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【全ステージレビュー】ブエルタ・ア・エスパーニャ2019 第3週

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激動の3週間がついに終幕を迎えた。

やはりブエルタ・ア・エスパーニャは一筋縄ではいかない。初日のチームTTでのまさかのユンボ・ヴィズマ、UAEチームエミレーツの落車から、第1週の山岳ステージでのタデイ・ポガチャルの躍進。

そして第2週の個人TTでログリッチェが頭一つとびぬけて推移してきたかと思えば、この第3週の平坦ステージでは連日波乱の展開。

 

最後まで何が起こるか分からない。それがブエルタ。最後の山岳ステージとなった第20ステージでもまた、大きな変動が起こった。

 

今年最後のグランツールの、最後の1週間。

その展開と、「勝ちの理由」を詳細に分析していく。 

 

↓第3週のコース詳細はこちらから↓

www.ringsride.work

↓第2週の全ステージレビューはこちら↓

www.ringsride.work

 

 

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第17ステージ アランダ・デ・デュエロ〜グアダラハラ 219.6km(平坦)

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世界選手権を前にして、難易度を低くしたという第3週。大会自体に6つしかない平坦ステージのうちの半数がこの第3週に放り込まれ、その1つ目のステージということで、レース全体は平穏に進み、最後は難なく集団スプリントで、と誰もが予想していた。

 

が、実態は実にブエルタらしいカオスな展開。アクチュアルスタートと同時に強烈な横風を利用してドゥクーニンク・クイックステップが集団大分裂作戦を敢行。8人中7人を逃げに乗せるというありえないことをやってのけた。

そしてこの中に総合6位のナイロ・キンタナがアシスト3名と共に含まれていたことで、レースはにわかに混沌とした様相を見せ始めた。全長220km、総獲得標高2,200m。決してイージーなステージではないにも関わらず、平均時速50km/h超という異様なスピードでレースは展開していった。

 

47名の逃げの内訳

ドゥクーニンク・クイックステップ 

ジルベール、ノックス、カヴァニャ、デクレルク、スティバル、ヤコブセン、カペッキ

モビスター・チーム

ロハス、エルビティ、キンタナ、オリヴェイラ

チーム・イネオス

プールス、ゲオゲガンハート、スタナード、ドゥール

チーム・サンウェブ

ケルデルマン、アルント、Cペデルセン、パワー、ヴァルシャイド

AG2Rラモンディアル

ラトゥール、ディリエ、ジョレギ、ヴァントゥリーニ

アスタナ・プロチーム

サンチェス、Gイサギレ

バーレーン・メリダ

ハウッスラー、Dトゥーンス

ボーラ・ハンスグローエ

Sベネット

CCCチーム

コッホ、ファンフーイドンク

EFエデュケーション・ファースト

クラドック、マルティネス

ロット・スーダル

デヘント、ファンデルサンド

ミッチェルトン・スコット

ビューリー、ホーゾン、スミス

ディメンションデータ

ボアッソンハーゲン、キング、ティレル

ユンボ・ヴィズマ

パウレス

トレック・セガフレード

デゲンコルブ

UAEチーム・エミレーツ

マルカート、セバスティアンモラーノ、トロイア

ブルゴスBH

ボル

カハルラル・セグロスRGA

セラーノ

エウスカディ・ムリアス

バグエス

  

この47名の中にはスプリンターも多数含まれていた。

第3ステージで優勝しているサム・ベネットや、第4ステージ勝者のファビオ・ヤコブセン。そのほかにもヴァルシャイド、ヴァントゥリーニ、ボアッソンハーゲン、デゲンコルブ、ファンデルサンドなどはステージ上位も狙える選手たちだ。

 

しかし、キンタナを逃すわけにはいかないメイン集団も全力の牽引でペースアップ。

ここから逃れたい逃げ集団も、残り50㎞から始まるカテゴリのない登りで猛プッシュ。

この煽りを受けて、最も有利な状況にいたはずのドゥクーニンク・クイックステップ集団からヤコブセンが脱落。クライマーのカペッキがこれをアシストするも、結局集団に復帰することはできなかった。

 

ドゥクーニンクはせっかくのチャンスをふいにした?  このままではサム・ベネットの一人勝ち?

