2010年代が終わりを告げた。
この10年のグランツール総合優勝者たちを振り返ってみると、この10年を支配したのはアルベルト・コンタドール、ヴィンツェンツォ・ニバリ、クリス・フルームの3人の3大グランツール制覇者であったように思える。
コンタドールは2000年代の後半から活躍していた。
ジロ・デ・イタリアを2回*1(2008年、2015年)、ブエルタ・ア・エスパーニャを3回(2008年、2012年、2014年)、そしてツール・ド・フランスを2回*2(2007年、2009年)制しており、2000年代後半から2010年代前半を支配した最強のグランツールライダーであった。
ニバリも、ジロ・デ・イタリアを2回(2013年、2016年)、ブエルタ・ア・エスパーニャを1回(2010年)、ツール・ド・フランスを1回(2014年)制しており、2010年代前半を支配した男としては彼がより相応しいのかもしれない。
彼は2019年でもなおジロ・デ・イタリア総合2位など実力の高さを維持しており、その他イル・ロンバルディアを2回、ミラノ〜サンレモを1回制するなど、他2名にはないオールラウンダーな才能を発揮している。
そして、クリス・フルームこそが、真に2010年代を代表する最強のグランツールライダーと言えるかもしれない。
ジロ・デ・イタリアを1回(2018年)、ブエルタ・ア・エスパーニャを2回(2011年*3、2017年)、そしてツール・ド・フランスに至っては4回(2013年、2015年、2016年、2017年)制している。
今最も「5勝クラブ*4」入りに近い男とされているものの、2018年はジロ総合逆転優勝の疲れがさすがに残っていたのか終盤に失速し総合3位、2019年は直前のクリテリウム・ドゥ・ドーフィネで生死すらも危うくなるほどの大事故を起こしたことにより未出走。
現在はそこからの回復中。直近では「合宿を2日で終えて帰宅した。回復は楽観視できない状況だ」というニュースも駆け巡ったが、それは最近の話ではなく12月の頭の話であり、復帰に向けては順調であるとフルーム本人が訂正する一幕もあった。
アルベルト・コンタドール、ヴィンツェンツォ・ニバリ、そしてクリス・フルーム。この3人のレジェンドによって、2010年代のグランツールは支配されてきた。
しかし、コンタドールはすでに引退。ニバリももはやツールの総合を狙うことはなく、一線引いた走りをしているように思う。
フルームはまだ貪欲に走るつもりではいるようだが、怪我からの回復がどうなるか。ツール5勝目を狙うのは、決して簡単ではないだろう。
そうなれば、気になってくるのは、新たな10年代のグランツールで牽引する新しい時代のグランツールライダーたちである。
かつて、「ポスト・フルームのグランツールライダーたち」というタイトルで、同じようなテーマの記事を書いたことがある。
あれから2年、たった2年で、また新たな才能の台頭や、期待されていた才能の停滞など、状況はめまぐるしく変わってきている。
いわば、今回はこの2年前の記事のアップデート版である。
ついに2020年代に突入した今、改めて、この10年を牽引する「ポスト・フルーム」を確認していきたいと思う。
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「90年世代(黄金世代)」のイマ
1990年生まれの選手たちのことを「黄金世代(ゴールデン・エイジ)」と呼んでいた。早い選手は2012年のツール・ド・フランスからすでに注目されており、彼らもまた、2010年代の主役の1人であった。
代表的な選手は以下の通りである。()内は現在の所属チーム。
ペテル・サガン(ボーラ・ハンスグローエ)
- 2012年ツール・ド・フランス区間3勝
- 2012〜2019年ツール・ド・フランス通算12勝
- 2012年以降、途中失格となった2017年以外のツール・ド・フランス全てでポイント賞獲得(計7回)
- 世界選手権ロードレース3大会連覇(2015〜2017年)
ナイロ・キンタナ(チーム・アルケア・サムシック)
- 2010年ツール・ド・ラヴニール総合優勝
- 2013・2015年ツール・ド・フランス総合2位
