今年もいよいよこの時期がやってきた。
新型コロナウイルスの影響でシーズン全体が後ろ倒しになった結果、例年よりも遅い時期での発表。
また、数多くのレースがキャンセルになったことで、いつもよりは候補が少ないかな・・・
と思っていたらそんなことないくらいの名レースの数々。
今回もいつも通りに、ある意味いつも以上にうんうんと唸りつつ、なんとか5つに絞った。
(と言いつつ、結局番外編含めて6つあるのだけれど)
しかも、思わず筆が載ってしまい、文字数が尋常じゃなく多くなってしまった。
そこで申し訳ないが、前後編に分けることに。
今回は第5位から3位までの3レース。
独断と偏見と趣味に塗れた選別になっているが、何卒生暖かい目で見てくれれば幸い。
【参考:過去の「振り返る」シリーズ】
2016年シーズンを振り返る カテゴリーの記事一覧 - りんぐすらいど
2017年シーズンを振り返る カテゴリーの記事一覧 - りんぐすらいど
2018年シーズンを振り返る カテゴリーの記事一覧 - りんぐすらいど
2019年シーズンを振り返る カテゴリーの記事一覧 - りんぐすらいど
【参考:過去の「ベストレース」シリーズ】
2016年シーズンを振り返る③ ~今年のベストレース4選~ - りんぐすらいど
2017年シーズンを振り返る① 今年のベストレース4選+1 - りんぐすらいど
2018年シーズンを振り返る① 今年のベストレース4選+1 - りんぐすらいど
2019年シーズンを振り返る① 今年のベストレース4選 - りんぐすらいど
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第5位 ジロ・デ・イタリア 第8ステージ
いきなり完全に自分の趣味である。
自分は「強い選手が強いままに勝つ」ステージはそこまで好きではない。いや、好きなんだけれど、そこまで語るべきことがないというか、「すごかった」の一言で終わることが多い。
一方で一番好きなタイプの選手は何かというと、本来であればこの面子の中で勝つことはないだろうな、といった選手/チームが、一人ではなくそのチーム力でもって勝ったレース、というのが好きだったりする。
そういう趣味全開で書いた過去のレースとしてはたとえばこういうのがあったりする。
で、今回最初に選ぶのもそういうレースである。
ジロ・デ・イタリア第8ステージ。
あれ? どんなレースだっけ? 誰が勝ったレースだったっけ? という人も多いのではないだろうか。
勝ったのはイスラエル・スタートアップネーションのアレックス・ドーセット。
そこまで言っても、どんな展開で勝ったのか、思いだせない人もいるかもしれない。
それでもこの日の彼の、そして「イスラエル・スタートアップネーションの」勝ち方は、個人的には強く印象に残るものであった。
ジョヴィナッツォからヴィエステまで。イタリア半島の「かかと」の部分を駆け上がるようにして北上していく。
海岸線沿いを突き進む前半部分は極端なまでにフラットだが、マンフレドニアの街を越えてガルガーノ半島の内陸部に入り込んでいくと一気に道のりは険しくなっていく。
総合争いが勃発するほど厳しくはなく、かといってスプリンターにも優しくなく、翌日は難易度の高い山頂フィニッシュ。
逃げ切りに最適なステージ、という戦前の予想通り、この日はさっそく6名の逃げが形成され、タイム差もあっという間に10分を超えていった。
グランツール勝利という幸運の宝くじを手にした6名は以下の通り。
- シモーネ・ラヴァネッリ(アンドローニジョカトリ・シデルメク)
- ジョセフ・ロスコフ(CCCチーム)
- アレックス・ドーセット(イスラエル・スタートアップネイション)
- マティアス・ブランドル(イスラエル・スタートアップネイション)
- マシュー・ホームズ(ロット・スーダル)
- サルヴァトーレ・プッチョ(イネオス・グレナディアーズ)
ステージ優勝を巡る6名の熾烈な争いの舞台となったのは、最大勾配17%の激坂を含んだ周回コース。