いやいや、ここからが彼ら「ウルフパック」の腕の見せ所である。

 

残り2.5㎞。

20名程度にまで絞り込まれた先頭集団は、なおもプロトンからは5分差を維持しており、逃げ切りは確定。

そんな先頭集団の中から、まず攻撃を仕掛けたのは常にこういった状況の中での「先鋒」を取る男、ゼネク・スティバルであった。

 

瞬く間に残り距離を減らしていくスティバル。追走集団もイネオスを中心に追いかけるも、残り1km付近で互いに見合う形となりペースダウン。スティバルがなおも先頭でゴールへと向かう緩やかな登り勾配を駆け上がっていく。

このままでは戦うこともできずに敗北する、という危機感を抱いたサム・ベネットが、残り600mで早めのスプリントを開始。

残り500mでスティバルをかわして先頭を突き抜けるベネットだったが、その背後にはきっちりと、フィリップ・ジルベールがつけていた。

 

もうこうなってしまっては、ベネットにはどうしようもなかった。残り200mでベネットは力尽き、そしてその背後から飛び出したジルベールが悠々とフィニッシュ。

今大会2勝目。「ウルフパック」が実にウルフパックらしい勝ち方で勝利を掴み取ったのである。

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また、この日の大逃げの結果、キンタナがジルベールから10秒遅れでフィニッシュ。ログリッチェたちは5分29秒遅れでゴールしたため、この日だけで一気に5分以上のタイム差を挽回。

アストゥリアス連戦で総合6位にまで陥落していたキンタナは、ログリッチェから2分24秒遅れの総合2位に浮上。

ユンボ・ヴィズマに対する大きな牽制を手に入れることができた。
 

 

第18ステージ コムニダ・デ・マドリード〜ベセリル・デラ・シエラ 177.5km(山岳)

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マドリードの北方に広がるグアダラマ山脈を舞台にした山岳ステージ。総獲得標高は3,700mに達し、第3週で最も厳しいステージであるという前評判であった。

4つの1級山岳。そして山頂フィニッシュではないレイアウトは逃げ切りに最適。

最初の1級山岳ナバセラダを独走で通過したワウト・プールスの後を追うようにして、最終的に以下の13名の逃げ集団が形成された。

 

  • ネルソン・オリヴェイラ(モビスター・チーム)
  • ジョフリー・ブシャール(AG2Rラモンディアル)
  • オマール・フライレ(アスタナ・プロチーム)
  • ヘルマン・ペルンシュタイナー(バーレーン・メリダ)
  • ヨナス・コッホ(CCCチーム)
  • セルジオ・イギータ(EFエデュケーション・ファースト)
  • トビアス・ルドヴィグソン(グルパマFDJ)
  • ニック・シュルツ(ミッチェルトン・スコット)
  • ルイス・メインチェス(ディメンションデータ)
  • タオ・ゲオゲガンハート(チーム・イネオス)
  • ワウト・プールス(チーム・イネオス)
  • ニールソン・パウレス(ユンボ・ヴィズマ)
  • オスカル・ロドリゲス(エウスカディ・ムリアス)

 

しかしこの日は、総合逆転を狙うアスタナ・プロチームが早めの攻撃を仕掛けた。

 

残り63km。

最後から2つ目の1級山岳ラ・モルケラ(登坂距離10.4km、平均勾配6.7%)の登りで、逃げているフライレ以外のすべての選手たちを前に上げて、一気にペースを上げていった。

アシストを次々と使い潰しながらペースをひたすら上げていくアスタナ・プロチーム。残り60kmを切って、最終発射台のフルサングがアクセルを踏む頃には、すでにプロトンの人数はわずか9名に。

モビスターはバルベルデ、キンタナとソレルの3名。ユンボ・ヴィズマはログリッチェとクスの2人だけ。そしてポガチャルはすでにたった一人孤立してしまった。

 

