ヨーロッパでの本格的なシーズン開幕を告げる5日間のステージレース。
絶対王者と思われていたのはアレハンドロ・バルベルデだったが、個人TTの存在、ボーナスタイムがないこと、などが加わり、やや意外な結果に終わった。結果的に総合争いは、ほぼ初日の個人TTで決定付けられることに。
その分、ステージ1つ1つはそれぞれ違った特色をもっており、その勝利を分析することで、今年の「そういうステージ」における各選手・チームの強さ、特色を確認することができるだろう。
今回も「バレンシア1周」の全ステージの「勝ち方」を中心に解説。
なぜ彼は勝てたのか、を確認し、今後のシーズンの参考にしてほしい。
↓コース詳細はこちらを参照のこと↓
- 第1ステージ オリウエラ~オリウエラ 10.2km(個人TT)
- 第2ステージ アリカンテ~アリカンテ 166km(丘陵)
- 第3ステージ クアルト・デ・ポブレット~チェラ 194.3km(丘陵)
- 第4ステージ ビジャレアル~アルコセブレ 188km(山岳)
- 第5ステージ パテルナ~バレンシア 88.5km(平坦)
- 総評、およびイギータとガゾリという、2人の有望な若手について
第1ステージ オリウエラ~オリウエラ 10.2km(個人TT)
ほぼ平坦な個人TTでありながら、最後の700mだけは平均勾配9%の急坂となっている独特なレイアウト。
結果、この700mが思いのほか効いた形になったようだ。4位のディラン・トゥーンスや7位のペリョ・ビルバオ、10位のダニエル・マーティンなど、この順位に来るのが意外に思われる選手たちも名を連ねている。そもそもボアッソンハーゲンが優勝というのもびっくりである。いや、ノルウェーの個人TT王者になっていたりと、確かにTT能力の高さを感じさせてはいたものの・・・。
10kmという、スプリンター有利な距離であることも合わせ、パンチャー有利なTTだった、と結論付けることはできるだろう。
逆にその意味で、TTスペシャリストのトニー・マルティンやヨス・ファンエムデン、ネルソン・オリヴェイラは健闘した方だと言えるだろう。とくにファンエムデンは平坦向けのピュアTTスペシャリストという印象が強かったので、今回のリザルトの上位に入ってくるのはすごい。
また、そのマルティンもまた、かつての世界王者の意地を見せてくれたと思う。とくに新たなチームメートとなったファンエムデンに対し「まだまだ負けない!」という姿を見せてくれたのは嬉しく思う。
総合優勝候補たちの中で比較するとヨン・イサギレが最も上位に。バルベルデは彼から9秒遅れとやや物足りない結果に。本気を出せばこの日の優勝候補であったゲラント・トーマスも、登りに差し掛かった瞬間に今日は自分の日ではないと確信したらしく、最終的にはヨンから15秒遅れ、バルベルデからは6秒遅れの13位となった。
まあ、今回はすでに総合争いをローザとデラクルスに任せると公言している。彼はシーズン前トレーニングの一環としてこの後も走るようだ。
その他、総合優勝候補だったミッチェルトン・スコットのエステバン・チャベスとアダム・イェーツはそれぞれヨンから31秒遅れ、36秒遅れと沈没。この時点で彼らの総合優勝の芽はほぼ消えたと見ていいだろう。
第2ステージ アリカンテ~アリカンテ 166km(丘陵)
合計で3つの山岳を越え、最後の山は標高1000mに達する。しかし最後の山頂からゴールまでは40kmもあり、基本的には集団スプリントで決着となるだろう、と予想していた。
いや、確かに集団スプリントにはなったのだ。しかし、予想外の展開を経てのそれだった。
鍵を握ったのは、最後の登りにおける、アスタナ・プロチームとミッチェルトン・スコットによる猛牽引。共に、マグナス・コルトニールセンとマッテオ・トレンティンという、登りをこなせるスプリンターをエースに抱えるチームである。彼らの作戦は見事成功し、おそらく今大会最強スプリンターであっただろうディラン・フルーネヴェーヘンを遅れさせることに成功した。
