今年も、トップスプリンター同士の熱い戦いが繰り広げられたドバイツアー(2.HC)。
今回は、そのドバイツアーの各ステージを、レース映像を用いて振り返っていきたいと思う。
第1ステージ ドバイ~パーム・ジュメイラ
ペルシャ湾に浮かぶ人工島「パーム・ジュメイラ」でフィニッシュする第1ステージ。ステージ終了後にカヴェンディッシュが「あんまりにもカオスすぎて勝負する気になれなかった」と述べるほど混沌としたスプリント。
最もチーム力を発揮し、エースを守ったのは、「最強チーム」クイックステップ・フロアーズだった。
残り1kmを過ぎてから終始、クイックステップは集団先頭にトレインを置き続けていた。キッテル率いるカチューシャ・アルペシンもトレインを形成して対抗するが、クイックステップがラスト150m付近までヴィヴィアーニを連れていったのに対し、カチューシャは上記地点ですでにトレインが崩壊。
キッテルは一度、番手を下げてしまうことに。
そして、このタイミングで、最も素晴らしい働きをしたのが、チーム・ロットNLユンボのアシスト、ティモ・ローセン。
集団中ほどにいたローセンはエースのフルーネヴェーヘンを引き連れて、降りてくるキッテルをかわすようにして先頭に躍り出る。
そして残り200mを切ったあたりで、ローセン、そしてクイックステップの最終発射台サバティーニが離脱し、それぞれのエースを発射させる。
このとき、アスタナのマウヌス・コルトニールスンも集団中央から単独でスパートをかけて、降りてくるローセンをかわしてしっかりと勝負のラインに入り込んだ。
落ちていたキッテルも慌ててこのニールスンの背後につく。
クリストフも最初、キッテルの後ろに貼り付いたのだが、この日のクリストフはまったく力が出せず、ずるずると下がっていってしまった。
ヴィヴィアーニ、フルーネヴェーヘン、コルトニールスン、キッテル。この4人全員が、真っ向勝負を仕掛けられる状況だった。しかし・・・
最高のポジションからスタートすることのできたヴィヴィアーニだったが、目の前の進路をフルーネヴェーヘンによって塞がれてしまった。
このもう少し前の段階で進路を左に切ることができていればこの状態は避けられたかもしれないが、ここまできたら後の祭り。どうすることもできず、ヴィヴィアーニは失速した。
逆にコルトニールスンは遮るもののない進路を獲得できたことで、最後、フルーネヴェーヘンに喰らいつく。
キッテルはメカトラブルもあり、勝負に絡むことができなかった。
勝ったのはフルーネヴェーヘン。
だが、この日最も単独での力が強かったのはコルトニールスンであり、最も素晴らしいアシストをしたのはティモ・ローセンであり、最もチーム力が高かったのはクイックステップ・フロアーズである、と言えるだろう。
その中で、コース取りにおいて失敗したのがヴィヴィアーニであり、トレイン形成のタイミングと力量においてクイックステップの後塵を拝してしまったのがカチューシャ、そして単純に力が足りなかったのがクリストフ、という結果だった。
第1ステージから意外な展開を生み出したドバイツアー。波乱を予感させる幕開けだった。
第2ステージ ドバイ~ラアス・アル=ハイマ
ドバイツアー2日目はドバイ首長国からペルシャ湾岸沿いに北上し、ラアス・アル=ハイマ首長国へと向かう190km。
海沿いを走ることから横風分断の恐れもあったものの、大きな影響はなく、予定通りの集団スプリントに向かうこととなった。
今回のポイントとなったのは、残り300mを切ったあたりの上記画像の地点。
この日、ヴィヴィアーニは前日の反省を踏まえたのか、アシストのいる集団右側ではなく、あえて集団中央に陣取っていた。
そして、早めに動き過ぎたクリストフが降りてくるその背中に向けて、開いた空間の中を一気に駆け上がった。
逆に昨日のヴィヴィアーニのように右側から上がっていこうとしたラリー・サイクリングの選手は、ちょうど同じタイミングで飛び出したマレチュコによって進路を阻まれ、このあと失速する。
集団スプリントにおいて「端」というのは悪手になりつつあるのか?
中央に陣取ることが勝率を上げるポイントになっているのかもしれない。
ところでこの画像で注目しておきたいのは、カヴェンディッシュの位置。前方・左手ともに選手たちに囲まれ、身動きの取れない危機的な状況に陥っていた。しかし、
クリストフに迫るヴィヴィアーニ。それを左目に見つつ、わずかに空いた隙間を狙って・・・
飛び乗った!!!