- 2014年ジロ・デ・イタリア総合優勝
- 2016年ブエルタ・ア・エスパーニャ総合優勝
エステバン・チャベス(ミッチェルトン・スコット)
- 2011年ツール・ド・ラヴニール総合優勝
- 2015年ブエルタ・ア・エスパーニャ区間2勝、総合5位
- 2016年ジロ・デ・イタリア総合2位
- 2016年ブエルタ・ア・エスパーニャ総合3位
ファビオ・アル(UAEチーム・エミレーツ)
- 2015年ジロ・デ・イタリア総合2位
- 2015年ブエルタ・ア・エスパーニャ総合優勝
トム・デュムラン(チーム・ユンボ・ヴィズマ)
- 2015年ブエルタ・ア・エスパーニャ区間2勝、総合6位
- 2017年ジロ・デ・イタリア総合優勝
- 2018年ジロ・デ・イタリアおよびツール・ド・フランス総合2位
- 2017年世界選手権タイムトライアル優勝
ロマン・バルデ(AG2Rラモンディアル)
- 2016年ツール・ド・フランス総合2位
- 2017年ツール・ド・フランス総合3位
ティボー・ピノ(グルパマFDJ)
- 2014年ツール・ド・フランス総合2位
- 2017年ジロ・デ・イタリア総合4位
- 2018年ブエルタ・ア・エスパーニャ区間2勝、総合6位
- 2018年イル・ロンバルディア優勝
ローハン・デニス(チーム・イネオス)
- 世界選手権タイムトライアル連覇(2018・2019年)
その他、マイケル・マシューズやジョージ・ベネット、サム・ベネットなど、とにかく才能あふれる選手たちが奇跡のように多数輩出されているのがこの90年生まれの世代である。黄金世代と称されることに何の不思議もない。
しかし、上記の顔ぶれを見ると、そのうちの何名かがすでに、力を失いつつあるように見えることに気がつくだろう。
たとえばナイロ・キンタナは、その登場の当初においてはクリス・フルームを倒せる唯一の選手と思われていた。彼が2010年代のうちにコロンビア人として初となるツール・ド・フランス制覇を達成することはほぼ確実と思われてきた。
しかし、2016年のツール・ド・フランスで総合3位に入ったのを最後に、以降彼がツールの表彰台に立つことはなかった。
そのあともブエルタ・ア・エスパーニャの総合優勝やジロ・デ・イタリアの総合2位などが続いたものの、2017年の夏以降は、その他のグランツール も含め表彰台に立つことができずにいる。
2012年以降在籍し続けたモビスター・チーム内での立場も危うくなってきた中、思い切ってフランスチームであるアルケア・サムシックへの移籍を決めるが、このチームがワールドツアーチーム昇格に失敗。
かつての「ツール総合優勝候補」は、30歳を前にしてワールドツアーチームからも脱落することとなる。
ベルナール・イノー以来30年ぶりのフランス人ツール・ド・フランス制覇を期待されたピノ、バルデも、そのプレッシャーに押し潰されるかのように、若き日の才能を失いつつあるようにも見える。
2014年のツール・ド・フランスで鮮烈な強さを見せつけたティボー・ピノは、翌年以降思うように振るわずに、2016年・2017年はツールを完走すらできずに終わった。
2016年ツール・ド・フランスで総合2位となったロマン・バルデは落ちゆくピノの代わりに全フランス人の願いを叶えてくれるかと期待されたが、翌年こそ総合3位を保持するも、2018年は失速。
2019年は彼自身も失敗と振り返るシーズンを過ごし、ツール・ド・フランス後、早過ぎるシーズン終了を選ぶこととなった。
ファビオ・アルも2015年の大活躍ののちはイマイチ調子が上がらず。2018年にはグルテン不耐症、2019年には腸骨動脈の狭窄があり手術を受けたことを発表。ツール・ド・フランスには間に合わせ復帰するも、続くブエルタと合わせ、満足のいく走りができずに終わっている。
エステバン・チャベスも、2016年のジロとブエルタの表彰台を獲得した翌年に膝の故障、そしてその翌年には伝染性単核球症と診断され、長期のレース離脱を余儀なくされた。以降、まだかつての彼の実力を取り戻せずにいる。
「黄金世代」はもはや、「旬」が過ぎ去ってしまったのか?
彼らの時代はもう、終わってしまったのか?