そして残り59.5km。ロペスがアタック。

この攻撃に、プロトンからは誰一人反応できない。ここまで常にライバルの攻撃に反応してきたログリッチェも、このロペスの勢いには自ら対応せず、クスに牽かせて追いかけさせた。

その間にロペスとメイン集団とのタイム差は20秒近くにまで広がり、ラ・モルケラの山頂を通過した。

 

 

4年前の同じ舞台で、アスタナは総合首位トム・デュムランに対して登りで差をつけ、下りでアシストたちと合流したことによって総合大逆転を実現させた。

今年もまた、同じ展開を狙うのか。

 

しかし、4年前のデュムランのチームとは違って、今回のリーダーチームは完璧なアシスト体制を組んでいた。

逃げていたニールソン・パウレスが下りでログリッチェたちに合流。さらには山頂の手前で一度は遅れかけていたクスも再合流し、共に集団の先頭を全力で牽引し始めた。

結果、最後の登りに突入する前に、ロペスはログリッチェたちに追い付かれた。

 

 

同じラ・モルケラの下りで、先頭集団でも動きが巻き起こった。

今大会いくたびも不幸に見舞われ、その主力選手たちを次々と失って行ったEFエデュケーション・ファースト。

その中で残された若き才能、セルヒオ・イギータが、下りで飛び出したのである。

 

今にも転倒しそうな、あるいはガードレールに激突しそうなスレスレの下りでかっとんでいくイギータ。

一時は1分近くにまで迫られていたメイン集団とのタイム差も、再び1分半にまで広がっていった。

それでもまだ40km以上残っており、登りも1つ残っている。たった一人でこの距離を逃げ切ることは絶望的なようにも思われた。

 

 

そして残り30km。

最後の1級山岳コトス(登坂距離13.9km、平均勾配4.8%)の登りの途中で、ロペスが再びアタックを仕掛けた。

この攻撃でログリッチェとバルベルデを引き離すことはできなかったが、総合2位キンタナと総合5位ポガチャルはここで脱落。

総合優勝にまでは手が届かなくとも、新人賞と総合表彰台を奪い返す可能性が見えてきた。

 

この動きで40秒近くにまで迫られてしまった先頭のイギータだが、そのタイム差でコトス峠の山頂に到達できた彼にとって、残す25kmは下りと平坦だけである。

そして、今大会一気に覚醒したその命知らずの下りはやはり驚異的。時速100kmに到達するそのダウンヒルによって、40秒のタイム差はなかなか縮まらない。

 

絶望的に思われていた逃げ切りへの可能性が、ぐっと現実化してきた。

 

昨年までマンサナ・ポストボンに所属していた22歳のコロンビア人。今年の冒頭はフンダシオン・エウスカディに所属していたが、シーズン途中でEFエデュケーション・ファーストに移籍。フンダシオン時代から、バレンシアナやアンダルシアのステージレースの登りスプリントステージなどで強さを見せつけていた彼が、EF移籍直後のツアー・オブ・カリフォルニアでまさかの総合2位。

その強さはホンモノだった。今回のブエルタでも結果を出す可能性は十分にあった。

それでも、チームが次々に不幸に見舞われる中、彼自身も一度は下りで落車するなど、厳しい運命に晒されていた。

 

だがそれでも懲りることなく何度も逃げに乗った。

そして今日、恐怖が残っているはずの下りでなおも危険なアタックを繰り出した。

その結果、彼は賭けに勝った。

最後は総合リーダーたちが集う強力な追走集団に15秒のタイム差をつけ、見事な逃げ切り勝利を実現させた。

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「スプリントでも勝てるチャンスがあることはわかっていたけれども、今日の自分の足が完璧だったから、独走を仕掛けることに決めた」というイギータ。その選択肢が、最後は彼を救うことになる。

 

そして、ロペスもまた、繰り返した積極的な動きが功を奏し、最大のライバルたるポガチャルから1分のタイム差を奪い取り総合4位そして新人賞を手に入れた。

総合3位キンタナとのタイム差も46秒。

まだまだ表彰台も狙える位置である。

 

