウィメンズ・ワールドツアー 開催国:ベルギー 開催期間:10/4(日)
世界選手権、そしてフレーシュ・ワロンヌと圧倒的な強さを発揮したアンナ・ファンデルブレヘンがまたも無双するのか、それとも元世界王者で今年も滅茶苦茶強いアネミエク・ファンフルーテンが逆襲に出るのか、そんな風な想像をしていた中で、実際の展開は全く異なる様相を見せた。
残り50㎞で形成された9名の逃げ。その中から、残り30㎞のコート・ド・ラ・ルドゥットでエリザベス・ダイグナンが独走を開始した。残最後の登りコート・ド・ラ・ロッシュ・オ・フォーコンでグレース・ブラウンが単独で追走を仕掛けるが、結局は届かず。元世界王者のイギリス人女子最強ライダーが見事勝利を掴んだ。
だが、最大で1分差をつけたダイグナンを、わずか9秒にまで追い詰めたブラウンの走りは実に素晴らしかった。先日の世界選手権TTでも5位で、そしてこのあとのブラバンツペイルでも、同じく絶好調のリアヌ・リッパートの追撃を振り切って独走勝利を果たしている。
今年28歳のオーストラリア人ルーラー、ブラウン。これからの活躍にも注目だ。
ブラバンツペイル(1.Pro)
UCIプロシリーズ 開催国:ベルギー 開催期間:10/7(水)
例年フランドル・クラシックとアルデンヌ・クラシックとの橋渡し的な役割を果たし、直後に控えるアムステルゴールドレースの前哨戦という意味合いをもつこのブラバンツペイル。
今年に関して言えばフランドルとアルデンヌの順番が逆転したうえに、肝心のアムステルゴールドレース自体も中止。
結果として、リエージュ~バストーニュ~リエージュに出場した選手たちが多く参戦し、その「リベンジ戦」のような様相を呈することとなった。
そう、それはリベンジ戦だった。
3日前のリエージュ~バストーニュ~リエージュで、世界王者アラフィリップは実に悔しい思いを味わった。
早すぎたガッツポーズによって差し切られたこと。そして、自らも直後に強く後悔することとなった「斜行」による降格処分。
その悔しさを発条にして、アラフィリップはまるで何一つ栄光を掴み取っていなかった頃のアグレッシブさを取り戻すかのように、常に自分から仕掛け、仕掛け、仕掛け続けるレースを展開した。
「挑戦者」であることを取り戻した世界王者の執拗な攻撃によって集団は何度も崩壊させられる。
そして残り11㎞。激坂「モスケストラート」で加速したアラフィリップについていくことができたのは昨年の覇者マチュー・ファンデルポールと昨年のGPシクリスト・ド・モンレアルでアラフィリップと共に逃げたブノワ・コヌフロワのみ。
最後のスプリント争いではまともにやり合っても勝ち目のないコヌフロワが先行。ファンデルポールはその背後を取るが、その隣にポジションを取ったアラフィリップによって行く先を阻まれてしまう。
ロードレース巧者たりえない「最強の男」をポジション取りの巧みさによって抑え込んだアラフィリップは、今度もまたちょっと早すぎるような気がするガッツポーズを見せながらも、それでも何とか今度こそ勝利を掴み取ることに成功する。
ちょっと恐る恐るだった?
世界王者の初優勝。
アルカンシェルを獲ることで逆に勝てなくなる選手というのは結構いて「アルカンシェルの呪い」なんて言ったりもするが、その先例を直後のビッグレースで味わい切ったアラフィリップは再びそのマインドをまっすぐ整えることに成功したか。
2021シーズンもさらに鮮烈なる勝利でその虹色を輝かせてくれることを期待しているよ。
ヘント〜ウェヴェルヘム(1.WT)
ワールドツアー 開催国:ベルギー 開催期間:10/11(日)
「北のクラシック」レースの中でも特に格式の高い伝統的なレースながら、勝負所「ケンメルベルク(登坂距離1.5km、平均勾配6.5%、最大勾配23%)」からフィニッシュまでの距離が長いこともあり、最終的には集団スプリントで決着することの多い「スプリンターズクラシック」のヘント~ウェヴェルヘムだが、今年はその状況が一変した。
激しい横風はこのレースのいつもの姿ではあるが、今年はさらに変則日程による疲労とメンバーの変化、そして10月という慣れない環境の中でのレースとなり、展開は実にサバイバルに。
昨年覇者アレクサンダー・クリストフも早々に脱落し、最後は9名の小集団による逃げ切り決着。ある意味実に「北のクラシック」らしい展開となった。
そしてこの9名が、なかなか一筋縄ではいかないメンバーであった。
まずはどうしても目立つ存在となるマチュー・ファンデルポール。
昨年のアムステルゴールドレースでの走りはまだプロトンに強い印象を残していることだろうし、つい先日のビンクバンクツアーでも衝撃的な逆転総合優勝を飾っている。
だからこそ彼に対する集団の警戒心は強いし、それを踏まえたうえで勝つためには、ロードレースらしいクレバーな「騙し合い」をしていかなければならない。