ユンボ・ヴィスマは新加入のトニー・マルティンを中心にチーム一丸となってフルーネヴェーヘンを牽引。なんとかゴールまで残り15kmで集団に復帰することに成功したが、この30km近くに及ぶ追走でアシストはほぼ全滅。フルーネヴェーヘン自身も足を完全に失ってしまったようだ。最後のスプリントには参加することすらできず、勝負はそれ以外のスプリンターたちによる戦いとなった。
残ったメンバーで頭一つ飛び抜けていたのはヨーロッパ王者のトレンティンと、昨年ブエルタ1勝でチームの中での地位復帰を目指して気合十分のナセル・ブアニ。
スカイの面々が支配するトレインの中で、残り1kmほどの時点では9~10番目程度の位置にいたブアニ。その後、早駆けするイスラエルサイクリングアカデミーの選手(ソンドレホルスト・エンゲル)の背中に乗って一気に集団先頭へ。
しかし、この彼の動きを見逃さなかったのがトレンティンだった。ブアニ同様に集団の中ほどにいたトレンティンは、ブアニがエンゲルの背に乗って加速するのを見るや否や、彼自身もまた、ブアニを追撃することにした。
そして、その後の判断が絶妙だった。
ゴール3つ前の右カーブで、多少無理してでもブアニと並ぶ位置にポジションを上げたトレンティン。
このとき、スウィフトをリードアウトしていた、おそらくはクリストファー・ローレスと思われる選手がややトレンティンに圧し負ける形となり、それが結果としてスウィフトにも影響を及ぼし、彼は一度このあと失速する。
最終的には3位につけたスウィフト。このときのロスがなければもしかして・・・という可能性はあったが、本人はローレスを責めることはなく、自らの伸びが足りなかったとのコメントを残している。
さて、このカーブでブアニと並んだトレンティンはさらに加速。
そして、ゴール2つ前のカーブで今度はしっかりとブアニをインで追い抜き、先頭に出た。
「勝ちたいのであれば、最後のコーナーを先頭で抜けなければいけないと確信していたんだ」
とゴール後に語ったトレンティン。事前にコースを知り尽くし、戦略を立てていたからこそ、仕掛けるべきポイントできっちりと仕掛けるということをやってのけることができた。
もちろん、この良い状況も、フルーネヴェーヘンが万全であればすべてぶち壊しになる可能性はあった。
その彼を置き去りにすることができたのは、ミケル・ニエベやエステバン・チャベスを含めたチーム全体が一丸となってあの登りでペースアップを仕掛けてくれたからである。
まさに、チーム力の勝利。
ミッチェルトン・スコットは、ツアー・ダウンアンダーでの大成功に続き、ここでもまた、チームの主人公たちによる大きな勝利を挙げた。
第3ステージ クアルト・デ・ポブレット~チェラ 194.3km(丘陵)
標高1000m超えを含む5つの山岳ポイントを越えてのゴールとなり、さすがにスプリンターたちの大半は生き残ることが不可能なレイアウト。クライマー/パンチャーたちの中での小集団スプリントが予想された。
となれば、優勝候補となるのは当然、昨年の覇者アレハンドロ・バルベルデ。それゆえにモビスター・チームが集団の先頭を牽引し、逃げの最後の4名とのタイム差を詰めていった。
だが、このときモビスターと共に集団で前を牽き続けていたのが、CCCチームだった。最後、残り8kmで4名を吸収したとき、最も働いていたのは彼らオレンジ色のチームだった。
その後もひたすら先頭を牽き続け、エウスカディ・ムリアスの選手やイスラエルサイクリングアカデミーのベン・ヘルマンスによる危険なアタックが繰り出されたときも、CCCの選手たちは全力で集団を牽引し、これを捕まえた。このときの動きはデマルキによるもので、それ以外にウィシニオウスキ、そしてアマーロ・アントゥネスがファンアーフェルマートの周りにはいてくれたようである。
今大会、CCCチームは、以前紹介したインタビューの通り、北のクラシックで主力となる選手たちを中心に連れてきている。本来であれば、今日のような山岳ステージでこんなにも精力的に動くことができるメンバーではなかったはずだ。
しかしこの日、バルベルデに対抗しうる脚質の持ち主であるグレッグ・ファンアーフェルマートが非常に調子が良いことを受けて、彼の勝利のために、チーム一丸となってこれを助けることに決めたようである。
「チームは登りで本当に良い働きをしてくれた。だから良い結果を出せるかどうかは自分にかかっていた」