1周目は残り25㎞地点。2周目は残り11㎞地点から始まるこの激坂ポイントが、この日の勝敗を占う重要な地点になることは明白だった。
1周目のこの激坂ポイントでまず仕掛けたのはイネオス・グレナディアースのクライマー、サルヴァトーレ・プッチョ。
まだ記憶に新しい、2018年のジロ・デ・イタリア第19ステージにおけるクリス・フルームの歴史に残る大逆転劇。
そのドラマを演出した名アシストの1人である彼ならば、このメンバーの中でも最も突出した登坂力を持っていたとしても何らおかしくはなかった。
一方、ここに食らいついていったのはロット・スーダルのマシュー・ホームズ。
今年のツアー・ダウンアンダー最終日、激坂ウィランガ・ヒルで「ウィランガの王」リッチー・ポートの加速に食らいつき、最後はこれを追い抜いた驚異のネオプロである。
www.ringsride.work
抜け出したサルヴァトーレ・プッチョとマシュー・ホームズ。
遅れながらもなんとかついていくジョセフ・ロスコフ。
一方で、平坦こそがその実力の発揮所であるTTスペシャリストのアレックス・ドーセットとマティアス・ブランドル――イスラエル・スタートアップネーションの2人は、仲良くこの激坂で遅れていってしまった。
このまま先頭の3名の間で勝負が決まってしまうのか?
しかし――決定打とするには、この登りは短すぎた。
そして、その先の平坦もまた、長すぎた。
共にそれぞれの国内選手権タイムトライアルで6回の王者に輝いているという真のTTスペシャリストであるドーセットとブランドルは、登りを越えた先の平坦区間で互いにローテーションを回しながら全力で加速し続けた。
まさに、平坦王の本領発揮。
やがて、残り20㎞を迎えるころには、先頭の3名に追い付くことに成功した。
もちろん、このまま次の激坂区間に到達すれば、さっきと同じように遅れてしまうことは必至であった。
だから、2人は「2人」であることを活かした戦術に出る。
残り18㎞。集団の先頭をブランドル、その背後にドーセットという形で集団の先頭に躍り出る。
本来、集団の中に2名入れている場合、一人が先頭を牽きつつももう1人(大抵はステージを狙うエース)が後ろでローテーションを拒否して足を貯める――というのがセオリーである。
そのセオリーをあえて外した2人の狙いは・・・ちょっと、「セコい」やり方だった。
すなわち、突如加速した先頭のブランドルに対し、後ろのドーセットが足を止める、というもの。
当然、不意を突かれた3番手のロスコフは、独走を開始するブランドルを慌てて追撃する格好に。
残りのメンバーも抜け出してブランドルを追いかけて加速していくが、その集団の最後尾に、ひっそりとドーセットがついていく。
じっくりと足を貯め、次の瞬間を狙うべく。
そしてロスコフを先頭に、無事ブランドルを捕まえた4名。
だが、その瞬間に、集団の最後尾から一気に助走をつけて飛び出したのが、当然、ドーセットであった。
完全にしてやられた。
「2人」がやってのけたこの波状攻撃によって、ついにロスコフは、逃がしてはいけない男を逃がしてしまったのである。
その後も、ブランドルが常に追走集団の2番手に陣取ってお馴染みのローテーション妨害。
その間にドーセットはひたすら無心にペダルを回し続け、集団とのタイム差をみるみるうちに開いていく。
残る問題は、残り11㎞地点に控えた、最後の17%急勾配区間。
そこまでにどれだけのタイム差を作り上げることができるか、が勝負だった。
そして訪れた残り11㎞。ここで最初に仕掛けたのがマシュー・ホームズ。当然ここに食らいつくサルヴァトーレ・プッチョ。
1周目と同じ面子で繰り広げられた激坂アタックに、ブランドルはあえなく突き放される。
そしてホームズたちとドーセットとのタイム差はあっという間に縮まっていく。
だが、やはり、この登りは短すぎた。
登り始めですでに50秒ものタイム差をつけていたドーセットは、登り終えたタイミングでもまだ、30秒弱のギャップを残していた。
そして、残りは平坦しかない――となれば、TTスペシャリストのドーセットを捕らえるには、そのタイム差はあまりにも大きすぎた。
