りんぐすらいど

サイクルロードレース情報発信・コラム・戦術分析のブログ

バルベルデはなぜ勝てたのか、彼以外はなぜ勝てなかったのか――UCIロード世界選手権2018 男子エリートロードレース

Embed from Getty Images

衝撃的な勝利だった。

38歳にして、世界チャンピオン。

10も年の離れた若者たちの猛攻撃にも振り落とされることなく凌ぎ続けた大ベテランは、最後まで先頭を譲ることなく走り切り、ゴールに飛び込んだ。

プロ17年目。世界選手権ロードには12回挑戦した。それまでに獲得したメダルは、銅が4つに、銀が2つ。そして今回、ついにその頂点を手に入れることができた。

 

バルベルデは確かに今大会最も優勝に近い選手の1人であった。

彼が勝利したという事実だけを見れば、そこには何の意外性も存在しない。

それでも、その勝利の瞬間に、多くの視聴者が驚き、そして彼に敬意を表した。

それだけ偉大なる勝利。そしてこの勝利が、なぜもたらされたのか。

――彼以外の優勝候補はなぜ勝てなかったのか。

 

今回はこの世界選手権男子エリートロードレースの終盤を振り返りつつ、その理由を探っていこうと思う。

 

  

 

総合力が試される好レイアウト

f:id:SuzuTamaki:20181001005029j:plain

今大会はオーストリア西部、アルプス山中のインスブルックを中心にしたコースレイアウトで、その山岳の厳しさは前もって注目されていた。

登坂距離7.9kmという長めの登り「イグルス」を合計7回登り、最後は平均勾配11%、最大勾配28%の登り「グラマルトボーデン」が待ち受ける。

総獲得標高は4670mで、過去の世界選手権においても10本の指に入る厳しさを誇る山岳コースとなったという。

 

だが、だからといって単純に、クライマーばかりに有利なレイアウト、とも言えなかった。確かに総獲得標高は厳しいものの、1つ1つの登りはグランツールの山岳ほどの標高を誇るわけでもなく、なんとかこなし切ってしまえば、純粋なクライマーでなくても越えられる可能性はあった。

さらに、山頂がゴールなのではなく、最後のグラマルトボデーデンの山頂からゴールまでは8kmの下りと平坦。登りの力だけでなく下りの力、および平坦で逃げ切るだけの独走力を求められるなど、ロードレーサーとしてのあらゆる能力が試される、バランスの取れた非常に優れたコースレイアウトだったように思う。

 

山頂フィニッシュでないがゆえに、最後は小集団でのスプリント決戦となる可能性が最も高く、その意味で、クライマーたちの中でも突出したスプリント力も勝利には必要不可欠であった。

そういった、登坂力・下り・独走力・スプリントの4要素を兼ね揃えたオールラウンダーとして、今大会最有力候補に挙げられていたのがアレハンドロ・バルベルデであった。

 

 

アラフィリップはなぜ負けたのか?

しかし、同じような脚質をもつ選手はもう1人いた。

ジュリアン・アラフィリップ。

今年のフレッシュ・ワロンヌバルベルデを破り、また似たようなレイアウトをもつクラシカ・サンセバスティアンでも優勝した男。

そして、今年のツール・ド・フランスで山岳賞を獲得し、例年より確実に登坂力を身に付けつつある男。

勢いから言っても、彼が今大会の最有力候補の1人であることは間違いがなかった。

Embed from Getty Images

 

だが、彼は最後のグラマルトボーデンで、失速した。

ティボー・ピノ、ロマン・バルデと共に、最有力国フランスのエース3名が終盤に残るという理想的な形で挑んだ激坂で、マイケル・ウッズ、バルデ、バルベルデについていくことができず、ずるずると引き離されてしまったのだ。

 

激坂に弱いわけではない。むしろ、彼は今年のフレッシュ・ワロンヌバルベルデを倒したのだ。

結局、4600mという異常なまでの獲得標高をこなしてきた足が、最後の最後でピュアクライマーたちについていくことができない事実を突きつけたのだ。

クラシカ・サンセバスティアンと似たような終盤のレイアウトとは言え、あちらは4000m弱の獲得標高。今大会はそれよりも一段上であった。

ツール山岳賞とは言え、それはあくまでも逃げの集団の中での走りによるものだった。全力の勝負をこなしてきた総合上位勢たちの、最後の登りでの打ち合いにおいてついていけるだけの足が、今大会の最後の登りでは必要とされたということなのだろう。

だからバルベルデとバルデが残ったのだし、逆に十分に才能を見せていたジャンニ・モズコンも、やはりまだまだパンチャー上がりのオールラウンダー初級生。

グランツール総合上位争いの経験がないモズコンとアラフィリップでは、歴戦の強者たちを前にして、地力の差が露呈してしまったのだ。

 

 

ウッズの驚異的な走り

その意味で、バルベルデとバルデの2人に喰らいつき、あわや優勝かというところまで迫ったマイケル・ウッズの強さは、ある意味今大会最も驚くべきものだったのかもしれない。

Embed from Getty Images

 

つい先日のブエルタ・ア・エスパーニャ第17ステージでの勝利も記憶に新しい今年32歳のカナダ人。あのステージでも、激坂での攻防戦を制しての勝利だった。

2016年にキャノンデール・プロサイクリングチーム(現EFエデュケーション・ファースト)に移籍してプロデビュー。初年度にツアー・ダウンアンダーで総合5位を獲得し、同年のパリ~ニースの個人TTで才能を見せつけたパトリック・ベヴィンと共に、「キャノンデールが引っ張り上げてきた謎の実力者」として注目を集めていた頃が懐かしい。

