2017年ブエルタ・ア・エスパーニャ第5ステージ。20%を超える激坂区間を含んだ、平均勾配10%の山岳山頂フィニッシュ。
このとき、マイヨ・ロホを着るクリス・フルームを最後まで支えたのは、山岳最強アシストのプールスでもニエベでもなかった。
プロデビュー2年目、グランツール出場もこのブエルタが初という男、ジャンニ・モズコンであった。
ラスト1kmを超えてなお、フルームを牽引するモズコン。Jsportsより。
アークティックレース・オブ・ノルウェーで総合優勝し、パリ~ルーベで5位に入り、イタリア選手権個人TTチャンピオンになった男、モズコン。
あらゆる可能性に満ち溢れたこの男について、今回は書くことにする。
ジャンニ・モズコンという男
モズコンは1994年4月20日、ドロミテ山塊にもほど近い北イタリアのトレントで生まれた。今年で23歳。リンゴ農家で育った彼は、「トラクター」という渾名で呼ばれていたらしい*1。
アマチュア時代の2014年には、U23版イル・ロンバルディアで、ラトゥールやディラン・トゥーンスを打ち破って優勝。
さらに2015年にはU23イタリア国内選手権ロードでも優勝し、名実ともに若手イタリア人最強のライダーとなった。
同年のU23世界選手権ロードでは惜しくも表彰台を逃すが、この活躍に目をつけたのが、スカイにバイクを提供しているピナレロ社の代表ファウスト氏。
彼の推薦を受けて、スカイのスポーツディレクターであるダリオ・チオーニはモズコンのスカイ入りを決めた*2。
すでに実力を証明済みのモズコンは、プロデビュー初年度から大ブレイクを果たす。
彼の名を有名にしたのが、その年のアークティックレース・オブ・ノルウェーでの総合優勝だ。
ではモズコンは総合系ライダーとしての素質を持った選手なのだろうか。
私はそういう風に感じなかった。
アークティックレース・オブ・ノルウェーは、確かにスティーヴン・クライスヴァイクやレイン・タラマエといった総合系の選手たちも輩出しているが、総合上位入賞者たちの顔ぶれを見てみると、むしろ登れるスプリンターやクラシックスペシャリストたちの名前が多く並んでいる。
今年の総合優勝者も、クライマーというよりもパンチャー寄りの脚質をもったディラン・トゥーンスである。
私が個人的にモズコンに注目し始めたのは、その後の9月、カナダで行われた2大レース――すなわち、「グランプリ・シクリスト・ドゥ・ケベック」と、「グランプリ・シクリスト・ドゥ・モントリオール」である。
アップダウンの激しい、アルデンヌ風味のこの2大レースで、モズコンは積極的な動きを見せていた。
モントリオールでは実際に6位に入ったし、とある激坂ポイントではアラフィリップすら退ける走りを見せていた。
だから自分の中では、このモズコンという男は、たとえばユイの壁で活きてくるような、典型的なアルデンヌ系パンチャーなのではないか――そんな風に思っていた。
一方、チーム・スカイの首脳陣はそうは見ていなかったようだ。
プロデビュー初年度から、チームは彼に、数多くの「北のクラシック/石畳系クラシック」への参加を命じた。2月のオンループ・ヘット・ニウスブラッドから始まり、クールネ~ブリュッセル~クールネ、ストラーデ・ビアンケ、ロンド・ファン・フラーンデレン、そしてパリ~ルーベ・・・2年目もそれは変わらず、いくつかの1クラスレースを外したうえで、ティレーノ~アドリアティコを挟みつつ、E3やヘント~ウェヴェルヘムなどを加えていった。
モズコン自身も、「登りも好きだけど、一番はクラシックレース*3」と答えている。
そしてチームの期待に応えるようにして、「北のクラシック」最終幕であるパリ~ルーベで、なんとモズコンは最後の集団に入り込み、スプリントでは敗れてしまったものの5位でフィニッシュすることとなった。
このとき彼の名は、クラシックスペシャリストとして多くのファンの脳裏に刻まれたのではないか。
そのあとのイタリア国内選手権ITTでも優勝し、ルーラーとしての成長が期待されるようになっていった。
登りアシストとしての開花
しかしこの後、チームは彼にまた、異なった役割を与えることてなる。
8月。モズコンは初のグランツール出場に向けて、前哨戦としてのブエルタ・ア・ブルゴスに出場した。
役割は、エースであるミケル・ランダのアシスト。これまでのモズコンの戦歴を見れば、その役割は平坦区間での牽引が主な役割となったであろう。
クラシックに強く独走力のある選手であればそうなる。ロウやスタナード、クネースのように。
登りアシストがエリッソンド、ダビ・ロペス、ダイグナン、ケノーと揃っていたことも、そういう風に感じさせる要因となっていた。
そして第3ステージ。
超級山岳アルト・ピコン・ブランコの頂上ゴールとなるこのクイーンステージで、いつものようにスカイは強力無比なトレインを形作り、他チームの選手たちは次々に崩れ落ちていく展開となった。
だが、このとき、 トレインの最終牽引役となったのはエリッソンドではなかった。エリッソンドが仕事を終えた残り5kmの地点。エースのランダを守護する役目を担ったのは、意外にもモズコンであったのだ。
この時点で残っている選手は、スカイの2名のほかにはクイックステップのエンリク・マスとダビ・デラクルス、アスタナのミゲルアンヘル・ロペスなど実力者たちばかり。