いや、そうは思わない。
今年、彼らは30歳になる。
上記、掲載した過去10年のグランツール総合優勝者の記録を見てみると、その平均年齢はずばり、29.7歳。
実は30歳というのはまだまだ「グランツール 総合優勝」に適したベストな時期なのだ。
実際、一度は沈んだと思われていた選手たちでも、再び復活の兆しを見せているものがいる。
たとえばティボー・ピノ。たしかに彼は、一時はまったくツール総合優勝からは遠いところにいるようにも思われていた。
しかし、2018年に彼は、ツール・ド・フランスへの出場を最初から諦め、ジロとブエルタの「武者修行」を行う。
ジロでは最終日を目前にして総合3位でリタイアという悔しい結果に終わるが、ブエルタ・ア・エスパーニャでは無理に総合を狙わない姿勢を見せて区間2勝。最終的にも総合6位と悪くない結果となった。しかも直後のイル・ロンバルディアでは初のモニュメント制覇を果たすなど、調子は確実に上がってきていた。
そして2019年のツール・ド・フランス。彼は、その年、まるでイネオスの総合優勝者たちが取るような、出場レースの徹底した絞り込みを行った。
これが功を奏したのか、ツール本戦でこれまでにない調子の良さを見せる。チームもアルノー・デマールを出場させずにただピノのためだけのチームを作るなど全面的に協力し、ダヴィ・ゴデュの強力なアシストもあり、ツールマレー峠のステージで優勝しただけでなく、最終週まで総合優勝を狙える位置をキープし続けていった。
最後は、最終週での負傷を原因としたコンディション悪化により、第19ステージで無念のリタイアを喫する。
しかしそれでも、彼は、この年のツールで、ジュリアン・アラフィリップと共に全フランス人を大いに沸かせてくれたことは間違いない。
ツール終了後、彼は3週間にわたり、自転車を見ることすら拒んだという。
それでも彼は、今年、再びツールに挑む意欲を見せている。彼が2019年、大いなる復活を遂げたことは疑いようがないのだ。
再び、その強さを再現できることを信じている。そしてそれは、ほかの「黄金世代」にとっても、強く勇気付けられる出来事であることは間違いない。
トム・デュムランもまた、2020年は心機一転成功を目指す。
2019年はジロ・デ・イタリアでの落車による怪我が長引き、ツール、ブエルタをパスしただけに留まらず、プロデビュー当時から所属し続けたチームとの契約を破棄して去ることに決めた。
これまで、チームワーク自体は高く、実力以上のポテンシャルを発揮してきたものの、お世辞にもグランツール総合を狙える体制とは言えなかった旧チームから、急速にその総合力を高めつつあるユンボ・ヴィズマへの転籍は、彼にとっての大きな希望となるだろう。
もちろん、チーム内ライバルも多く、そことのバランス次第ではやはり思うように走れない場面もあるだろう。ただ、それは逆に、これまではただ彼の肩にだけ乗せられてきた総合優勝へのプレッシャーを分散させることができるという意味では、プラスに捉えることもできなくはなさそうだ。
実際、彼も似たようなことを発言している。
そして、ここまではその総合狙いの可能性の片鱗を見せながらも、なかなか完全にはそちらへシフトせずにいたローハン・デニスが、今年から「最強グランツールチーム」イネオスへと移籍した。
2020年の最大の目標はおそらくは、東京オリンピックと世界選手権の3連覇だろうが、これまで多くの「平坦系選手」たちを山岳アシストに仕立て上げてきたイネオス。この移籍が、デニスという才能をいよいよグランツールの頂点へと導くきっかけとなるかもしれない。
その他、まだまだバルデも、キンタナも、アルも、チャベスも諦めてはいない。
長いキャリアの中、浮き沈みというのは必ずある。大事なのは、沈んだあとにどうすべきかだ。
最後に、チャベスが2019年のジロでステージ勝利を果たした際にインタビューで述べた言葉を持って締めくくろう。
「今日の最後の登りはまるで人生のようだった。どんな困難なことに直面しても、攻撃し続け、挑戦し続け、突き進み続ける必要がある。なぜなら、いつあらゆることが方向転換するかわからないから。そしてそのとき、僕は最初にフィニッシュラインを通過することができるんだ」
チャベスはその言葉の通り、攻撃して、攻撃して、攻撃し続けて、チャンスを掴み取った。
