りんぐすらいど

サイクルロードレース情報発信・コラム・戦術分析のブログ

ワールドツアーチーム名変遷について Part.1(2009年~)

Jsporsのツアー・ダウンアンダー中継でも少し話題になっていた、「各チームのスポンサーの変遷」。

そこで今回は、現在18あるワールドツアーチームのチーム名がどのように変遷していったのかをまとめてみた。

 

創設が新しい順から紹介。

ページの最後にはGoogleスプレッドシートで一覧をまとめてあるので、気になる方はぜひ。

なお、同年中にチーム名が変更されている場合は、原則として7月=ツール・ド・フランスの時期のチーム名をその年のチーム名として採用した。

 

昔のことについては私も直接知っているわけではないため、間違いも含まれている可能性はあります。指摘などありましたらお願いいたします。また、こういった内容も加えるとよいという意見もありましたら助かります。

 

今回は2009年以降に創設された6チームを紹介。

 

 

 

バーレーン・メリダ・プロサイクリングチーム

2017年創設

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最も新しく創設されたチーム。とはいえ、歴史のあるイタリアチームであるランプレ・メリダからの分離みたいなところはあり、ゼネラルマネージャーも元ランプレのチームマネージャーであるブレント・コープラント。新城も含むランプレ所属の選手の何人かが初期メンバーとして選出された。ほかにもイタリアの英雄ヴィンツェンツォ・ニバリが話題の選手となった。

スポンサーはバーレーンの王子で同国のオリンピック委員会会長であるナセル王子が務める。2019年はマクラーレングループとのパートナーシップが締結されるなど、中東ならではの豊富な資金力が話題で、今年は世界チャンピオンのローハン・デニスなども獲得した。

今後もよりイタリア色が薄まりつつも有名選手を搔き集める手段は使われそうで、スカイがスポンサー危機で弱体化が予想される中、サイクルロードレースシーンの次の中心的存在となるかもしれない。

 

2017年~:バーレーン・メリダ・プロサイクリングチーム

 

 

ミッチェルトン・スコット

2012年創設

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2011年1月17日。ツアー・ダウンアンダー開催地アデレードにて、オーストラリア自転車競技連盟に所属していたシェイン・バナンが1年後のオーストラリア籍UCIワールドツアーチームの設立を宣言する。ダウンアンダーの成功、2010年ジーロング世界選手権の成功、そしてキャメロン・マイヤーやジャック・ボブリッジらトレックレーサーの活躍に支えられて、オーストラリアは大きな挑戦を選んだ。

結成初年度はチームのエースとして迎え入れたサイモン・ゲランスがツアー・ダウンアンダー、ミラノ~サンレモ、そしてGPシクリスト・ド・ケベックを制するという大成功を果たす。

この新興国としての大成功は、ダウンアンダーのレースとしての魅力と共に、日本も参考にしていきたい事例である。今、少しずつトラックで才能が輩出されつつある日本にとっても。

ゲランスやマシューズ、ユアンといったスプリンター寄りの選手たちを中心に活躍を続けてきたこのチームも大きく様変わりしつつある。初年度から長らくスポンサードしてきてくれた採鉱会社オリカも離れ、上記3名の選手たちも離れ、チームはエステバン・チャベスやイェーツ兄弟を中心とした総合系チームへと変わりつつある。国際化も進んでいる。

それでも、いまだ多くの若手オージーの期待の星を育成中でもある。これからもますます存在感を高めていくであろうオーストラリアの底上げを支えていってほしい。

ちなみにミッチェルトン・スコットという名称は元々、中国籍の育成チームに使われていた名前であった。そもそもミッチェルトン社はチームオーナーであるゲリー・ライアン氏が所有するワインメーカー。しかしオリカ社がスポンサーを離れるあたって、このミッチェルトンがトップチームのタイトルスポンサーにもなった。

それもあって育成チームの名前はミッチェルトン・バイクエクスチェンジに変更。このバイクエクスチェンジ(自転車オンラインショップ)も親チームが2016年にスポンサーを受けていた会社であり、紛らわしこと、この上ない・・・。