 

第19ステージ アビラ〜トレド 165.2km(平坦)

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世界遺産の街トレドへと至る、マドリード前最後の平坦ステージ。

とはいえ、スプリンターたちのためのステージというわけではない。フィニッシュ地点には旧市街へと向かう石畳の急坂が待ち受けており、第17ステージ同様、この日も横風を中心としたトラブルが集団を襲った。

残り67km地点。雨に濡れた危険な下りで落車が発生。ちょうど、ユンボ・ヴィズマの隊列の目の前で起きた落車だった。

隊列の先頭を走っていたトニー・マルティンはブレーキで前輪がロックされ、頭から1回転して側道に倒れこんだ。不幸中の幸いにも骨折はなかったようだが、瞼を切って出血し、即時リタイアとなった。

マイヨ・ロホを着るログリッチェも勢いよく壁に激突。幸いにも怪我はなかったようだが、自転車も壊れて足止めを余儀なくされた。新人賞ジャージのロペスも同様である。

 

そして、その間に、元々この区間でのペースアップを予定していたというモビスターが全力で集団を牽引。さすがに落車時の攻撃に対する非難もあり、のちにバルベルデ主導でペースは落とされることになるが、この一連の動きについて、様々な意見が飛び交うこととなった。

 

なんとかログリッチェらはメイン集団に復帰。まだゴールまで距離は残っていたため、先頭11名の逃げとメイン集団とのタイム差も、悪くないペースで縮まっていった。

最後は集団スプリントになる、かどうかはともかく、少なくとも逃げは吸収されることは間違いないだろう、とだれもが思うペースであった。

 

しかし残り24.6km。タイム差1分21秒。

集団からドゥクーニンク・クイックステップのレミ・カヴァニャがアタックした。

この動きに対し、逃げの残りメンバーは誰一人追撃を行わない。

何しろ向かい風基調の平坦路。ここから一人飛び出した選手が逃げ切れるわけがない――そう、誰もが思っての、この見逃しだったのだろう。

 

だが、カヴァニャはこのブエルタで確実に進化している選手の1人であった。

2015年U23世界選手権個人TT王者。独走力の高さは昔から定評があった。

育成チームを経て2017年に現チームでプロデビュー。同年にベルギー・ツアー総合2位、翌年にドワースドール・ウェストフラーンデレン優勝など、クラシックへの適性を見せつけていた。

そして今年、ツアー・オブ・カリフォルニアの第3ステージ、厳しい山岳を越えるステージで逃げ切り勝利を果たし、登りを含んだ大逃げも得意とするタイプであることを示した。

そして今回のブエルタ・ア・エスパーニャ。積極的な逃げと、第10ステージの個人TTでのまさかの区間3位。

登りも、クラシックも、独走もこなせるスーパーヤングルーラーが、この日もさらなる進化した走りを見せることとなった。

 

独走を開始してから、メイン集団とのタイム差はむしろ開いていった。

残り10kmを切って、ようやく1分を割ったタイム差は、残り1kmのバナーをくぐった段階でも、まだ30秒を残していた。

メイン集団の先頭は、エースのサム・ベネットのために全力で牽引するシェーン・アーチボルド。

だが、石畳の激坂と鋭角コーナーをこなしながら、安定したペースで登っていくカヴァニャの背後に集団の姿が現れたのは、彼が残り25mのバナーを通過したタイミングであった。

 

レミ・カヴァニャ、24歳。グランツール初勝利。

来期の契約チームは未だ未定。この才能を、一体どのチームが手に入れるのか。 

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2位通過を果たしたのは、第17ステージに続きサム・ベネット。

悔しそうにハンドルを叩くベネットだが、これだけの登りでもしっかりと集団の先頭を取れる彼もまた、間違いなく進化を遂げ続けている男である。

 

そして総合勢は、途中の混乱はあったものの、最終的には変動なくゴール。

いよいよ、最終山岳ステージに挑むこととなる。

 

