総合争いの行方が最後までわからない状態で突入したティレーノ~アドリアティコ最終ステージは全長10.05kmの個人タイムトライアル。
総合首位のナイロ・キンタナと総合3位のローハン・デニスのタイム差は1分6秒。
2015年にキンタナがこのステージで出した記録は12分18秒。
すなわち、そのときと同じタイムをキンタナが出すと仮定した場合、デニスが取るべきタイムは11分11秒。
昨年のこのステージの優勝者であるファビアン・カンチェラーラが出した記録が11分8秒。
2015年ツール初日の13kmITTでカンチェラーラを下したこともあるデニスにとっては、十分に狙えるタイムである。
果たして、どうなるか。
前半戦
最初にターゲットタイムを叩き出したのは、15番目出走のイギリスITTチャンピオンアレックス・ドゥーセット(モヴィスター)。昨年もこのステージで4位だった選手だ。記録は11分35秒。
しかしその14分後に、29番目出走のライアン・ミューレン(キャノンデールドラパック)が0秒以下の差でドゥ―セットを上回った。まだ22歳と若いアイルランド人ライダーだが、2年前のアイルランドTTチャンピオンであり、昨年の世界選手権ITT部門では5位と驚異的な成績を持っている選手だ。今後が非常に楽しみなTTスペシャリストである。
次にこの記録を塗り替えたのは34分後の63番目出走、マチェイ・ボドナール(ボーラ・ハンスグローエ) 。ポーランドTTチャンピオンであり、昨年の世界選手権ITTではミューレンを5秒上回っての4位に位置付けたこの男が、今回もミューレンの記録を2秒塗り替えて暫定首位に立った。
しかしわずか9分後、最も驚異的なタイムを記録したのが、オランダの32歳ヨス・ファンエムデン(ロットNLユンボ)。ボドナールを12秒上回る11分21秒。先日のドワルス・ドーワ・ウェストフラーンデレン(ヨハン・ムセウ・クラシック)を勝利した男だ。確かにTTは速いが、正直、大きな勝利を挙げているかというとそうでもない選手で、この好成績は意外だった。
圧倒的なタイムを叩き出し、暫定首位に立ったファンエムデン。
後半戦
このあと、ファンエムデンを超えるタイムはなかなか出てこない。ポルトガルTTチャンピオンのネルソン・オリヴェイラ(モヴィスター)も、世界選手権ITT2位のヴァシル・キリエンカ(スカイ)も良いタイムは出せず、個人的に期待していたトヴィアス・ルドヴィクソン(FDJ)も18秒遅れの暫定8位と悪くはないが勝てはしなかった。
ホットシートを占領するファンエムデンがこのまま勝利してしまうのか?
そんな予感を打ち消すかのような走りを見せたのが、103番目出走のマイケル・ヘップバーン(オリカ・スコット)だった。
最後の直線に入った段階でようやく11分台に入るなど、このままファンエムデンの記録を塗り替えてしまうのか?と誰もが想像した。
そしてゴールラインを切るヘップバーン。記録は――ファンエムデンと同タイム。
しかし、コンマ以下のわずかの差で、ヘップバーンは暫定2位に終わった。
安堵するファンエムデン。
とはいえ、本当の意味での戦いはここからであった。
何しろ、今大会、総合上位には軒並みTTスペシャリストたちが陣取っている。
まず、世界選手権ITT3位で先日のアルガルヴェ1周レースではトニー・マルティンを打ち破っているヨナタン・カストロヴィエホ(モヴィスター)。
そして同じくアルガルヴェITTでカストロヴィエホ、マルティンに次いで3位につけたプリモシュ・ログリッチェ(ロットNLユンボ)、さらにはリオオリンピックITT2位のトム・デュムラン(サンウェブ)といった面々である。
これらのTTスペシャリストたちが、ファンエムデンの記録を上回ったとしても何の不思議はなかった。
だが、カストロヴィエホはファンエムデンから24秒遅れの暫定13位。デュムランも20秒遅れの暫定11位に沈むなど振るわない。
これだけのTTスペシャリストたちを前にしてもなお、暫定首位であり続けているファンエムデン。
いよいよ勝利は目前か、そう思われたそのとき、この日の最大の優勝候補であり、かつ総合優勝を目指すキンタナにとっての最大の敵が現れる。
すなわち、ローハン・デニスである。
冒頭でも述べたように、この日のデニスのターゲットタイムは11分11秒。
その意味で、彼にとってステージ優勝など、ついでで狙うような目標であった。