 

2012年:グリーンエッジ・サイクリング

2012年~2016年:オリカ・グリーンエッジ

2016年:オリカ・バイクエクスチェンジ

2017年:オリカ・スコット

2018年~:ミッチェルトン・スコット

 

 

トレック・セガフレード

2011年創設 

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ルクセンブルクの英雄シュレク兄弟とファビアン・カンチェラーラを中心として結成されたルクセンブルク籍チームが大本である。このときからトレック社をスポンサーに据え、名前は「レオパード・トレック」。

翌年からはアメリカ籍のチーム「レディオシャック」を吸収することとなり、一時期は、日産自動車アメリカ法人もスポンサーとして参加した「レディオシャック・ニッサン」となった。 

2014年からはこのレディオシャックも離れ、チームはトレック社を中心とする純粋な米国籍チームに。現在はシュレク兄弟もカンチェラーラも引退してしまったが、コンタドールやリッチー・ポートを迎え、将来的にはニバリの獲得も目指すなど、イタリア人GMルカ・グエルチレーナは野心を燃やしている。

現在のタイトルスポンサーの1つであるセガフレード社は、イタリア・ボローニャに本部を持つコーヒーチェーン「セガフレード・ザネッティ」を運営する会社。日本でも関東圏を中心に34店舗(2019年2月現在)展開されている。

松戸在住の筆者はあまり行くことはないのだが、この前、広尾店に行ったときには、デゲンコルプやデコルト、別府選手など代表的な選手の写真とサインが飾られていた。ほかの店舗にもあるかもしれないけれど。

また、ジロ・デ・イタリアのポイント賞「マリア・チクラミーノ」をスポンサーしている会社でもある。

 

2011年:レオパード・トレック

2012年:レディオシャック・ニッサン

2013年:レディオシャック・レオパード・トレック

2014年~2015年:トレック・ファクトリー・レーシング

2016年~:トレック・セガフレード

 

 

ボーラ・ハンスグローエ

2010年創設 

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2010年に当初はコンチネンタルチームとして創設された「チーム・ネットアップ」。2013年からはイギリス籍のコンチネンタルチーム「エンデューラ・レーシング」と合併し、「チーム・ネットアップ・エンデューラ」となった。そして2015年からはドイツの調理器具メーカー「ボーラ」とカナダの自転車メーカー・アルゴン18をタイトルスポンサーに迎え、「ボーラ・アルゴン18」となる。

2014年からは3年連続でツール・ド・フランスのワイルドカードを獲得。その勢いのまま、2017年からはペテル・サガンやラファル・マイカなどの注目選手を多く迎えてのワールドツアーチームに昇格。なおこのときバイクメーカーも(サガンの好みに合わせてか?)スペシャライズドに変更。2つ目のタイトルスポンサーとしてはドイツの水回り器具メーカーのハンスグローエ社を迎えた。

現在もサガンを中心としたチームであると共に、サム・ベネットやエマヌエル・ブッフマンなど、プロコンチネンタルチーム時代からの選手たちも着実に成長してきており、ドイツ人若手の育成と共に、今後も存在感を示してほしいチームである。

なお、調理器具メーカーや水回り器具メーカーがタイトルスポンサーになっていることから、サガンやマイカが料理したりシャワーで遊んだりするPVも多く話題を集めている。みんな楽しそうなのが好印象。

 

2010年~2012年:チーム・ネットアップ

2013年~2014年:ネットアップ・エンデューラ

2015年~2016年:ボーラ・アルゴン18

2017年~:ボーラ・ハンスグローエ 

 

 

チーム・スカイ

2010年創設 

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始まりは2008年に始まった「自転車文化を通じてイギリス人に健康やエコを浸透させよう」というイギリス自転車連盟のプロジェクト。当時の連盟の会長こそ、現在のチーム・スカイのGM、デイブ・ブレイルスフォードである。

