「ナセル・ブアニのライバル」という枕詞が常について回った。
そして、ジロ・ディタリアなどで勝利を重ねていたブアニと比べ、彼はそこまで、大きな目立ち方をしていなかったように感じる。
しかし昨年のパリ~ニースで1勝。そして何よりも、ミラノ~サンレモに勝利し、母国に19年ぶりのモニュメント優勝をもたらした。
対称的にブアニの方は、勝利数こそ稼いだものの、大きなレースでの勝利には恵まれず、目立たぬシーズンとなってしまった。
そして今年、すでにデマールは3勝目。ブアニは0勝。
明暗を分けた秘訣はしかし、デマール自身の力強い走り、そして、ただスプリントだけではないその脚の特性にあった。
力強いガッツポーズと共に咆哮するデマール。その背後で悔しそうな表情を見せるジュリアン・アラフィリップ。
荒れた展開となった第1ステージ
パリ~ニース2017第1ステージは、パリ郊外のボワ・ダルシーから出発してボワ・ダルシーに戻ってくる大きな周回コースを2周するステージ。
全長148.5kmのフラットなステージ。しかし、この日は大荒れの展開となった。
残り100km前後で起きた、横風や落車を原因とする大分断。
この分断の犠牲となり、後方に取り残されたのはロマン・バルデ、アルベルト・コンタドール、リッチー・ポート、イルヌール・ザッカリン、そしてサイモン・イェーツといった総合優勝候補の選手たちばかり。
一方で先頭集団に残った総合勢としてはダン・マーティン、トニー・ギャロパン、セルヒオルイス・エナオなど。
また、アルノー・デマール、マルセル・キッテル、アンドレ・グライペル、アレクサンダー・クリストフ、ブライアン・コカールなどのスプリンター陣も先頭集団に残っており、彼らによるスプリント争いが展開されると予想された。
ナセル・ブアニ率いるコフィディスの姿が、中継映像に映ることは一切なかった。
大量にメンバーを先頭集団に残したクイックステップ・フロアーズは、キッテルによるスプリント勝負に懸けるべく、全力で集団を牽引する。
一方の追走集団は、総合争いで遅れるわけにはいかないザッカリンのために、新しくこの赤いチームに移籍してきたトニー・マルティンが全力の牽引を行った。
カチューシャ・アルペシンのジャージを身に包んだトニー・マルティン(左から3番目)
マルティンの牽きは強烈で、ほぼ彼の牽きだけで、1分10秒近くあったタイム差を50秒近くにまで縮めていく。
しかし、タイム差はそれ以上縮むことはなく、ついに最後の2kmに到達した。
そしてここからがこのステージの本番。
この、ゴール2km手前から1kmに渡って、平均勾配5%以上の登りが続くのである。
アラフィリップに喰らいついたデマールの底力
残り2kmから始まる登りで、まずはブライアン・コカールが脱落した。
さらに、クイックステップが勝利を託していたと思われていたキッテルも脱落。
さらに積極的に前を牽いていたグライペルまでもが、登りに耐えかねて失速したのである。
逆に残ったスプリンターはアルノー・デマール、そしてアレクサンダー・クリストフといった、ミラノ~サンレモ常連の「登れるスプリンター」たち。
しかし、クイックステップにとってはもう1人、こういった局面で頼りになる男がいた。
ジュリアン・アラフィリップである。
昨年のクリテリウム・ドゥ・ドーフィネ第4ステージで、ブアニやボアッソンハーゲンと並ぶスプリント力を見せたアラフィリップ(右から2番目の白いジャージ)。
アラフィリップは昨年のツアー・オブ・カリフォルニアで総合優勝を果たすなど、新たな若手フランス人のホープとして注目を浴びている。
総合力はもちろん、フレッシュ・ワロンヌを2年連続2位ゴールを果たすなど、激坂に対する耐性も非常に強い。さらに意外なのがスプリント。クライマーか、あるいはパンチャーか、といった特性を持つアラフィリップは、意外なほどにスプリントにも絡んでいくのだ。
だからクイックステップ・フロアーズは、今回のこの、登りを含んだ第1ステージの勝利のチャンスを、この24歳のフランス人に預けたのである。
しかし、真正面からのぶつかり合いでは、さすがにデマールやクリストフには敵わないかもしれない。
そこでアラフィリップが考えたのは、鋭いアタックからの逃げ切り勝利。
登りも中盤に差し掛かったタイミングで、アラフィリップは飛び出した!