見事なまでのバイクコントロール。あのわずかな隙間を縫って、最悪のポジションから最高のポジションへと身を移したのだ。
これが大ベテラン、かつて最強と謳われたスプリンターの実力か。
しかし、今シーズン最高の調子でここまで来ているヴィヴィアーニが、前日と違って十分に戦えるポジションに身を置いた以上、それを阻む者は誰もいなかった。
あまりにも早く前に出過ぎてしまったクリストフもこの後、マレチュコの背中に入ることで2度目の加速を狙うが結局は足が残っておらず、失速。
200m弱のスプリントであれば今大会最強と言っても過言ではないヴィヴィアーニのラストスパートに、カヴェンディッシュはついていくことができなかった。
前日の失敗を挽回して、勝てるパターンを作り上げることのできたヴィヴィアーニの順当な勝利。
一方、カヴェンディッシュもまた、ツールでの落車を乗り越えて調子を取り戻しつつあることを証明する走りであった。
第3ステージ ドバイ~フジャイラ
いよいよレースも後半戦に入ろうかという3日目。
いつものスカイダイブドバイをスタートしたプロトンはアラビア半島を東に横断し、インド洋に面したフジャイラ首長国へと向かう。
途中、若干の登りを含むものの、とくに影響はなくこの日も集団スプリントによって決戦を迎えることとなった。
この日も、クイックステップ・トレインが集団を支配。
カヴェンディッシュ・キッテル共に早くも単独になり、カヴェンディッシュはコフィディスのアシストの背後についている状態であった。
普通に考えればヴィヴィアーニが完全に優位。しかし、この日もまた、カヴェンディッシュは巧みな動きを見せた。
すなわち、コフィディスのアシストが離れると同時に、降りてくるクイックステップのアシストをかわしてしっかりとヴィヴィアーニの背後を取る位置に身を滑り込ませたのだ。
背後のUAEの選手を抑え、絶好のポジションを獲得したカヴェンディッシュ。
第2ステージに引き続き、こういう細かい動きが上手いのがカヴェンディッシュという選手なのかもしれない。
それでも、ヴィヴィアーニ有利なのは間違いがなかった。残り200mを切って、最終発射台のサバティーニが離脱。
200m。
ヴィヴィアーニにとって、必勝の距離だった。
しかしこの日は、強い向かい風が吹いていた。それが、ヴィヴィアーニとクイックステップの想定を狂わせた。
伸びきらず、失速するヴィヴィアーニ。
そして残り150mを切ったタイミングで、カヴェンディッシュが飛び出した。
後方からはブアニとキッテルも迫るが、カヴェンディッシュの超低空スプリントは風を切り、ライバルたちを寄せ付けることがなかった。
そして勝ち取った、今シーズン初勝利。
向かい風でさえなければ、この日もクイックステップが勝利していたのは間違いない。
逆に今日のこの日のコンディションを踏まえ、あえて早い段階からトレインを利用した戦い方を捨てたカヴェンディッシュやキッテルが、この日は好成績を収めることができたと言えよう。
スプリントと言っても状況は一様ではない。その日その日の状況によって強い弱いは簡単に逆転するのだということを、思い知らされる一日であった。
第4ステージ ドバイ~ハッタ・ダム
ドバイツアー名物のハッタ・ダム登りゴール。毎年、ドラマを生み出すこのステージで、今年はさらに新しい衝撃的な結末を迎えることとなる。
今年のドバイツアー最大の盛り上がりを作り上げた立役者が、わずか19歳のブランドン・マクナルティ。今年プロコンチネンタルチームに昇格したばかりのラリー・サイクリング所属の選手である。
2016年世界選手権ジュニア個人TT優勝者であり、2017年U23個人TT3位の実力者。残り10kmから独走状態に入り、その時点でのタイム差は1分22秒。
集団は逃がすわけにはいかないだろうが、クイックステップ、アスタナ、バーレーン・メリダ、ロットNLと様々なチームが牽引に加わるものの、イマイチそのタイム差が縮まらず。互いに牽制し合っているようにも見える。
そしていよいよ、マクナルティがラスト1kmのアーチをくぐる。タイム差は依然、30秒以上・・・!