今年、あるいは来年にでも、彼ら「黄金世代」が再び輝く瞬間を待ち望んでいる。
彼らの時代はまだ、終わっちゃいない。
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「92年世代」の台頭
だが、やはり「90年世代」が最も熱い時代はこの2〜3年以内となるだろう。
その先、2020年代を席巻することになるのは、この世代と比べると小規模ながら、やはり才能ある選手たちを次々と輩出している次なる「92年世代」のはずだ。
この世代の代表的な選手は以下の通りである。
- アダム・イェーツ(ミッチェルトン・スコット)
- サイモン・イェーツ(ミッチェルトン・スコット)
- ジュリアン・アラフィリップ(ドゥクーニンク・クイックステップ)
- ボブ・ユンゲルス(ドゥクーニンク・クイックステップ)
- エマヌエル・ブッフマン(ボーラ・ハンスグローエ)
- ダヴィデ・フォルモロ(UAEチーム・エミレーツ)
- ルイ・メインチェス(NTTプロサイクリング)
- リリアン・カルメジャーヌ(チーム・トタル・ディレクトエネルジー)
この中でももちろん、最も注目すべきは2018年ブエルタ覇者のサイモン・イェーツであろう。
彼は昨年、覚醒と共に最後に失望を味わったジロ・デ・イタリアへの「リベンジ」を果たしに行ったものの、「悲痛な」経験で終えてしまった。
そして、今年彼は、このジロへの「2度目の再挑戦」を狙う。
この挑戦を無事成し遂げ、2020代最も注目すべきライダーとしての船出を飾れるか。
次に期待すべきはジュリアン・アラフィリップ。
元々はパンチャータイプの選手として、ストラーデ・ビアンケやフレーシュ・ワロンヌ、クラシカ・サンセバスティアンなど数多くのワンデーレースをモノにしてきた。
そんな彼が、2018年のツール・ド・フランス山岳賞獲得に続き、2019年はなんと、14日間にわたりマイヨ・ジョーヌを着用し続けた。最難関とされてきた第2週を乗り越え、第3週も終盤まで崩れる姿を見せなかった彼ではあったが、最後の最後、サン・ジャン・ド・モーリエンヌのステージにてついに、その足が止まりかけた。
この日は突然の豪雪と土砂崩れによってレース中断となり、致命傷は免れたように思えたアラフィリップだったが、翌日のヴァルトランス登り一本勝負ではもはや、その勢いを保ち続けることはできなかった。
最終的には総合5位。しかし、彼の鮮烈なる走りは、すべてのフランス人に単純な勝利以上の輝きをもたらしてくれた。
来年もツールを狙うのか?という質問に対して彼は、すぐにはそうはしないという回答を返した。
まだチームもその体制になりきれてはいない。2020年代の初頭はしばらく、彼の得意分野であるクラシックでさらなる成績を追い求めていくことになるだろう。実際、今年の彼はロンド・ファン・フラーンデレンを狙いに行くという。すでにミラノ〜サンレモも制している彼は、ヴィンツェンツォ・ニバリにも似たオールラウンドな才能を発揮していくことで引き継ぎフランスを盛り上げていくことになりそうだ。
そして、ツールへの再挑戦自体は否定していない。また、チームも少しずつ、クライマータイプの若手選手たちを揃えつつある。
きっとそう遠くない未来において、アラフィリップは必ずや、フランスに本当のマイヨ・ジョーヌをもたらしてくれるだろう。
2020年代において我々は再び、アラフィリップという「神話」を見ることになる。
また同じツールで、もう1人の「92年世代」が台頭してきた。彼の名はエマヌエル・ブッフマン。ボーラ・ハンスグローエに所属するドイツ人クライマーだ。
私が彼に最初に注目したのは2015年のツール・ド・フランス第11ステージ。ツールマレー峠を越えるこの山岳ステージで、彼はステージ優勝することになる未来のチームメート、ラファウ・マイカと共に逃げ、ステージ3位を記録する。
そして所属チームがワールドツアーに昇格した2017年、彼はツール前哨戦のクリテリウム・ドゥ・ドーフィネで新人賞を獲得する。いよいよ彼の時代か?と期待した中で、直後のツール・ド・フランスは総合15位、翌年のブエルタ・ア・エスパーニャも総合12位に終わり、限界を見たような気がしていた。
だが、ここで彼は殻を破る。