むしろタイム差をどんどん開いていく元英国TT王者は、最終的には1分以上ものタイム差を後続につけて、チームに初のワールドツアー&グランツール勝利をもたらした。
プロ10年目。これまでの14回の勝利のうち実に12回がTTでの勝利というピュアTTスペシャリストが、ついに自身初のグランツールでの「ガッツポーズ」を繰り出した。
その後しばらく「2021年の契約先」が確定していなかったドーセットだったが、つい先日、ようやくイスラエル・スタートアップネーションでの継続が決まった。
これからも彼は、決して派手な勝利を成し遂げることはないだろう。もしかしたら今回のような勝ち方はもう見られないかもしれない――それくらい、ロードレースでの「勝利」というのは簡単ではない。
だがきっと、また同じように「チーム」としての走りを、このイスラエルで見せてくれるはずだ。もしかしたら今度は、相棒を勝たせる側に回って。
決して最強ではない男たちが、チームで勝利を掴む――そんな瞬間を、これからも楽しみに見ていきたいと思う。
第4位 パリ〜ニース 第6ステージ
3級山岳が2つ、2級山岳が4つ。
計6つの山岳ポイントが設定され、総獲得標高は3,000mを超える。
決して、難易度が高すぎるステージではない。
だが、新型コロナウイルスの影響によって本来存在するはずの第8ステージがキャンセルされてしまった結果、この第6ステージが「最終日前日」となってしまった。
結果、最終日の一発だけでは逆転が難しいと考えるチーム、選手たちによる奇襲攻撃の舞台となってしまったのである。
そして、そんな中で主役を張ったのが、今年のグランツールで猛威を振るうことになる「チーム・サンウェブ」。
かの「サンウェブ劇場」の序章とも言うべきレースがこの日、展開されたのである。
逃げは7名。
ロマン・バルデ、アレクシー・グジャール、シュテファン・キュング、ウィネル・アナコナ、ニコラ・エデ、アントニー・ペレス、そして世界王者マッズ・ピーダスンという、なかなかに豪華な顔ぶれ。
だが残り50㎞を切って10%の急勾配が断続的に続く短い登りが訪れるとこの7名はバラバラになり、先頭はバルデとエデの2人だけとなった。
ここで、メイン集団から、チーム・サンウェブのスプリンター、ニキアス・アルントが単独で飛び出し、先頭から遅れていたアナコナ、キュング、グジャールの集団にジョインする。
さらに残り44㎞から始まる2級カスヌーヴ峠の登りで、集団からもう1人のサンウェブの選手が抜け出した。
それがセーアン・クラーウアナスン。
のちにツール・ド・フランスで鮮烈なる2勝を遂げることになるデンマークの「逃げスペシャリスト」たる彼だが、実はこのとき彼は総合1位マキシミリアン・シャフマンを58秒差で追いかける総合2位の座についていた。
すなわちこのときのクラーウアナスンのアタックは、先行するアルントを前待ちさせての総合逆転に向けたアグレッシブな攻撃だったのだ。
そして、この攻撃は見事成功したかのように思えた。
一気にアルントのいる逃げ遅れ集団に追いついたクラーウアナスンは、そこからさらにアルントの牽引を受けてペースアップ。
このペースアップでたまらずキュング、グジャールは切り離され、アルント脱落後はクラーウアナスンが自ら加速し続け、かろうじて食らいついていたアナコナも山頂目前で脱落してしまった。
確かにデンマーク人らしい独走力を誇るクラーウアナスンだが、決して山岳に強いという印象は抱いていなかった。
そんな彼が、ナイロ・キンタナの右腕としてクリス・フルームを苦しめたことすらあるアナコナをいとも簡単に引き千切っていく。
さらに、残り33㎞で先頭のバルデ、エデの2人に追い付いた後は、最後の2級山岳オリボー峠でまずエデを切り離し、さらにはツール・ド・フランス総合2位経験者ロマン・バルデすらも突き放してしまった。
このとき、フィニッシュまでは15㎞。オリボー峠の山頂までは2㎞。
このまま逃げ切り、そして総合逆転を狙えるか?