もしかしたらファンデルポールはまだ、その段階に達していないのかもしれない。
そんな彼が選んだのは、とにかくワウト・ファンアールトが前に出たら自ら牽引してこれを捕まえる、ということ。
残り5.5㎞でアタックしたアルベルト・ベッティオルについていったファンアールトも、残り3.8kmで飛び出したシュテファン・キュングについていったファンアールトも、ファンデルポールも自らたった一人で追走を牽引したことでこれを捕まえた。
自分のライバルがファンアールトであることを理解し、それを絶対に行かせないこと――これがシクロクロスの舞台であれば、その選択肢は絶対的に正しかったかもしれない。
だが、ここはロードレースだった。ファンデルポールのその走りはファンアールトに強い警戒心を生ませる結果となり、残り1.8㎞で巧者マッテオ・トレンティンが抜け出したとき、ファンアールトはまずファンデルポールを見て足を止めるという選択肢を取ることとなり、彼しか見てなかったファンデルポールもまた、トレンティンたちを追いかけることをしなかった。
9名の中で最も派手な存在である2人が、ここで勝負権を失った。
一方、実に巧みな走りをして見せたのがトレンティンだった。また、ベッティオルもセネシャルも、先ほどのキュングのアタックの際にも先頭に飛び乗るなど、常に機を見て動く鋭さを持っていた。
だが、この日勝ったのはそのいずれでもなかった。
むしろ、この残り1.8㎞のその決定的な瞬間まで存在感を消し続け、元世界王者という輝かしい実績にも限らずひたすら集団牽引の役目を担わされることなくひっそりと息をひそめることのできていた男、マッズ・ピーダスンだった。
トレンティンたちが抜け出し、ファンアールトとファンデルポールとが牽制するその隙に、彼は残し続けていた足を使って、単独でブリッジを仕掛けることに成功した。
トレンティンにとっては、悪夢の再来だった。
ファンデルポール、ファンアールトといったシクロクロッサーたちには滅法強いトレンティンも、まるで三すくみであるかのように、このピーダスンという男に対して圧倒的に相性が悪かった。
まるで1年前のヨークシャーを再現するかのように、早駆けしたトレンティンの後ろからこの男は悠々とペースを上げてこれを追い抜いて、そして後ろについたセネシャルを並ばせることなく、フィニッシュに飛び込んでいった。
元世界王者ピーダスン、北のクラシック初勝利。それも、この格式高い、伝統のヘント~ウェヴェルヘムで。
それは1年前と同様に、必然だったのかもしれない。
あのときもまた、激しい雨が降りしきる中でのサバイバルレースだった。
横風吹きすさぶ中、スプリンターズクラシックにあるまじきサバイバルさを呈した今回のヘント~ウェヴェルヘムもまた、最後の最後に体力を残せていたのは、世界トップクラスのタフネスさをもつこのピーダスンだったということかもしれない。
そして驚異のタフネスさを持つと思われていたファンアールトとファンデルポールは、ここまでの打ち合いで彼らが想像する以上に疲弊していたのか、最後は残り7名からずるずると遅れてのフィニッシュとなってしまった。
これがロードレース。先日の世界選手権では一足早くその洗礼を浴びせかけられたファンアールトに続き、ファンデルポールもまた、それを強く味わったに違いない。
ここから彼らがどう進化していくのか。それが楽しみでならない。
昨年の世界選手権のピーダスンの勝利については以下の記事で。
ヘント〜ウェヴェルヘム(1.WWT)
ウィメンズ・ワールドツアー 開催国:ベルギー 開催期間:10/11(日)
昨年このレースを制したキルステン・ワイルドはCovid-19の検査で陽性を示したために欠場。また、與那嶺恵理含むアレ・BTCリュブリャナもチーム内での陽性発覚によりチームごと欠場することとなった。
混乱と共に(女子レースの通例に反し、男子レースの「前座」ではなくその後に)開幕した女子版ヘント~ウェヴェルヘムは、男子レース同様に「スプリンターズクラシック」ではないサバイバルな展開の中での小集団逃げ切り決着となった。
男子の232.5㎞に対し、女子レースは141.4㎞。男子は3回登ることになる「ケンメルベルク」を女子は2回登る。
その2回目の(すなわち最後の)ケンメルベルク――残り30.5㎞地点――でペースを上げたのは、昨年のワイルドに勝利をもたらした最強リードアウターのリサ・ブレナウアーと、ロンゴボルギーニ&ダイグナンの絶好調コンビをアシストするエレン・ファンダイクの2人。この動きによって、11名の精鋭集団が形成される。
一度はこの先頭集団に入り込むことができていたリアヌ・リッパートが落車したことによって、昨年世界ランキング1位のロレーナ・ウィーベス率いるチーム・サンウェブは苦境に立たされていた。全力で追走集団を牽引して先頭11名を捕まえようとするが、最後の最後であとわずか届かなかった(ウィーベスは11位フィニッシュ)。