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第20ステージ アレナス・デ・サンペドロ〜プラタフォルマ・デ・グレドス 190.4km(山岳)

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長かったブエルタ・ア・エスパーニャもいよいよ最終決戦。

難易度は第1週・第2週の山岳ステージと比べるとそこまででもないが、それでも合計6つの山岳ポイントと山頂フィニッシュ。総獲得標高も4,500mと非常に厳しく、3週間の、あるいはシーズン通しての疲労が蓄積した選手たちにとっては、決して気楽に過ごせる1日ではなかった。

 

何しろ、過去何年にもわたって、この第20ステージで表彰台の顔ぶれが入れ替わっている。

総合首位プリモシュ・ログリッチェこそかなり安定した状態ではあるようだが、2位以下については、決して油断できない1日となった。

 

最後の逃げ切りのチャンスをめぐって、スタート直後から超有力選手たちを交えてのアタック合戦が執拗に繰り返された。

その結果、ようやく安定した5名の逃げが形成されたのは、80km近くを消化した後。ルーベン・ゲレイロ、タオ・ゲオゲガンハートなど今大会常に積極的に勝利を狙って山岳エスケープを試みている選手たち5名が、最終的に勝負権を手に入れた。

 

しかし、結局彼らも、最後まで先頭のままゴールに辿り着くことはできなかった。

残り48kmから始まる1級山岳ペニャ・ネグラ(登坂距離14.2km、平均勾配5.9%)。誰もがこの日の勝負所と分かっていたこの登りに突入すると同時に、アスタナ・プロチームが攻撃を開始した。3名のアシストによる牽引で、集団の人数は30名ほどに絞り込まれた。

そして残り43km。ロペスがアタック。ここに、キンタナ、バルベルデ、ログリッチェ、ポガチャルの総合TOP5は全員ついてきた。そのあとももう1度アタックするロペスだったが、ライバルたちを引き離すことはできず、やがて足を緩めた。

残り40km。もう1度、ロペスは加速した。ライバルたちは、なおも引き千切れない。それでも彼は、諦めずダンシングでペダルを回し続けた。だが、どれだけ加速を続けても、キンタナ、バルベルデ、ログリッチェ、ポガチャルの4名は引き離せなかった。

ロペスが諦め、サドルに腰を下ろした、その次の瞬間に、緑色ジャージを着るタデイ・ポガチャルがカウンターで飛び出した。

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この動きに、ログリッチェも、キンタナも、バルベルデも反応しなかった。ポガチャル追走を行うべき最も責任のある選手は、新人賞を争う立場のロペスであった。

しかしロペスは、すでに三度繰り返したアタックによって追撃を行う足は残っていなかった。

その隙に、ポガチャルは一気に先頭で逃げていたゲレイロとゲオゲガンハートの2名を合流。メイン集団とのタイム差を、50秒にまで広げた。

 

2人を突き放したポガチャルはそのまま独走を開始。まだゴールまでは40kmも残っている。しかしポガチャルのペースは落ちることなく、ロペスやキンタナを逆転するのはもちろん、総合2位バルベルデにすら迫る勢いを見せた。

 

初のグランツール。初の3週間の戦い。

第18ステージでタイムを落とし、新人賞を奪われたとき、さすがの彼も3週間のペース配分はまだまだつかみきれなかったのか、とだれもが思っていたに違いない。

きっとこのまま、総合5位でブエルタを終えることになるだろう。それでも、十分に凄すぎる成績である、と。

 

だれが、この結末を予想しえただろうか。まるで、ツール・ド・フランスの第19ステージで、幻に終わったエガン・ベルナルの大逆転独走逃げ切り勝利を再現するかのようだった。

2つの山岳を含む40kmを独走し続けたネオプロ、20歳の新人は、総合4位ロペスを2分12秒突き放し、総合3位キンタナを1分56秒突き放し、逆転総合表彰台を実現する勝利を掴み取った。

初のグランツールで、区間3勝。そして総合3位。新人賞。わずか20歳で。

 