マクナルティの足はまったく止まっておらず、この後も700mほどの平坦を1分で駆け抜けた。すなわち、時速42kmは出ていたのである。
後ろを振り返り、勝利を確信。意気揚々と、最後の登りに突入するマクナルティ。
しかし、過去幾多ものドラマを生んだハッタ・ダムの最大17%の急勾配は、19歳の若きライダーにとっては想像の域を超えた代物であった。
ゴールまであと50mで、無情にも集団に飲み込まれていくマクナルティ。
彼が最後の300mを駆け上がるのに要した時間は1分。平均時速18kmまでそのペースは落ち込んでいた。
一方の集団は、マクナルティから30秒遅れて最後の1kmに突入し、その後の1分30秒で彼に追い付いた計算となる。
この激坂を含めた最後の1kmを、平均時速40kmで攻略したというわけだ。
そして、誰もが苦悶の表情を浮かべて登るこの激坂を制したのは、バーレーン・メリダのソニー・コルブレッリ。
チームにシーズン初勝利をもたらした彼のこの栄光は、残り5kmから懸命に牽引し続けたチームの力によるものでもあり、さらに言えば絶対エースであるはずのヴィンツェンツォ・ニバリによる強力な牽引だった。
昨年のツールでは正直、チームからの期待に応えることのできない走りを続けていたコルブレッリ。
だが、今年、それでも彼を信頼してくれるチームの信頼に報いるために、彼は、本来であれば決して得意な部類ではないはずの激坂フィニッシュを、力強く制したのである。
レース後には熱く抱き合う姿も見せたコルブレッリとニバリ。
バーレーン・メリダというチームの持つ高いチーム力に関しては、昨年のジロ・デッミリアについて書いた記事でも言及しているので参考にしていただきたく。
ジロ・デッレミリア2017 バーレーン・メリダのチームとしての走り - りんぐすらいど
そして本当に惜しい結果となってしまったマクナルティだが、それでも彼はまだ19歳。数年後にワールドツアーチームにおいて存在感を放つ選手になっているに違いない。今から楽しみである。
第4ステージ ドバイ~ドバイ
ついに最終戦。ドバイ市内を巡る純粋スプリントステージ。
だが、第1~第3ステージまでは挿入されていた、空撮映像のみのラスト1kmの振り返りが、この日だけ放送されることがなかった。
そのため、最後のスプリントの詳細な各選手の位置取りを確認することはできないが、限られた場面から状況を推察していきたいと思う。
少なくとも言えるのはこの日、カチューシャのアシストたちはこれまでのステージと比べても良い走りをしていた。
ラスト1km近くまで集団の先頭付近をしっかりとキープし、逆にクイックステップはやや番手を下げていた。
ゴール直前のクラッシュの場面である上記画像のとき、ツァペルとハラーは集団の先頭で適切なコースを確保していた。
だが、キッテルがこのとき、彼らについていくことができずにいた。そしてクイックステップのアシストたちもやや遅れを喫していた。
(上記画像の各選手の判別は推測によるものです)
キッテルが上がり切れない状況を踏まえ、カチューシャはハラーによるスプリントに切り替えることに。
ブアニやカヴェンディッシュなどの強力なライバルたちが足止めを喰らっている中、1人でもアシストがいる状況というのは、ハラーにとってはまたとないチャンスであった。
しかし、ここで実力を見せつけるのがクイックステップというチームだった。
この2つの画像の間はわずか1秒。確実に隙間が開いていたマレチュコの背後に、クイックステップの2人が一気に差を詰めて入り込んできたのである。
鼻がチャームポイントのヴィヴィアーニを牽引するのは当然、サバティーニ。別のタイミングでは、彼の必死の形相がよく映り込んでいる。
空撮映像がないため、このとき彼がどれだけの差をどれだけの勢いで詰めたのかは分からずじまいだが、距離を開けられていた先頭集団に向けて、エースをきっちりと運びきったことだけは確かである。
かつてキッテルを支え続けた最強の発射台役が、この日もばっちりと仕事をこなした。
そしてエースのヴィヴィアーニは、そんなチームメートの働きに応えるべく、向かうところ敵なしのスプリントでもって、ハラーたちを一蹴した。
圧倒的に強い。強かった。しかし、そんな彼がその強さを十分に発揮して勝利を得るためには、チームの助けが不可欠であった。
一方で、第2ステージでの勝利や、ダウンアンダー・カデルレースではむしろ、彼自身の強さが際立っていた。
キッテルだって同様である。今回のドバイツアーではチームがうまく機能していなかったがゆえに勝てなかった、と思われる場面もあったが、元々昨年のツールでは彼自身の力で勝利する場面も多かった。そして今回のドバイツアー最終日では、チームは仕事を果たす中で、彼自身がうまくいかず勝てなかったと言えそうな状況だった。
スプリンターの戦いというのはシンプルなようでいて、様々な要素や状況が絡み合う複雑な瞬間劇である。
それゆえに、ゴール前の空撮画像などは非常に貴重で、それを見ることで、チーム全体の戦略や個々人の動きの意味が理解できるようになる。
ドバイツアーは資金が豊富であるがゆえか、この空撮映像が他の同レベルのレースに比べて多い気がする。その意味で、今回、このドバイツアーではスプリンター同士の激戦を非常に堪能することができた。
最終ステージだけなぜか空撮映像がなかったのが残念ではあるが・・・ともあれ、今年好調のヴィヴィアーニ、不調のキッテル、さらにはそこそこ好調のカヴェンディッシュなどの状況を丹念に見ることが十分にできた。
キッテルはすでに照準を2週間後のアブダビツアーに向けている。そこでリベンジすることができるか。そしてヴィヴィアーニも、今回の勝利に満足はしていない。「もっと大きなレースでの勝利を目指したい」。彼が狙っているのはジロ、あるいは、もしかして、ツールかもしれない。
ダウンアンダーに続きこのドバイツアーでも、例年と違った戦力の拮抗状態が生まれつつあるスプリンター勢力図。今後、本格化するサイクルロードレースシーズンにおいても、彼らの激突からは常に目が離せなさそうだ。
今シーズン早くも4勝。クイックステップ自体も10勝。主力が抜けて戦力ダウンが危惧されていたこのチームも、まずは幸先の良いスタートを切っている。