この飛び出しにいち早く反応したのが、ロット・フィクソール*1のエース、トニー・ギャロパン。
しかしアラフィリップのアタックの鋭さは、このギャロパンを突き放すには十分だった。
ここで、1人の男が喰らいついてきた。
それがアルノー・デマール。
一応、スプリンターに分類されるはずの彼が、激坂巧者のアラフィリップに登り坂で喰らいつくという底力を見せる。
こうなってしまっては、正直、アラフィリップに勝ち目はない。
いくらスプリント能力が高いとはいえ、正真正銘のスプリンターであるデマール相手に、1対1で勝てるほど甘くはない。
ゴール直前はほとんどデマールに牽かせ、彼が前を向いた瞬間という絶妙なタイミングで飛び出したものの、そこから軽々と追い抜かされ、そしてそのまま、勝利を目の前で奪われた。
またも2位。昨年のフレッシュ・ワロンヌ以来、5回目の2位。
あまりにも悔しい結果であった。
作戦は完璧だった。ギャロパンも、クリストフも、ついてくることができなかった。最大の誤算はただ1つ、デマールの強さであった。
アルノー・デマール、その脚質とは
ではなぜ、デマールはアラフィリップの飛び出しに反応ができたのか。
そして喰らいつき、最後に勝利を奪うことができたのか。
少なくとも言えるのは、彼はただのピュアスプリンターではない、ということである。
彼はただ純粋なスプリントで勝負するタイプではなく、むしろそういった局面では、キッテルやグライペルには一段敵わない位置にいることは間違いない。だからこそ彼はまだ、グランツールでの勝利を経験していないのだ。
彼はどちらかというと、クリストフに近い脚質を持っている。すなわち、クラシック向きの脚質ということだ。だからこそ、ミラノ~サンレモでも優勝できたし、先週のクールネ~ブリュッセル~クールネでも、6位という結果を叩き出している。
一方で、坂道を含むスプリントでは、クリストフを凌駕する才能も見せている。
実際、今年のエトワール・ドゥ・ベセージュでは、2度クリストフを打ち破っているのだが、そのいずれも、登りフィニッシュと言えるレイアウトであったのだ。
さらに、今年のヴォルタ・アン・アルガルヴェ第4ステージでは、飛び出しが遅れてしまったがゆえに、グライペルやデゲンコルブ、フルーネヴェーヘンに次ぐ4位となってしまったが、それでも最後の加速は圧倒的であった。ここも、登りフィニッシュである。
ヴォルタ・アン・アルガルヴェ第4ステージ。4位に終わったが、逆に言うとこの登りスプリント巧者たちにしっかりと喰らいつく足を持っていたことの証明でもある。
今まではそれこそ「ブアニのライバル」という意識もあり、どちらかというとピュアスプリンター、それも最強クラスからは一段劣るそれである、というイメージを持っていたデマールであったが、ここ最近の彼の勝利を見るに、彼は「登りスプリント」最強の男なのかもしれない。
しかし今回驚いたのは、アラフィリップの強烈なアタックに喰らいつけたということ。
ギャロパンですら引き離されたあのアタックに、である。
だからこそ、デマールは、ただの「登りスプリント巧者」でも終わらない才能を隠し持っているのかもしれない。以外と、アルデンヌクラシックなどでも結果を出せるのではないか。
とはいえ、アラフィリップのアタックも、登りがあとわずかのところで始まったようにも思える。
もう少し手前でアタックを仕掛け、ペースを落とさずに走り抜けていれば、もしかしたらデマールを引き離すこともできていたかもしれない。
波乱に満ちた総合争い、その行方は
フランス人2人による優勝争いという、パリ~ニース主催者としては実に喜ばしい結果となったこの第1ステージ。