11名の中にも強力なスプリンターが何名かいた。先のブレナウアーもその1人だったが、ケンメルベルクの登りでのペースアップで疲弊していたのか、3位に終わる。
ベルギーチャンピオンジャージを着るロッテ・コペッキーもその筆頭だった。今日のようなサバイバルレースは彼女の得意とする領分であった。
しかしそれ以上に強力なスプリントをしてみせたのが、2017年・2018年とこのレースで2位を味わい続けていたヨリーン・ドールだった。9月のベルギー国内選手権で敗れたコペッキーへのリベンジを果たし、「ベルギー最強スプリンター」の座を奪い返した。
パリ〜ツール(1.Pro)
UCIプロシリーズ 開催国:フランス 開催期間:10/11(日)
かつては「スプリンターズクラシック」と呼ばれていたこのパリ〜ツールも、2018年からはだいぶ様子を変えてきた。
その要因になっているのは残り50㎞から始まる「シュマン・ド・ヴィーニュ(葡萄畑の小道)」。葡萄畑特有の小刻みなアップダウンと見た目は美しいが凶悪な砂利道とが、シーズン終盤のライダーたちを餌食にし、ストラーデビアンケのようなサバイバルなクラシックレースを誕生させた。
最大の優勝候補の1人と目されていたのは、このレースを2018年に制し、そして今年のツール・ド・フランスで「2勝」した今最も勢い乗っている男、セーアン・クラーウアナスン。
しかし彼はまさに勝負に突入しようとしていた残り52㎞地点で落車。身体を痛めながらもリスタートした彼だったが、もはや集団のペースは上がっており、勝負権を完全に失うこととなってしまった。
そして直後から始まる「シュマン・ド・ヴィーニュ」。その入り口にあたるコート・ド・ゴゲンの登りでロマン・バルデがペースアップ。
ストラーデビアンケ2位の経験ももつバルデのアタックは、しかし彼自身の勝利のためというよりも、彼が去ったあとのフランスチームを牽引する役目を担うであろう男、ブノワ・コヌフロワのためのアシストだったようにも思える。
実際、このバルデの攻撃の後にコヌフロワが動き出す。
コート・ド・ゴゲンの直後に控える最初のグラベル区間「ラ・グロッセ・ピエール」で抜け出したコヌフロワに食らいついていったのがグルパマFDJのルディ・モラール、アルペシン・フェニックスのアレクサンダー・クリーガー、B&Bホテルス・ヴィタルコンセプトのカンタン・パシェ、そしてチーム・サンウェブのカスパー・ピーダスンの4名。
計5名の有力集団が、メイン集団から抜け出して形成された。
追走集団たちに捕まえられることもないまま残り距離を消化していくこの5名だったが、残り34㎞地点のコート・ド・ラ・ヴァレ・デュ・ヴォーの登りでコヌフロワがアタック。
この強烈なアタックについていけたのはモラールとピーダスンの2人だけ。
さらにコヌフロワは残り28.8㎞地点のコート・ド・ラ・ロシェールでもさらにアタック。ここでついにモラールも突き放されてしまった。
だが、コヌフロワにとって誤算だったのは、この度重なるアタックに、決してパンチャータイプではないはずの重量級ピーダスンがしっかりと食らいついてきたこと。
ヴァランタン・マデュアスやワレン・バルギルらが組織する追走集団には追いつかせることなくフィニッシュに到達することのできたコヌフロワではあったものの、最後の最後で、ツール・ド・フランスでもケース・ボルの最終発射台として驚異的なリードアウトを見せていたピーダスンとのマッチアップは、コヌフロワにとっては悪夢以外の何物でもなかった。
最終ストレートでは先頭を牽きながらも何度も振り返ってコヌフロワの動きを見計らっていたピーダスンは、コヌフロワがスプリントを開始したのを見て同時にアクセルを踏む。
それでも何の問題もなくコヌフロワを突き放す余裕ぶり。
あのコヌフロワの執拗な攻撃を耐え続けた男が、思わぬトラブルで戦線を離脱したエースの代わりに見事に勝利。
さらに、30秒遅れでフィニッシュに飛び込んできた追走集団の先頭を取ったのはシクロクロッサーのヨリス・ニューエンハイス。
彼もまた、サンウェブの一員だった。
チームメンバーの誰もがエース。そして、「誰かが勝つ」。
それだけならばまるでドゥクーニンク・クイックステップのような勝ち方ではあるもの、それを実現するのがワールドツアー全19チームの中で圧倒的に低い平均年齢をもつこのチームであり、そして一見「最強」のいないようなチームであるサンウェブなのだから、驚きだ。
この実に不思議なフィロソフィーを持つサンウェブに、来年はバルデが加入してくる。
果たして、どんな化学反応が起きるのか。
今からその光景が楽しみで仕方ない。
後編につづく
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