この言葉通り、最後はエースのファンアーフェルマート自身の足がモノを言った。
実際、残り1kmを切ってからの集団の先頭はマッテオ・トレンティンを牽引するジャック・ヘイグが支配していた。
しかしこの緩やかな登りで力強くペダルを踏んで前に出たのはファンアーフェルマート。そして、右からはアスタナのルイスレオン・サンチェスが伸びてきてファンアーフェルマートの前に陣取った。
だが、サンチェスはちょっと勝負を仕掛けるのが早すぎたか。ラスト200mの直線で失速。
代わって先頭に出たのはファンアーフェルマート。その後ろにはトレンティンが控えていたが、ここからの登りスプリントを最も得意とするのはファンアーフェルマートだった。
「このレースは一種のテスト、もしくは準備のためのレースではあるけれど、ワールドツアーレベルの舞台でもあると思っている。だからこそ、今回の勝利は高く評価すべきものだと思う」
「この勝利とチームを誇りに思う」
苦難を乗り越えてまずは年間20勝を目標に掲げるCCCチーム。
しかしこの1月と2月の最初の10日間で得られた勝利はすでに3。パトリック・ベヴィンとファンアーフェルマートという2人の「残留組」による勝利は、非常に大きな価値をもつ勝利であった。
#VCV2019 @GregVanAvermaet wins stage three 👊
— CCC Team (@CCCProTeam) February 8, 2019
Van Avermaet takes his first win of the season after a brilliant display of teamwork in the finale! Well done, Greg! 💪 pic.twitter.com/Y6zmsFSCzv
第4ステージ ビジャレアル~アルコセブレ 188km(山岳)
今大会クイーンステージ。ラスト3.4kmの平均勾配9.7%の激坂で、総合優勝争いの最後の戦いの火蓋が切って落とされる。
本格的な攻防戦が始まったのは残り2km。アダム・イェーツがアタックを仕掛け、これに総合2位のヨン・イサギレ、フンダシオン・エウスカディのセルヒオ・イギータ、バルベルデ、ヘイグ、ディラン・トゥーンス、少し遅れてダニエル・マーティンとヘスス・エラダが喰らいついてきた。
ここまで総合首位を守り続けてきたボアッソンハーゲンはここで脱落。
残り1kmを切って今度はヘスス・エラダがアタック。アダムがこれについていき、ヨン、トゥーンス、バルベルデたちも追随する。
終始、アダムは積極的に前を走り続けた。走り過ぎていて、途中はヘイグのためのアシストかと実況の別府氏も話していたし、実際、そういう意図もあったのかもしれない。
だが、最終的にアダムはエラダを追い抜いて再び先頭に出てアタック。当然、バルベルデもこれについていこうとして昨年同様にアダムを追い抜いていくのかと思われたが、しかし今年のアダムは十分に足を残していた。
最後はバルベルデも後続のビルバオ、ヨンたちを突き放すもアダムには届かず、アダムは1年越しのリベンジを達成した。
初日の個人TTで大きくタイムを落としたことで、総合優勝はほぼ不可能になっていたアダム。だからこそ彼は、攻撃的な走りができたのかもしれない。
いずれにせよ、あれだけ前を牽いていたうえでのこの攻撃のキレ味。彼の得意技をさらに磨いたような形で、悔しい結果に終わった昨シーズンの借りを返すべく、その準備を着実に進めているようである。
そして、ヨン・イサギレはビルバオに助けられながらステージ4位でフィニッシュ。最大のライバルのバルベルデにすら2秒しか遅れずにゴールできたことで、問題なく総合リーダージャージを手に入れた。
第5ステージ パテルナ~バレンシア 88.5km(平坦)
バレンシア州都バレンシアを舞台に繰り広げられたスプリントステージ。第2ステージではミッチェルトン・スコットにしてやられたピュアスプリンターたちの逆襲の時である。
最後の右カーブを曲がって直線に入ったとき、先頭はルカ・メズゲッツがトレンティンを牽引して猛スピードでアクセルを踏んでいた。
