アストゥリアス3連戦の2日目、獲得標高3500m超の難関山岳ステージ。
その最後に控えるのはブエルタ初登場の山、1級山岳レス・プラエレス。
登坂距離は4kmと短いが、平均勾配は12.5%。最大勾配は前日よりも小さいものの、厳しい勾配が連続する区間はより長く、前日以上の厳しいステージになることが予想された。
結末から見ていくと、最後の最後でペースアップしたサイモン・イェーツが他のライバルを突き放し、ジロに続く勝利と共にマイヨ・ロホを奪還した。
彼の実力があのときだけのまぐれではなく、確かな実力によるものであったことを証明したわけだ。
では、今回の山岳で、サイモン・イェーツが圧倒的に強かったのか?
いや、そういうわけではない。むしろ、途中まではステーフェン・クラウスヴァイクやナイロ・キンタナ、ミゲルアンヘル・ロペスといった選手たちの方が調子が良かったように思えた。
サイモン・イェーツはその力の差で圧倒したというよりは、「無駄な力を使うことなく、適切なタイミングで仕掛けた」というのが、SNS上での大方の評価だったようだ。
では、実際にサイモン・イェーツはどこで力を使い、どんな仕掛け方をしたのか。
今回はこの第14ステージの最後の4kmの流れを追う中で、確認していきたい。
残り4km~3km
残り4km。レス・プラエレスの登りに入った瞬間、まず動き出したのはグルパマFDJだった。リュディ・モラールの牽引により、ピノがペースアップ。
だがこれはそこまで大きな成果を残すことなく、続いてアタックしたクラウスヴァイクが、一気に集団とのタイム差を開いていく。
そのクラウスヴァイクに追随するのは、アレハンドロ・バルベルデを牽引するリチャル・カラパス。
先頭クラウスヴァイク、2秒遅れてカラパス・バルベルデ、さらに3秒遅れてメイン集団。メイン集団の先頭はエマヌエル・ブッフマンが牽引するも、差は開く一方。
また、オマール・フライレやジャック・ヘイグ、ヨン・イサギレなどが千切れていき、いよいよ今大会「本当に強い選手たち」だけが残っていく。
残り3km~2km
クラウスヴァイクが更なるペースアップ。追走のカラパスたちとのタイム差を6秒近くにまで広げる。
ここでサイモン・イェーツがメイン集団の先頭に躍り出る。
「ここは逃がしてはいけない」と確信したのか。まずはカラパスたちとの差を一気に縮めていく。
残り2.5km。カラパスがここで脱落。バルベルデが単独でクラウスヴァイクに迫る。これを追ってメイン集団からエンリク・マスが飛び出し、クラウスヴァイクとバルベルデに合流する。
そしてここでも、サイモン・イェーツが残りの集団を牽引。
バルベルデやマスの動きに無理に反応することなく、マイペースに登っていく。
しかし、そのペースは着実に速く、クラウスヴァイクたちとの距離を徐々に縮める一方で、ブッフマンやアルといったその他の優勝候補たちは千切られていく。
結果、このステージの最終盤で残ることができたのは以下の8名だけだった。
- ステーフェン・クラウスヴァイク(チーム・ロットNLユンボ)
- アレハンドロ・バルベルデ(モビスター・チーム)
- ナイロ・キンタナ(モビスター・チーム)
- エンリク・マス(クイックステップ・フロアーズ)
- サイモン・イェーツ(ミッチェルトン・スコット)
- ミゲルアンヘル・ロペス(アスタナ・プロチーム)
- ティボー・ピノ(グルパマFDJ)
- リゴベルト・ウラン(チームEFエデュケーション)
集団が1つになったタイミングで、いよいよこの山の最大勾配の区間に突入する。
残り2km~1km
最大勾配区間(放送上の表示では17%を超えて19~20%区間)に突入した瞬間に、ナイロ・キンタナが集団からアタックを仕掛ける。
1度目のアタックは間もなく吸収されるが、残り1.5kmで再度アタック。
これにより、集団とのタイム差は一気に8秒近くにまで広がった。
この一連の動きに反応できたのは、同じコロンビア人のミゲルアンヘル・ロペスただ1人。
このとき、もしもロペスがキンタナの前に出て全力で牽く姿勢を見せれば、この2人が先頭に残ったままゴールを迎えることもできたかもしれない。
しかし何度も振り返るキンタナに対し、ロペスは前に出ることを拒否。キンタナもまた、自分だけが力を使って残り1.5kmを走り抜けることをよしとしなかった。
結果、タイム差が5秒近くにまで縮まった残り1.2kmのタイミングで、サイモン・イェーツがブリッジを仕掛けた。バルベルデ、ピノらもこれに喰らいつき、前の2人も諦めて足を緩めた。
再び集団は8名に。振り出しに戻ったまま、未舗装路区間に突入する。
残り1km
未舗装路区間に突入したラスト1km。最初にピノが飛び出したが、これはすぐ捕まえられる。
そして、頂上まで残り750m。
サイモン・イェーツがゆるやかなペースアップを仕掛け、集団から抜け出した。
5秒近いタイム差が一気に開き、後ろでこれを追走するのはミゲルアンヘル・ロペス、キンタナ、バルベルデの3名のみ。
ロペスが先頭でこれを追っていたが、後ろを振り返りながら、ペースを落とす。
やはりここでも、彼は牽制を仕掛けるようだ。
サイモンとの距離が少しずつ開いていく。キンタナがロペスの前に出るが、いまいちペースは上がらない。
ロペスがもう一度先頭に。バルベルデがこれに喰らいつく。しかしもう、間に合わなかった。
サイモン・イェーツ勝利。2年前に続き、ブエルタでは2勝目となった。
まとめ
今回、サイモン・イェーツは常に、マイペースを維持していた。途中、クラウスヴァイクやマス、バルベルデの動きに対し、即座に反応することはせず、自分のペースを保っていた。
しかし、重要なポイントで力を使うことは躊躇わなかった。残り3kmでクラウスヴァイクを追ったとき、残り1.2kmでキンタナ・ロペスらを追ったとき。自分が動かなければ逃げが決定的になってしまうであろうその瞬間で、自ら力を使ってこれを吸収しようとする戦略は巧みであった。
そして、残り750mからの、緩やかなペースアップ。そこからは、誰も追い付かせなかった。最も力を残していた。そこからのアタックで、誰よりも速く登り切ることが可能だと分かっていたのだ。
実にクレバーな戦い方だった。自らの力量をよく知り、また力を使うべきポイントを明確にしていた。
アシストが早めにいなくなってしまった中、たった一人で戦ううえで、適切な戦術を取っていたことがよく分かる。
一方、自分のペースを保てないまま、周りの動きに振り回され最後まで力を残せなかったのがキンタナ。バルベルデとのコンビネーションは悪くなかっただけに、残念だ。
彼が結果を残せなかった要因の1つは、ロペスの力の出し惜しみだった。
彼が残り1.5kmでキンタナとの2人旅を拒絶したのはなぜか。
また、残り500mでイェーツの追走に全力を使わなかったのはなぜか。
それらの行動によって確かに彼は、バルベルデすらも出し抜き、区間2位のボーナスタイムを手に入れることができた。
彼にとって、目の前のライバルはイェーツではなく、キンタナとバルベルデであるようだ。
それは、総合優勝を最初から諦める姿勢なのか。
それとも、ジロのときと同じようにイェーツが最後には崩れ落ちると予想しているのか。
ロペスのこの判断が吉とでるか凶と出るか。
この先のブエルタの総合争いの行方を見守っていきたい。