と、それを許すほどメイン集団も甘くはなかった。
逃げ続けるクラーウアナスンとの距離を着実に詰めていったプロトンとのタイム差はすでに20秒。
58秒差をひっくり返すどころか、残り15㎞を逃げ切ることすら難しいタイム差。
このまま、サンウェブの挑戦は水の泡に終わるのか?
いや、ここでサンウェブは第3の矢を放つこととなる。
もしかしたらそれこそが、本命だったのかもしれない。
山頂まで残り1㎞。
プロトンからアタックを仕掛けたヴィンツェンツォ・ニバリに同調したのが、マキシミリアン・シャフマンから1分11秒遅れの総合7位ティシュ・ベノートだった。
しかも500mを消化したのちに、今度はベノートが加速してニバリを突き放す。
そして単独で、先頭をひた走るクラーウアナスンに合流。
そしてここで、クラーウアナスンも残る力をすべて振り絞り、ベノートのための牽引を開始する。
すでにここまで死力を尽くしていたはずの逃げスペシャリストは、自分に代わって総合大逆転に向けて挑戦するチームメートのために、自らの総合順位転落をものともせず、全力のリードアウトを敢行する。
そして山頂で放たれたティシュ・ベノート。
そのまま彼は、残り3㎞地点の中間スプリントポイントも先頭通過し、ボーナスタイム3秒を獲得。
そして見事逃げ切り勝利。ボーナスタイム10秒と共に、シャフマンが残るメイン集団*1から22秒差をつけてフィニッシュした。
この勝利で、総合首位シャフマンとのタイム差は36秒。
残るは、1級山岳ラ・コルミアーヌ山頂フィニッシュとなる第7ステージのみ。
そしてベノートはここでも、残り1.5㎞地点から全力のアタック。
フィニッシュ後にハンドルに体を預けて動けなくなるほどに力を使い尽くしたものの、同様にフィニッシュ後に倒れこんで動けなくなるほどのシャフマンに追い込みによって、そのタイム差は12秒に抑え込まれてしまった。
結果、ベノートはわずか18秒差で、逆転総合優勝を逃すこととなってしまった。
それでも、このチャンスに挑んだ「サンウェブ劇場」は、のちにツール・ド・フランスの場で実を結ぶ。
しかもそこでは、このときベノートを助けたクラーウアナスンが逆にベノートに助けられる形で、その「劇場」を完成させたのである。
この「チーム」の強さはその後ジロ・デ・イタリアでの総合ツースリーという結果を生み出し、またブエルタ・ア・エスパーニャでも若手選手たちの積極的な攻撃を招いた。
チーム・サンウェブという、ワールドツアーチーム中随一の平均年齢の低さをもつ「若い」チームは、決してイネオスやユンボ・ヴィズマやドゥクーニンク・クイックステップのような「最強」チームではないが、それでも数多くの印象に残る走りを見せてくれる「最高な」チームであることは間違いないだろう。
来年もまた、記憶に残る素晴らしいレースを繰り広げてほしい。
なお、2020年の「サンウェブ劇場」の「原点」は実はこのパリ~ニース以前にあったとみている。
それは、2月頭に開催されたオーストラリアの1クラスステージレース「ヘラルドサン・ツアー」。
今年ジロ総合2位に輝くことになるジェイ・ヒンドレーが総合優勝することになるレースだが、このとき彼を助けたのがロバート・パワーとマイケル・ストーラーである。
その他、スプリントでも若きアルベルト・ダイネーゼが活躍することになるこの隠れた名レースについては以下の記事で詳述しているため、もし良かったら参照してほしい。