その後も2017年のブエルタ・ア・エスパーニャで総合7位に登りつめ、解散の危機に瀕していたチームの雰囲気を、山岳賞ダヴィデ・ヴィレッラと共に明るくする働きをしてみせた彼だが、2016年のミラノ~トリノ2位、2017年のGPミゲル・インドゥライン2位、そして今年のリエージュ~バストーニュ~リエージュ2位と、クライマー向けのワンデーレースでも着実に成績を出し続けていた。

グランツールの総合上位争いもこなし、かつクライマー向けワンデーレースでもきっちりと結果を残す彼の実力は、今大会の表彰台に立つに相応しい十分なものであったのだ。

 

それでも、ほとんど選手のいないカナダというチームで、終盤まで力を保ったまま残り続けていたのはやはり凄い。

2週間後に控えるイル・ロンバルディアには出場するのだろうか。

もし出場するのであれば、その優勝候補の1人であることは間違いない。

 

 

それでもやっぱり凄いバルベルデ

結局、勝負を分けたのは最後の登りグラマルトボーデンであった。

その登りで、本当に厳しい山岳ステージでの地力の違いを見せつけられたアラフィリップとモズコンは崩れ、また激坂適応力の差でトム・デュムランも一旦遅れてしまい、のちに追い付けたものの最後の勝負に挑めるだけの力を残すことができなかった。

 

そして、グラマルトボーデンで生き残ったのは3名。バルベルデと、ウッズと、そしてバルデであった。

 

この3名での勝負であれば、バルベルデが圧倒的に有利であることは間違いがなかった。彼にとって恐れるべきは自らと似た脚質をもつアラフィリップと、未知数な強さをもつモズコンだけであったが、彼らはすでに振り払っていた。

そしてバルデにとっても、この千載一遇のチャンスを掴み取るためには、最後のスプリントで真っ向勝負を挑むわけにはいかないことは分かっていた。

 

だからこそ彼は、グラマルトボーデンの登りが終わったのちの下りで、一度仕掛けようと動きを見せた。

しかし、バルベルデもまた、下りを得意とするベテラン。バルデの狙いも分かりやすく、この攻撃が成功することはなかった。

Embed from Getty Images

 

あとは、バルベルデにとって、後ろのモズコンたちが追い付かないように注意しつつ、脚を使い過ぎない立ち回りをすれば良いだけだった。

 

だがここで、彼は、いつもの彼がするような、ツキ位置からの牽制をあまり行うことがなかった。むしろ積極的に前を牽く姿を見せつけていた。少なくない視聴者が、そんな彼の動きに驚きを覚えたようだった。

実際、牽制し過ぎればモズコンやアラフィリップに追い付かれる危険性は十分にあった。とくにバルデは、どことなくアラフィリップを待つような動きを見せてもいた。チームで対抗されれば、フランスが最強なのは間違いない。バルベルデにとって、勝利を確実にするためには、多少の足を削ってでも、このタイミングで前を牽く必要性があったと言えるだろう。

 

そして、最後の直線においても、彼はバルデたちによって集団の先頭に立たされた。

普段のバルベルデからすれば、あまり経験のないシチュエーションだったに違いない。

だが、彼は最後の最後まで、懸命にもがき続き、そして踏み切った。

結果、彼は一度も前を譲ることなく、勝利を掴んだのであった。

Embed from Getty Images

 

再び、38歳という言葉が脳裏をよぎる。

スプリントも激坂も、普通に考えれば年齢の差が大きく出るはずのポイントである。

そこを、10も離れた若者を前にして勝利を譲らなかったのだ。

さらに言えばバルベルデは、つい先日まで3週間のレースで総合表彰台争いを続けていたのだ。

そういうことを考えると、このときのバルベルデの勝利は、「脚質から言って当然の結果」とはやはり言えない結末だったように思う。

 

彼の勝利は、彼のもつ強い思い、執念が実を結んだものだったと言えるだろう。

 

だからこそ勝利の後、フレッシュ・ワロンヌで見せる余裕そうな姿でもなく、いつものステージレースの表彰台の堂々とした姿でもなく、ただひたすら、20代前半の若者のように、無邪気に喜びを表現していた。

Embed from Getty Images

 

それは最後の表彰台で、前年優勝者ペテル・サガンからメダルを受け取るシーンでも、顕著に表れていたように思う。

サガンもまた、バルベルデより10歳年下のまだまだ「若造」である。

そんな彼からメダルを首にかけられ、肩を叩かれるアルカンシェルジャージ姿のバルベルデは、やはり20代中ごろの若手選手のような表情を見せていた。

Embed from Getty Images

 

17年目にして、ついに果たされた世界の頂点の称号。

これまで彼が手に入れてきた数多くの栄誉もまた偉大なものであったが、そんな彼にとっても、今回の勝利がいかに価値高いものであるかを表した表情であった。

 

それでも、まだまだバルベルデの栄光を求める走りは終わることがないだろう。

彼が目指す、次の目標はすでに決まっているようだ。

すなわち、2020年東京オリンピック

今回のインスブルック世界選手権同様、厳しい山岳が待ち受けるコースであり、その意味で、バルベルデにとっても大きなチャンスとなる大会である。

 

その頃には彼は40歳。普通に考えればあまりにも厳しい年齢のように思えるが、それが無茶な野望でないことを、今大会の勝利で証明してくれた。

 

 

東京で待ってるぜ、バルベルデ

Embed from Getty Images