またも「歴史の変わる瞬間」だった。

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結局、今年もこの第20ステージで表彰台が入れ替わった。

どんなに3週目の難易度が低いとはいえ、やはり最後まで見逃せないのがブエルタ・ア・エスパーニャであった。

 

ミゲルアンヘル・ロペスは悔しい結果に終わった。しかしこの結果は、彼が、新人賞確保で満足せず、あくまでも上を目指して最後の瞬間まで攻撃を仕掛け続けたゆえの結果であったことを忘れてはいけない。

ロペスは最後まで挑戦し続け、そして敗れた。総合5位という結果は彼にとって直視できない結末だったかもしれないが、その走りは誇りあるものであった。それを支えたアスタナのチーム力も含めて。

 

 

そして、最終日マドリードへと向かう。

 

 

 

第21ステージ フエンラブラダ〜マドリード 106.6km(平坦)

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いよいよ3週間の戦いもフィナーレ。

首都マドリード郊外の「フェルナンド・トーレス生誕の地」フエンラブラダから出発し、M-45を通ってマドリード中心部へ。

シベーレス広場を中心にマドリードの目抜き通りを駆け巡る、5.8km×9.5周の周回コース。女子レースのときには雨に濡れ、落車が頻発したコースも、男子レースの頃にはすっかりと晴れ上がった。

今年のブエルタでほぼ初か2回目くらいの完全ピュアスプリントステージで、 エーススプリンターたちが最後の「最強」争いを繰り広げる。

 

フィニッシュ直前のプロトンを支配したのはドゥクーニンク・クイックステップだった。「トラクター」ティム・デクレルク、機関車役のレミ・カヴァニャによる強力な牽引の末に、残り1kmを切ってゼネク・スティバルが先頭に立ってゴールへと突っ込んでいった。

しかし、このスティバルによるリードアウトから先頭を奪ったのは、トレック・セガフレードのジョン・デゲンコルブ。若きエドワード・トゥーンスを献身的に牽引し、残り300mの最終ストレートに突入したあと、完璧なタイミングでこれを撃ち放った。

だが、主導権を奪われかけたドゥクーニンクも黙ってはいない。最終発射台のマキシミリアーノ・リケーゼが、放たれたばかりのトゥーンスと肩でやり合いながら、先頭を奪い返す。

そして残り150mまでエースのヤコブセンを引っ張り上げて、ここで勝負を仕掛けたのである。

 

問題は、サム・ベネットの存在であった。

シェーン・アーチボルドのアシストを受けてしっかりとヤコブセンの背中に乗っていたベネット。これは彼の必勝パターンであった。

勝負所でポジションを落としているわけでもなく、ここ最近の彼が勝つときに常に手に入れてきている「その日最強の選手の背後」を取ることができていたベネット。

残り150mでヤコブセンが放たれたときにその位置にいたベネットにとって、あとは悠々と、アクセルを踏んでヤコブセンを追い抜くだけだった。

 

 

しかし、届かなかった。

トゥーンスも、ボアッソンハーゲンも寄せ付けなかったベネットの強烈な加速も、その右隣で失速するはずのヤコブセンを追い抜くことはできなかった。

ヤコブセンは両肩を左右に振りながら、これまでで最高の粘り強さを見せた。

これまでであったならば失速するようなタイミングでも彼のスピードは衰えず、やがて、「最強」を左後ろに従えたまま、彼は先頭でシベーレス広場のフィニッシュラインを先頭で通過した。

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この瞬間、彼は真にグランツールで勝てるスプリンターとなったのである。

そして、カヴェンディッシュの、キッテルの、ヴィヴィアーニの後を継ぐ、このクイックステップのエーススプリンターとなる資格を手に入れた。

スプリンター戦国時代に、新たな1ページが刻まれる。

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そして、3週間にわたって一瞬たりとも崩れることのなかったプリモシュ・ログリッチェが、スロベニア人として初の総合優勝を掴み取った。