また、パリ~ニース2020の全体像は以下の記事からも読めるのでどうぞ。
第3位 ブエルタ・ア・エスパーニャ第8ステージ
ここまで散々「チーム」の勝利を称揚しておきながら難だが、このレースは完全に「個」の戦いであるがゆえに面白かった、そんなレースである。
というか、ブエルタ・ア・エスパーニャというレースがまさにそういうレースである。このレースが3大グランツールの中でも最も面白いと言われることがよくあるのは、このレースが尋常ではない厳しいコースを作ったりシーズン終盤で誰もが疲弊している中であったりした結果、もはや強いチームがその強さを発揮することができずバラバラになり、結果として裸のエース同士による「素手での殴り合い」が演じられることがよくあるからである。
今年のブエルタ・ア・エスパーニャはそれでも、変則スケジュールの中で「今年最強チーム」ユンボ・ヴィズマが相変わらずのチーム力を発揮し、完璧にライバルたちを抑え込んだようにも見えるレースだった。
ある意味、今年はグランツールの中で最も「予想通り」の結末を迎えたのがブエルタだったようにも見える。
しかしそんな今年のブエルタも、やはり「素手の殴り合い」が演じられた。
それが最も色濃く出たのがこの第8ステージであり、個人的に今年のブエルタで最も面白い日だった。
バスク南方、ラ・リオハ州のログローニョから、カスティーリャ・イ・レオン州ブルゴス県の「アルト・デ・モンカルビリョ」まで。
前半は平坦基調ながら、後半からシンプルな二つの山が聳え立つ、今年のブエルタ前半の山場とも言える山頂フィニッシュである。
最後の1級モンカルビリョは残り8.3kmから登り始める平均勾配9.3%の登り。
集団の先頭はレース中盤から積極的に牽引し続けるモビスターが支配。
残り7.6㎞で早くもすべての逃げを捕まえた。
そして残り6.6㎞。モビスターのすべてのアシストがいなくなり、あとはトリプルエース(マス、ソレル、バルベルデ)のみになったと同時に、その1人バルベルデがアタック。
だが、この動きは「最強」ユンボ・ヴィズマが許さない。元ツール・ド・フランス総合5位のロベルト・ヘーシンクがすぐさまこれを捕まえて、そのまま集団の先頭で残り5.2㎞まで牽引し続けた。
この動きによってメイン集団の数は26名にまで絞り込まれる。
残り5.2kmで集団の先頭に躍り出たのが前日ステージ優勝を果たしているマイケル・ウッズ。
本来このブエルタでエース級の立場を許されるはずだった彼も、初日の落車でいきなり総合争いから脱落している。
以降は、チームの新たなエースとなった若きヒュー・カーシーのためのアシストに。実際、このときもその猛烈な牽引でヘーシンクを脱落させ、さらには総合12位のダビ・デラクルスや総合6位フェリックス・グロスチャートナーなどの有力選手たちも次々と引きちぎられていった。
そしてその中には、リチャル・カラパスにとって最後のアシストとなるイバン・ソーサや、さっきアタックしていたアレハンドロ・バルベルデ、さらには総合7位マルク・ソレルの姿までも。
この日、積極的な動きを見せ続けていたはずのモビスターは、この重要な局面でいきなりトリプルエースのうちの2人を失ってしまう結果に。
そして残り3.6㎞でウッズが仕事を終えると共に、その背後につけていたカーシーがアタック!