2019年。シーズン冒頭からUAEツアー総合4位、イツリア・バスクカントリー総合3位、ツール・ド・ロマンディ総合7位と好調さを見せていた彼は、クリテリウム・ドゥ・ドーフィネでも総合3位に入り込み、ツールの総合表彰台候補と目されるようになった。
そして、ツール・ド・フランス本戦。ピノが勝利した伝説のツールマレー峠で、残り1㎞で繰り出した彼のアタックによって、ディフェンディングチャンピオンのゲラント・トーマスは引き千切られてしまったのである。
最終的な成績は総合4位。彼も今や、総合優勝候補の1人となった。そしてそれは、1997年のヤン・ウルリッヒ以来の20年以上ぶりのドイツ人マイヨ・ジョーヌの可能性を感じさせている。
かつて、それこそそのウルリッヒのドーピング疑惑も原因となって下火となったドイツにおけるロードレース人気。近年、トニー・マルティンやジョン・デゲンコルプ、マルセル・キッテルらの活躍によってその火は再び燃え上がりつつある。
ブッフマンの存在が、この国にも明るい光を照らすものであってほしい。
ほかにも、2016年ブエルタ・ア・エスパーニャ総合9位、2017年・2018年ジロ・デ・イタリア総合10位のダヴィデ・フォルモロも、今年からUAEチーム・エミレーツに所属し、まずはジロ・デ・イタリアでの総合狙いへの「再挑戦」を始める。
彼は2019年にリエージュ〜バストーニュ〜リエージュ2位や東京オリンピックテストイベント2位などの成績を残している。モニュメントやオリンピックなどなワンデーレースでの活躍も期待される。
そして、ボブ・ユンゲルス。2016年・2017年連続でジロ・デ・イタリア新人賞を獲得していた彼は、2017年に書いた前回の記事の際には、最も期待される「92年世代」であった。
だが、その後の彼は、いまいち伸びきらない様子を見せた。2018年にはリエージュ〜バストーニュ〜リエージュを制するなどの成績は出したが、同年に初挑戦したツール・ド・フランスは総合11位。翌年のジロ・デ・イタリアは総合33位と大失敗に終わる。
彼も早くも、「挫折」のときを迎えているのだろうか。
ただ、ユンゲルスは2019年に、新たな才能を発露しつつある。それは、北のクラシックへの適性。
事実、彼はクールネ〜ブリュッセル〜クールネで得意の逃げ切り勝利を決めただけでなく、E3ビンクバンク・クラシックでチームメートのゼネク・シュティバルの勝利をアシストし、ドワースドール・フラーンデレンでは3位。ロンド・ファン・フラーンデレンでも最終盤まで残る走りを見せていた。
そして、2020年も彼は北のクラシックに再挑戦。さらに今年は、ツール・ド・フランスへも「再挑戦」する。
彼も当然、まだまだ終わってなどいない。むしろここからが、彼の持つポテンシャルを最も発揮しうるタイミングであると信じている。
彼も含めたこの92年世代は、今年28歳。グランツール総合優勝者のこの10年の平均値である「29.7歳」まではまだ、余裕がある。
ここからどれだけの伝説を積み重ねていけるか。
そして、2020年代を「最も長く」活躍する可能性のある世代は、さらにこの「先」の世代である。
「それ以降」の世代
2020年に28歳となる「92年世代」に対し、より2020代において長く活躍しうるのが、「それ以降」の世代である。
以下、簡単に見ていこう。
93年世代
- リチャル・カラパス(チーム・イネオス)
- マルク・ソレル(モビスター・チーム)
- ピエール・ラトゥール(AG2Rラモンディアル)
- タオ・ゲオゲガンハート(チーム・イネオス)
- ジャック・ヘイグ(ミッチェルトン・スコット)
- フェリックス・グロスシャルトナー(ボーラ・ハンスグローエ)
94年世代
- ヒュー・カーシー(EFプロサイクリング)
- ティシュ・ベノート(チーム・サンウェブ)
- ミゲルアンヘル・ロペス(アスタナ・プロチーム)
- セップ・クス(チーム・ユンボ・ヴィズマ)
- ジャンニ・モスコン(チーム・イネオス)
- ルーベン・ゲレイロ(EFプロサイクリング)
- マクシミリアン・シャフマン(ボーラ・ハンスグローエ)
- ジュリオ・チッコーネ(トレック・セガフレード)
- クリス・ハーパー(チーム・ユンボ・ヴィズマ)
95年世代
- エンリク・マス(モビスター・チーム)
- サム・オーメン(チーム・サンウェブ)