そしてこのプロジェクトの成功のために選んだ手段が、自転車チームによるツール・ド・フランス制覇であった。

ここにタイトルスポンサーである英国大手有料放送局「スカイ」の思惑が重なった。スカイグループのオーナーであったルパート・マードック氏がロードレースのファンであるということに加え、世界的なイベントであるツール・ド・フランスの勝利が、英語圏における契約件数増加に貢献すると考えた結果、ロードレースチームとしては破格の50億という年間予算を積み上げた。

この予算規模と、ロードレース界のこれまでの常識を打ち破る科学的手法、「マージナルゲイン」の精神により、あっという間にグランツール最強チームにのし上がる。当初は5年以内を目標に据えていたツール・ド・フランスの総合優勝を2012年に早くも達成しただけでなく、その後も7年間で6回の総合優勝を果たす。

そんな大成功に裏打ちされ、チームのタイトルスポンサーは創設当初からスカイ一本。微妙なマイナーチェンジを除けばチーム名の変更はほぼ、ない形に。

だが、そんなスカイにもついにスポンサー危機が訪れる。

理由はスカイグループが米国大手メディア・コムキャストに買収されたこと。これによりマードック氏がスカイから去り、スカイやチームを支える理由を失ったのである。

ブレイルスフォードのチームが完全になくなることはなく、新たなスポンサーを見つけることは難しくないだろうという予想もされているが、いずれにせよBMCと並ぶ単一タイトルスポンサーチームがまた1つ消えてしまう可能性は非常に高いだろう。

 

2010年:スカイ・プロフェッショナル・サイクリング

2011年~2013年:スカイ・プロサイクリング

2014年~:チーム・スカイ 

 

 

チーム・カチューシャ・アルペシン

2009年創設 

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前身となるのはオレグ・ティンコフがスポンサードしていたチーム。ロシアやイタリア拠点に活躍していた。

このチームが2009年にガスプロム、イテラ、ロステクノロジーという3つのロシア大企業と新たにスポンサー契約を結び、公式にはここで創設されたことになる。ロシアの自転車競技発展や健康のためのプロジェクト「カチューシャ・プログラム」の一環として創設されたことがチーム名の由来である。

18億というプロチームの中でも上位にくる潤沢な資金を利用して、ロビー・マキュアンやホアキン・ロドリゲスなどの有力選手を集めて成績を伸ばした。一時期はドーピング問題にも揺れ、ブエルタ・ア・エスパーニャに出場できなかったり、UCIプロチームライセンスを失ったりしたときもあったが、ザッカリンなどのロシア若手選手の育成という意味でも重要なチームであった。当初はチームメンバーの半数がロシア人だったのだ。

しかし2017年からはドイツの育毛剤メーカー、アルペシン社をタイトルスポンサーに迎え、チームバイクもドイツのキャニオンに。GMはポルトガル人であり、ドイツとポルトガルの選手の数も一気に増えた。チームの本拠地もチーム国籍もスイスへと移り、ティンコフチームの消滅と合わせ、サイクルロードレース界におけるロシアの影響力が一気に縮小してしまった。

2018年はマルセル・キッテルをエースに迎えて、新たな価値を生み出すつもりだったが、まさかの大失速。年間3勝という、トップチームとしては前代未聞の記録に。ただ今年からパフォーマンス部門のスタッフとしてエリック・ツァベルが加わり、彼がキッテルのサポートに回ったことが功を奏したのか、先日のチャレンジ・マヨルカでキッテルによるシーズン最初の勝利を掴み取った。

このときはザッカリンも平坦追走に参加するなど、チーム一丸となっての勝利だったようだ。

この良い流れを、この先も継続していけるか。

 

2009年~2016年:チーム・カチューシャ

2017年~:チーム・カチューシャ・アルペシン

 

 

次回は2003年~2007年創設の6チームを紹介(予定)。 

 

 

 

チーム名変遷一覧(Googleスプレッドシート)

19WTTチーム名変遷表

(リンク先では大きな画像で見られます)