これにすぐさま反応したのもやはりユンボ・ヴィズマだった。その最強アシスト、セップ・クスがすぐさまカーシーの背中に張り付いた。
そのまま当然ローテーションを回すことなく、重し役に徹する。結局カーシーの攻撃は残り2.6㎞で集団に飲み込まれる結果に。
その瞬間、集団からアタックを仕掛けたのが、マイヨ・ロホを着るリチャル・カラパスだった。
当然、これに反応するのはエースのプリモシュ・ログリッチ。
いよいよ、戦いのゴングが鳴り響いたのである。
ログリッチの落ち着いた対応にカラパスも足を緩めざるを得ず、カーシーや総合3位ダニエル・マーティン、そしてアレクサンドル・ウラソフらが追いついてくる。
そしてこの精鋭集団が一息ついたのを見て、ウラソフが強烈なカウンターアタック。
序盤の不調で総合21位にまで落ち込んでいたウラソフの動きは、カラパスもログリッチも様子見。
ウラソフはこの集団とのタイム差を一気に開きにかかる。
このままウラソフのステージ優勝か?
だが、残り1.1㎞で今度はログリッチが自ら仕掛けた。
一気に加速するログリッチは、先行するウラソフを無情にも追い抜いていく。
そして一瞬遅れたカラパスも慌てて加速し、すぐさまウラソフのところまで追いつく。
そこから勾配が緩くなったところを利用して再加速。
なんとかログリッチに追いついた。
残り900mでもう一度ログリッチがアタック。
これを抑え込んだカラパスが残り800mでカウンターアタック。
だがこれも決まらず、すぐにログリッチが3度目のアタック。
そしてこれが、決定的なものとなった。
ギャップが開いていくログリッチとカラパス。
カラパスも決してペースを落とさず、腰を上げたまま、しかし姿勢は低く保ったまま、緩斜面を猛スピードで追い上げていく。
だがログリッチは振り向かない。
その表情は苦悶に歪むが、その視線はただ前だけを見据え、一切振り返ることをしない。
今年のツール・ド・フランスで、手痛い敗北を喫した男。
だがそのあとも決してその気持ちを崩すことなく、世界選手権では6位。
そしてリエージュ〜バストーニュ〜リエージュでは、最後の最後までバイクを投げ切って諦めることのない姿勢で初のモニュメントを掴み取った男。
その男のまっすぐで強い気持ちが、カラパスを突き放し、勝利をもたらした。
この日、ログリッチがカラパスから奪い取ったタイム差は、ボーナスタイム込みで17秒。
わずか、17秒。かつて、2010年代のツール・ド・フランスを支配し続けたクリストファー・フルームは、その全盛期において、決定的な山頂フィニッシュでライバルたちに1分近いタイム差をつけて勝利していた。
それでも、今年のブエルタのログリッチは、こういったタイム差を少しずつ稼ぎ続け――そして最後は、24秒という小さなタイム差で勝利を掴み取ることになる。
彼は決して、最強ではないだろう。ツールでは敗れ、世界選手権でも敗れ、このブエルタ・ア・エスパーニャでも、第6ステージや第20ステージで大きなビハインドを抱えることもある。
それでも、彼は戦い続け、戦い続け、10秒や6秒を奪い取っていく。
その積み上げていったものが、今年の2回目のマイヨ・ロホであり、2回目のUCIワールドランキング1位の座である。
ゆえに、私はこの日のレースを今年のログリッチを象徴するレースであるとして選びたい。
これからもまた、彼は同様に執念の走りを繰り返し、やがてより大きなものを手に入れることになるだろう。
そしていつの日か、フランスに置いてきた大きな大きな「忘れ物」を取りに・・・
【後編:2位~1位+番外編】へ続く。
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*1:正確にはシャフマンは途中落車してこの集団から遅れてはいるが、残り3㎞を切ってからの落車だったために救済措置が取られ、22秒遅れ集団と同タイムでのフィニッシュという判定となっている。