11分21秒のファンエムデンの記録など超えて当然――それをさらに10秒も上回るタイムを出せなければ、この日の勝利は難しい。
デニスは強い意志を持って出走した。
決着の時
ローハン・デニスが最後の直線に入った。
そのとき、時計が示すデニスのタイムは11分台にまだ入っていなかった。
瞬間、天を仰ぐファンエムデン。
そしてデニスは、彼の記録を3秒上回る――11分18秒でステージをクリアした。
おそらく、この日の勝利は確実。
しかし、ターゲットタイムには7秒、届かなかった。
だからデニスは、安心できない表情でホットシートに向かうことになる。
このわずか4分後に、すべてが決まる。
最終走者ナイロ・キンタナが最後の直線に入ったとき、彼のタイムは11分40秒を指していた。
デニスがキンタナに勝利するためには、キンタナが12分24秒以上でゴールしなければならないが、その可能性は限りなく――――ゼロだ。
そしてキンタナがゴールラインを越える。
記録は、11分59秒。
かつての彼の記録を19秒も上回り、結果としてデニスは、キンタナとのタイム差を41秒しか詰めることができなかった。
この瞬間、ナイロ・キンタナの2度目のティレーノ~アドリアティコ総合優勝が決まった。
2年前と同じ、テルミニッロ山頂ゴールで他の選手を圧倒した27歳コロンビア人は、次の照準を5月のイタリアに定める。
すなわち、ジロ・ディタリア2度目の総合優勝。
そして、このティレーノ~アドリアティコで見せた圧倒的な走りによって、ジロ第100回記念大会の最大の優勝候補が彼であることが疑いようのない事実となった。
ナイロ・キンタナ。彼のジロ総合優勝を阻むものは果たして現れるのだろうか。
2本目のトライデントを獲得したナイロ。そしてこの5月、3枚目のグランツール総合リーダージャージを狙いに行く。
総合を狙う新たな才能たち
しかし、ローハン・デニスも間違いなく強い走りを見せてくれた。
本来の総合エースだったであろうティージェイ・ヴァンガーデレンはまたも不調により失速。代わって総合エースを託されたデニスはクイーンステージのテルミニッロでもキンタナからの遅れを1分17秒に抑えた。総合3位のピノからは31秒だけである。
翌日の(ある意味でテルミニッロより難易度の高い)ステージでも、先頭集団から遅れることなく同タイムゴールを果たし、その時点での総合2位であったピノからは16秒しか遅れていない、という状態で最後のITTを迎えることができた。
結果、総合2位。これはチームとしても十分すぎる結果であった。
そして、その結果を生み出す要因となったのが、初日TTTでの勝利だった。このとき、FDJとのタイム差を22秒も開くことができていなければ、これだけの成果はありえなかったのだから。
逆にモビスターがここでの遅れを同じく22秒で抑えていたことが、キンタナ勝利の鍵となったのである。
一方で、TTTで大失速してしまったがゆえに勝利を逃したのが、ゲラント・トーマスであった。TTTでの度重なったメカトラブルによってモヴィスターから1分20秒ものタイムを失ってしまったチーム・スカイ。
しかしゲラント・トーマスは第2ステージでの逃げ切り勝利、テルミニッロではキンタナから18秒遅れで抑えての区間2位、そしてITTでも最終的に8位の成績。
結果として、初日であれほどのタイムロスがあったにもかかわらず、キンタナから58秒遅れの総合5位につけることに成功した。
確かに今回は敗北した。しかし、トーマスは、ジロに向けての手応えを感じられたはずだ。
もしかしたらキンタナを喰う最大の刺客は、このゲラント・トーマスになるかもしれない。
第2ステージで独走勝利を決めたトーマス。今、チームはレース外での危機を迎えている――だからこそ、彼は、勝利をもって訴えかける必要がある。俺たちは、純粋にただ、強いんだ、と。
また、もう1人、このレースで更なる進化を遂げた選手がいる。
プリモシュ・ログリッチェーー昨年からワールドツアーチーム入りしたばかりの27歳のスロヴェニア人だ。
元々TTは強く、昨年のジロでその存在感を大きくアピールした。
アルガルヴェ1周でもTTでの好走を見せ総合優勝。
しかし、今年のログリッチェはそこにさらに、登りの才能も発揮し始めている。
そもそもアルガルヴェでも、ダニエル・マーティンとの一騎打ちには敗れたもののクフャトコフスキなどを後方に置き去りにするほどの登坂力を見せつけた。