- ニクラス・イーグ(トレック・セガフレード)
- ローレンス・デプルス(チーム・ユンボ・ヴィズマ)
このあたりが2020年前半から中盤にかけて全盛期を迎える選手たちである。
この中で最も成績を出しているのがカラパスとロペス。カラパスは昨年ジロを制し、今年もイネオスでジロを狙う予定。ただしチーム内にエース候補は多く、ツール・ド・フランスを狙う立場になれるかは不明。
ロペスも2018年にジロとブエルタで総合3位。昨年はやや失速したが、今年はアスタナのエースとして、初のツール・ド・フランスに挑む。
全盛期まであと2〜3年猶予があるため、ツール総合優勝の可能性は十分にあるだろう。
エンリク・マスもスペインの未来を担う逸材。カラパス、ロペスよりさらに若く、可能性はより開かれている。グランツール向きではないクイックステップから、エース陣がほぼ去って自由度の増したモビスター・チームにおいて、2つ年上のマルク・ソレルと共に2020年代の支配権を狙う。
ただし、そのさらに「次の世代」が、早くもその障害になる可能性がある。
96年世代
- ダヴィ・ゴデュ(グルパマFDJ)
- ダニエルフェリペ・マルティネス(EFプロサイクリング)
- ニールスン・パウレス(EFプロサイクリング)
- ルーカス・ハミルトン(ミッチェルトン・スコット)
- レナード・ケムナ(ボーラ・ハンスグローエ)
97年世代
- エガン・ベルナル(チーム・イネオス)
- セルヒオ・イギータ(EFプロサイクリング)
- イバンラミーロ・ソーサ(チーム・イネオス)
- パヴェル・シヴァコフ(チーム・イネオス)
- トビアス・フォス(チーム・ユンボ・ヴィズマ)
98年世代
- タデイ・ポガチャル(UAEチーム・エミレーツ)
- ブランドン・マクナルティ(UAEチーム・エミレーツ)
- マルク・ヒルシ(チーム・サンウェブ)
- クレマン・シャンプッサン(AG2Rラモンディアル)
- ロバート・スタナード(ミッチェルトン・スコット)
00年世代
- レムコ・エフェネプール(ドゥクーニンク・クイックステップ)
97年世代ーーすなわち2020年中盤から後半まで全盛期が続く世代ーーのエガン・ベルナルが早くもツール・ド・フランス総合優勝を果たしたことは衝撃である。
このまま彼の勢いが続けば、2020年代は「ベルナルの10年」となるかもしれない。
いや、正確にはそれは、「イネオスの10年」なのかもしれない。
そもそも2010年代も「イネオス(スカイ)の10年」だった。2000年代の終わり、2009年に創設されたばかりの新興チームは、文字通り「時代を変えた」。デイヴ・ブレイルスフォードGMに率いられたこのチームは、徹底した科学的・合理的手法によって、綿密な計画の下で公約通りのイギリス人ツール覇者を2012年に生み出した。
以来、2014年の例外を除き、ツールの覇者は常にこのチームから生み出された。2011年のブエルタ覇者がフルームとなったことで、合計30回開催された2010年代のグランツールのうち、3分の1にあたる10回のグランツールをこのチームが単独で制した。
2020年、このチームは、4名のグランツール覇者を率いることになる。クリス・フルーム、ゲラント・トーマス、エガン・ベルナル、そしてリチャル・カラパス。
未来を担いうる逸材も、ベルナルだけでない。彼に匹敵する才能を持ちうるイバンラミーロ・ソーサやパヴェル・シヴァコフも、ベルナルと同年代だ。
そんな「グランツール最強軍団」は、2010年に引き続き、2020年代も支配し続けるのだろうか。
この支配力に待ったをかけられるとしたら、このチームしかいない。
2020年はブエルタ覇者プリモシュ・ログリッチ、ツール総合3位のステフェン・クライスヴァイク、そして「黄金世代」のトム・デュムランを新たに獲得した、チーム・ユンボ・ヴィズマである。
もちろん、その3名は2020年代の中心になるにはやや年齢が高すぎる。チーム自体も、総合力は非常に高いが、平均年齢はやや高めのチームではある。
しかし、このチームにも、期待の若手が存在する。2019年に最強アシストであると同時に自らもステージレース総合優勝やグランツール区間優勝を成し遂げるなど活躍を見せていた、95年世代のローレンス・デプルスと94年世代のセップ・クスである。