残り4kmを切ってまずマスがアタックを仕掛けるも、総合首位のランダは慌てることなく、モズコンの牽引を信じた。
そしてモズコンもまた、エースの信頼に応える走りを見せつけた。彼のスパートに合わせて発射したランダはマスを捕まえ、カウンターでアタックしたデラクルスにもしっかりとついていき、最後には彼を突き放して見事ステージ優勝を果たした。
そしてこの日、モズコンはランダから1分27秒遅れの8位でゴールした。しかしもしランダのアシストという仕事がなければ、もっと上位でこの超級山岳ステージを終えていたかもしれない。
単なるパンチャーでもルーラーでもないモズコンの新たな可能性が花開いた瞬間であった。
そして、冒頭の ブエルタ第5ステージに繋がる。
いや、すでにアンドラの山岳を駆け抜ける第3ステージで、その片鱗を見せつけてもいた。最後の山コメリャの10%勾配区間で、モズコンはニエベに次ぐ最後から2番目の牽引役として、フルームのライバルたちを次々と蹴落としていった。
そして第5ステージ。この日は今大会最初の頂上フィニッシュ。3級山岳エルミタ・デ・サンタルチアを登ってゴールであった。
3級とはいえ、登り初めと終盤に20%前後の激坂区間を含み、プロ選手でも足を止めそうになる難易度の高い登りだ。全体の平均勾配もぴったり10%。バルデ、ニバリ、ザッカリン、そしてアルといった優勝候補たちが次々と脱落していく。
その中で、マイヨ・ロホを着たフルームを最後まで支えたのが、モズコンであった。ラスト1kmのゲートを潜り、ラスト600m区間まで、最強のアシストとして振舞った。
そのときの彼の様子はまさに鬼気迫る、といった感じだった。
バイクを横に大きく振って、全身全霊で走る彼の姿は決してスマートなものではなかった。それでも、その働きはプールスや、かつてのリッチー・ポートのように、フルームを支える重要なものであった。
最終的に出し尽くしてしまったのか、モズコンは結局、フルームたちから1分近く遅れてゴールすることとなる。
もちろん、今回は短い距離というのもあっただろう。あくまでもニエベやプールスを休ませるために、この日はモズコンが力を使うというオーダーだったのかもしれない。
これから訪れるシエラネバダやカンタブリアの山脈で、同じような登りアシストの役割を演じられるかどうかはわからない。そもそも初めてのグランツールでここまでの走りを見せたのだ。完走できるかどうかも怪しい。
それでも彼は、チームから与えられた役割をしっかりと果たしてみせてくれた。そんな彼に対し、エースもまた、最大限の賛辞を送った*4。
これは彼にとって、新たな可能性を生み出す契機となったに違いない。
それこそ本当に、グランツール総合争いに加わっていくような――そんな可能性すら、感じさせるような。
モズコンの未来
前述のブエルタ・ア・ブルゴスの第4ステージでは、古代遺跡ペニャルバ・デ・カストロの丘を駆け上がる登りスプリントフィニッシュが用意されていた。
モズコンはここで、今度は自らの優勝争いを演じ、勝利こそ逃したものの、アラフィリップを退けての2位ゴールとなった。
昨年見せたパンチャーとしての才能が、いまだに衰えていないことを示してくれた。
本当にこの男は多才である。
ルーラーであり、TTスペシャリストであり、パンチャーであり、そして登りアシストとしての仕事もしっかりこなす。
今後、チーム・スカイがツール以外でもその存在感を示していくにあたって、クフャトコフスキと共に大きな存在になるのは間違いないだろう。
なのに、彼の来年以降の契約がまだ、公にされていない。
彼が2018年シーズンをどこのチームで走るのか、まだわからないのだ。
成績だけで言えば、スカイが更新を渋る理由など何もないように感じる。クラシックで勝利を狙えるだけでなく、登りアシストとしての力もあるのだから、ケノーやニエベ、ランダなどを失う来年のスカイにとっては、育てがいのある選手であるのは疑いようがない。
それでももし、スカイが契約を渋っているのであれば、5月の人種差別発言が尾を引いているのかもしれない。
あのときチームはモズコンを最大限守ったが、影響がないとは言い切れないかもしれない。
あるいは、モズコン自身が迷いを見せているのだろうか。
しかし、彼がスカイを離れる理由もまた、ないように思える。
将来的にはともかく、今はまだグランツールのエースを狙う必要はないし、むしろ最強アシストが揃うスカイで修業をしていくことは彼にとってプラスになる部分が大きいはずだ。
さらに言えばクフャトコフスキはアルデンヌにより強く、「北のクラシック」ではモズコンがしっかりとエースを張れるはずだ。とくに5位でゴールしたルーベに関しては。
なのに、更新がまだ発表されない。
果たしてそこには、どんな問題が横たわっているのだろうか。
まあ、どんな結果に終わったとしても、その道がモズコンにとって可能性を広げられる道であるならば問題ない。
その可能性が摘まれるような、そんな事態になることだけは避けてほしい。
ジャンニ・モズコン。
イタリアの未来を形作る貴重なGenio。その将来が楽しみで仕方ない。
普段は穏やかな表情を多く見せるモズコン(手前)。だが、本気で走るときのその力強さは比類ないものとなる。人種差別発言の件だけはしっかりと反省し、口は災いの元とならないようにしてほしい。