そしてこのティレーノ~アドリアティコでも、クイーンステージのテルミニッロにて、キンタナから51秒遅れの区間10位と十分すぎる走りを見せ、翌日の難関クラシカルステージでもクライマーたちに混じって集団スプリントを戦い、区間3位の成績を叩き出した。
もちろんITTでは得意の走りを見せて5位。
隙のない走りの結果、最終的な総合順位は4位。デュムランやモレマを下してのこの順位はこれまでの彼には考えられなかったものだろう。
プリモシュ・ログリッチェという男は今、決して見逃してはならない総合ライダーの1人である。少なくともロットNLにおいては、クライスヴァイクと肩を並べられるだけの総合ライダーとして認められることだろう。
グランツールでもこの走りが見られることを期待する。
プリモシュ・ログリッチェ。この男の名が、今後各種ステージレースの総合上位に来たとしても決して驚いてはいけない。彼はそれだけの実力が、間違いなくあるのだから。
新人賞の行方
総合争いにも大きく影響した今日のレースは、もう一つの戦いにも影響を及ぼしていた。
すなわち、新人賞争いである。
第4ステージ終了時点で新人賞ジャージを着ていたのはオリカ・スコットのアダム・イェーツであった。しかし彼は気管支炎の悪化により、第5ステージの途中でバイクを降りてしまった。
そして新たに新人賞ジャージを着ることになったのがボブ・ユンゲルス。昨年ジロの新人賞獲得者であり、彼がそれを着たままこのティレーノを終えることには何の疑問も抱きようがなかった。
しかし、そこに思わぬ伏兵が現れる。
イーガンアルリー・ベルナル(アンドローニ・ジョカットリ)、若干20歳のコロンビア人である。
左から2番目、ピノの横を走る浅黒い肌の男がイーガンである。その顔つきにはまだ幼なさすら感じる。
昨年ツール・ド・ラヴニール総合4位。そして今年のブエルタ・サン・フアンの新人賞を獲得しているコロンビア人。
そんな彼が才覚を見せたのがまずはテルミニッロの登り。キンタナから1分1秒遅れの13位でゴールしている。
さらに翌日の難関クラシカルステージで、ほぼ先頭集団に位置する11位でのゴールを果たしている。
これらの上位入賞の結果、ユンゲルスから新人賞ジャージを奪うことに成功したイーガン。
しかし、安心はできない。
何しろ、最終ステージは個人タイムトライアル。
昨年ジロのITTでも上位入賞しているユンゲルスに対し、イーガンが持っているアドバンテージはたったの16秒。
総合を巡る戦いの前哨戦として、このユンゲルスとイーガンによる新人賞争いが幕を開けた。
まず、144番目の出走となったのがユンゲルス。
当時暫定首位に立っていたファンエムデンから35秒遅れの11分56秒。
ユンゲルスにしては、出し切れないタイムとなってしまった。
イーガンはこれで、自己のタイムを12分12秒以内に納めることができれば、新人賞を守り切ることができる。
20歳期待のコロンビア人の挑戦が始まった。
果たして結果は――
ユンゲルスから43秒遅れの、12分39秒。
ワールドツアーレース新人賞獲得という大きな挑戦は、あえなく散った。
とはいえ、彼はまだ20歳。
この先、ワールドツアーチーム入りや各種ステージレースでの活躍が、十分に期待できることだろう。
イーガンアルリー・ベルナル。
我々もしっかりとこの名を覚えておく必要がありそうだ。
そしてボブ・ユンゲルス新人賞獲得おめでとう!
今年のジロは、今回直接対決ができずに終わったアダム、そしてサイモンとの熾烈な戦いが繰り広げられることだろう。
新たな時代の期待の若手の1人として、さらなる存在感を示していけることを願っている。
TTT、平坦、登りフィニッシュ、難関山岳、連続するアルデンヌ風の起伏ステージ、そしてITT。
たった1週間の中にロードレースとしての魅力をたっぷり詰め込んだこのティレーノ~アドリアティコは、同時期のパリ~ニースと並んで、ある意味でグランツール以上の面白さを提供してくれた。
勝者だけ見ればナイロ・キンタナと、意外性も何もない名前が載っているように見えるが、その中では白熱した戦いが常に繰り広げられていたことがわかる。
そしてシーズンはいよいよ春のクラシック、そしてグランツールの季節に突入する。
目まぐるしく動くレースシーンの中で、このティレーノで見出した新たなる才能たちの行方に、しっかりと注目していきたい。
それではまたどこかで。