ジロ・デ・イタリアでの失敗を経てブエルタで借りを返す、というパターンは昨年のサイモン・イェーツと同様。そして、それはログリッチェだけでなくユンボ・ヴィズマにとっても、大きなリベンジとなった。

来年もまた、グランツールを狙うのに十分な選手とチーム。

あとは、どのグランツールを狙うか。

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もう1人の主役は間違いなくこの人物、タデイ・ポガチャル。

昨年のツール・ド・ラヴニール覇者。そしてわずか20歳にして、初出場となるグランツールでステージ3勝と表彰台を勝ち取った男。

それも、ほとんどアシストのいない環境で。下手すればそれは、ベルナル以上の戦績だったと言えるかもしれない。

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ログリッチェと並び、あるいはマテイ・モホリッチなどと並び、スロベニア自転車界に大きな影響を与えることができるか。

間違いなく、2020年代の主役たりうる存在である。 

 

 

山岳賞を手に入れたジェフリー・ブシャールは、また特殊な経歴をもつ男であった。

今年27歳ながら、昨年まではアマチュアチームに所属していたネオプロ。アマチュア国内選手権で優勝したこともあってAG2Rラモンディアルのトレーニーとなり、ツール・アルザス総合優勝など結果を出しながら今年正式加入+ブエルタ・ア・エスパーニャへの出場権を獲得した。

そして、第9ステージのアンドラ公国ステージでの逃げを皮切りに、第2週のアストゥリアス山脈でも山岳ポイントを積み重ね、開催前には誰も予想していなかった栄光を手に入れた。

この一発だけでは終わってほしくない。やや低迷気味に感じるAG2Rの「次」を担う存在となってほしい。

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27歳のネオプロといえばこの男もそうだ。

ロット・スーダルのカールフレドリク・ハーゲン。

昨年まではアマチュアでこそないものの、コンチネンタルチームのチーム・ジョーカー。一気にワールドツアー入りを果たした今年、ツール・ド・ロマンディ登りスプリントなどでその実力を見せつけながら、今回のブエルタメンバーとして選ばれるに至った。

最初、総合上位につけたのは、あくまでも逃げのお陰でしかないように思えた。

しかしその後も、粘り強く山岳ステージで上位に残り、最終的には総合8位。

これもまた、初のグランツ―ルにおける偉大なる成績であった。

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だが、総合8位とはいえ、そのタイム差は13分近い。

総合9位のマルク・ソレルも、厳しい山岳ステージで常に最終盤まで残っており、トリプルエースの一角であったと言っても過言ではない走りをしていたものの、タイム差で言えば22分にもなっていた。

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レース中も常に「4強」「5強」というイメージがつきまとうくらい、上位の顔ぶれが固定化されていた。

その要因は、リゴベルト・ウランやダヴィデ・フォルモロ、ステフェン・クライスヴァイクといった有力勢の早期リタイア、そして総合上位を狙えると思っていたワウト・プールスやピエール・ラトゥール、ヤコブ・フルサングらの失速であった。

結局、優勝候補の数という意味では、やや物足りなかったのが今回のブエルタ、とは言えるかもしれない。

それでも、絞り込まれた有力勢の中で最後の最後まで鎬を削り合う展開が続いたことは、さすがブエルタ、とも言えるものであった。

 

スーパー敢闘賞はミゲルアンヘル・ロペス。

これもまた、納得の表彰である。

彼と彼のチームは共に、終盤の戦いで最も積極的に動いていた。

第20ステージでも3度にわたるアタックを繰り出し、新人賞ジャージを犠牲にしてでも逆転を狙う攻撃を繰り返していった。

それこそがブエルタで求められる走り。

このブエルタを盛り上げてくれた選手の1人であり、チームだ。

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以上をもって、今年最後のグランツールが終わりを迎える。

今年もまた、多くのニューヒーローが各グランツールで生まれ、その数と勢いは、もしかしたら例年以上だったかもしれない。

まるで、2020年代の新たなステージを予感させるかのような。

 

各チームのデータで見る成績、それに対するコメントは、別記事にて確認していく予定。

 

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