一方で、主催者としては何とも心苦しい決定をせざるをえなかった事態も起こった。
すなわち、ロマン・バルデの失格である。
Suite à la décision du jury des commissaires @romainbardet est mis hors-course / Romain Bardet out of the race by decision of the race jury pic.twitter.com/7VHL9l3P8d
— Paris-Nice (@ParisNice) 2017年3月5日
そして横風分断による影響は決して小さいものではない。
総合争いを巻き起こすであろうメンバーの着順とタイム差は以下の通りである。
ポート、コンタドール、ザッカリン、イェーツといった総合優勝候補が1分近いタイム差をつけられてしまった。
毎年数十秒差で決まることの多いパリ~ニースにおいて、このタイム差はかなり危険水準である。
ダニエル・マーティン、そしてセルヒオルイス・エナオは、総合優勝を勝ち取る最大のチャンスを得たことになる。
そして、ジロ以来の躍進のきっかけにしたかったクライスヴァイクは、チームごと後方に取り残されてしまったことで大きく遅れ、総合優勝は絶望的に。
フールサンもアルのいぬ間に・・・と総合を狙っていただろうに、初日から大きく大きく遅れ絶望的になってしまった。
ローランは、まあ、もうステージ優勝専門家になってしまえばいい。
というか165位ってなんだ165位って。後ろから数えて7番目だぞ。
また、今回山岳賞を獲得したロマン・アルディに注目が集まっている。
フォルテュネオ・ヴィタルコンセプトに所属する28歳のフランス人。
最初の逃げに入っており、そのまま2つある山岳ポイントを両方とも先頭通過したことで、8ポイントを稼ぎ出してこの日の山岳賞ジャージを手に入れる。
一方で、そのまま追い付いてきたプロトンと合流したまま最後までその中で残り、ゴールスプリントでなんと、5位!
どこぞのペーター・サガンか、というような走りであった。
今年のトロフェオ・ライグエーリアでも、ファビオ・フェリーネに次ぐ2位を記録している。
トロフェオ・ライグエーリア表彰台。左の選手がアルディである。
昨年まではコフィディスに所属しており、昨年のブエルタ・ア・エスパーニャでは全部で4回、トップ10に入るスプリント力を見せつけてチームに貢献した。
今年は5年ぶりに古巣に戻った。チームとしてツール・ド・フランスへの出場権も手に入れている。彼もまた、出場を願っているはずだ。
第2ステージ プレビュー
明日の第2ステージは純粋な平坦スプリント。
今度こそ集団スプリントになりそうなので、今日悔しい思いをしたデゲンコルブやフルーネヴェーヘン、そしてブアニといった面々がリベンジを果たせるか。
そういった意味では今日も「追走集団先頭ゴール」という苦渋を味わったクリストフにとってもリベンジ戦としたいところだ。
いや、ゴール直前まで行きながらその勝利を手放さなくてはならなかったキッテルとグライペルも、しっかりと勝利を狙っているはずだ。
しかし明日も強風が吹き荒れる可能性があるという。
そうなると、再び集団分裂の可能性も・・・見逃せない展開が続くかもしれない。
「太陽へ向かうレース」
今年は例年にも増して、混沌とした状況の中からスタートすることとなった。
Summary - Stage 1 (Bois-d'Arcy - Bois-d'Arcy) - Paris-Nice 2017
*1:ロット・ソウダルの、パリ~ニース期間中限定のチーム名。ジャージも普段の赤一色から変化している。