しばらくはチームの「トリプルエース」のアシスト役に留まるかもしれないが、2〜3年後はこのチームのエースとして君臨していてもおかしくはない存在だ。
そしてその下の世代からは、2019年ツール・ド・ラヴニールで圧倒的な登坂力を見せて総合優勝したトビアス・フォスが新加入。「イネオスの10年」を阻む最有力候補チームである。
若手に力を入れていると言えば、UAEチーム・エミレーツもまたその代表格である。
2019年は何と言っても、前年のラヴニール覇者タデイ・ポガチャルの躍進。ツアー・オブ・カリフォルニア総合優勝に、ブエルタ・ア・エスパーニャ区間3勝と総合3位は、もしかしたら1年目のベルナル以上の実績と言えるかもしれない。同年代のブランドン・マクナルティもまた、期待の新人である。
そして、ベルナルやポガチャル以上に若い世代からの台頭として、当然期待されるのはレムコ・エフェネプールの存在。
2018年にジュニア世界王者に輝き、U23カテゴリを飛び越えていきなりのワールドツアーチームデビューを果たした彼は、わずか19歳という年齢で、クラシカ・サンセバスティアンを優勝するという偉業を成し遂げた。
そして彼は、クライマー向きのステージでも堂々たる走りを見せて、ツアー・オブ・ターキー総合4位。
彼自身も、「将来はグランツールを走りたい」と宣言しており、彼が真の「2020年代の覇者」になる可能性は十分にある。
92年世代のアラフィリップのための体制をドゥクーニンク・クイックステップが構築することが本当にできれば、それはそのままエフェネプールのための体制にもなるだろう。
果たして、ベルギーに40年以上ぶりのマイヨ・ジョーヌをもたらすことはできるか。
そしてツール・ド・フランス5勝に加え、モニュメント全制覇、そしてマイヨ・アルカンシェルの獲得など・・・「エディ・メルクスの再来」「プチ・カニバル」と呼ばれることは彼は本意ではないかもしれないが、それでも彼は真にそれを狙いうる逸材であることは、もはや疑いようがない。
2000年生まれのエフェネプールの存在は、2020年間代活躍する選手の例の極北のようにも思える。
しかし実は、すでに、「その先」も見えつつある。
それは2001年生まれの男、クイン・シモンズ。
昨年のジュニア世界選手権ロードレース王者でもある彼は、19歳になる年である今年、U23カテゴリを飛び越えていきなりのワールドツアーチーム入りを果たす。
すなわち、昨年のエフェネプールとまったく同じパターンである。
もちろん、彼からはさすがにまだエフェネプールほどの圧倒さは感じられない。
そもそも彼がグランツールを習うタイプなのかどうかも定かではない。ジュニア版のヘント〜ウェヴェルヘムを優勝しており、ルーラータイプの選手である可能性もある。
ただ、とにかく今、才能の発掘が数年前と比べても飛躍的に早くなっている。
おそらく2020年中にもまた何名かの、さらなる若手の才能が見出されていくことにはなるだろう。
結局のところ、今から「この10年」を予想しても何ともならないといえば何ともならない。
それでも、彼らの未来を想像するのは、実に楽しい。
願わくは、2020年も、数多くの才能に触れられんことを。
そして、かつてあったが今は埋もれかけてしまっている才能たちが、再び花開かんことを。
新たなる10年が幕を開ける。
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*1:2011年も総合優勝を果たしたが、クロンブテロール陽性反応問題によりのちに記録剥奪。
*2:2010年も総合優勝を果たしたが、クロンブテロール陽性反応問題によりのちに記録剥奪。
*3:当時の記録では総合2位だったが、のちに総合優勝のファンホセ・コーボがドーピング違反を認定されて記録剥奪となり、繰り上がり総合優勝を果たした。
*4:ツール・ド・フランスを5回総合優勝している4人の伝説的な選手たち。ジャック・アンクティル、エディ・メルクス、ベルナール・イノー、ミゲル・インドゥライン。未だかつて、彼らの成績を超えたものはいない・・・たった1人、超えたどころか7回も(しかも連続で)総合優勝をしたことがあるという人がいると聞いたことはあるが、記録には残っていないのでおそらくは気のせいだろう。