ここでフルーネウェーヘンが、失速したボアッソンハーゲンの背中から飛び出して、ガゾリを追い抜いて、一気に加速していった。
すでにしてこのトレイン自体が非常にハイスピードで直線を駆け抜けていたにも関わらず、フルーネウェーヘンはあっという間に番手を上げていく。
ガゾリを追い抜いたあと、一度、ブアニの背中に入って足を休める。
そして一瞬の休息のあと、彼は最後のスパートに取り掛かるわけだが、このときすでにメズゲッツの背中からトレンティンが発射。
あとはその後輪にクリストフ、さらにその後輪にブアニが乗って各々のスプリントを開始する。
本来であればフルーネウェーヘンは遠すぎた。すでにしてここまで、独力で番手を上げることで足を使っていたはずだった。
だが、ここからのフルーネウェーヘンの伸びはさらに驚異的であった。
ブアニが少しクリストフにつききれなかったのもあるが、その隙に彼の進路たる右側を塞ぎ、主導権を握ったフルーネウェーヘン。このあと、ブアニは右肩でフルーネウェーヘンを押しのけようとするが、体格の良いフルーネウェーヘンを押しのけることなど、不可能だった。
この時点でも、クリストフがすでにベストなトップスピードに乗っており、フルーネウェーヘンが並ぶのはほぼ不可能なタイミングだったはずなのだが・・・
やはり、ピュアスプリントにおける最強格スプリンターであることは間違いなかった。
まずは1勝目。今年は、今年こそはツール・ド・フランスで最強であることを証明できるか。
総評、およびイギータとガゾリという、2人の有望な若手について
ヨン・イサギレは元より個人TTの能力の高い選手ではあったが、割と良いときと悪いとき(大体落車する)との差が激しい選手でもあった。
その彼が今回のTTでは安定して高い結果を出せ、かつ、最大の鬼門であったはずの第4ステージの激坂でもきっちりと喰らいつけたことによって、2015年のツール・ド・ロマンディ以来となるステージレース総合優勝を成し遂げる。
もちろん、この成功の陰には同じくTTと登りで好成績を残したビルバオのアシストがあった。ビルバオ自身も昨年のジロで総合6位を獲りながらそのあとのクリテリウム・ドゥ・ドーフィネでも区間1勝をするなど実力とタフネスさを兼ね揃えた有望なクライマーである。
ロペスとフルサングに加え、このビルバオとイサギレ兄弟が集いし今年のアスタナは、2015年に匹敵するグランツールでの成績を期待できる体制が整いつつあるかもしれない。
もう1つ、今大会を通して注目すべき存在であると感じたのは、2人の若手である。
1人は、フンダシオン・エウスカディ(DAZNの放送内ではエキップ・エウスカディと呼ばれていたチーム)に所属するスプリンター・・?のセルヒオ・イギータ。
見事、今大会の新人賞ジャージを手に入れた彼は、昨年までマンサナ・ポストボンに所属していた今年22歳のコロンビア人。現在はフンダシオン・エウスカディに所属しているが、7月からはEFエデュケーション・ファーストに移籍することが内定しているらしい。
一番左の選手がイギータ。まだ幼さの残る顔立ちだ。
彼が驚異的なのは、第3ステージと第4ステージで6位を獲ったこと。
そう、登りスプリントでファンアーフェルマートが勝利した第3ステージで6位も十分に凄いのだが、その後の、激坂フィニッシュとなった第4ステージでも6位を獲っていることから、彼がただのスプリンターではないことは明白である。
彼はヘスス・エラダが勝利したトロフェオ・セスサリネス~ファラニチュや、ティム・ウェレンスが勝利したトロフェオ・セッラデトラムンタナでも上位に喰い込んでおり、これだけ見れば彼はスプリンターではなく少なくともパンチャー、半ばクライマーに喰い込んでいるという謎脚質の持ち主である。
今後も、純粋なスプリントというよりは、起伏の激しいステージでの上位を狙える伏兵となるであろう。7月からのEF入りが実現すれば見る機会も多くなりそうなので、必ず注目するようにしよう。
もう1人の注目すべき若手が、コメタ・サイクリングチームに所属し、最終スプリントステージで6位に入ったミケーレ・ガゾリである。
なんと、1999年生まれ。エヴェネプールに並ぶ若さである。
このコメタ・サイクリングチームは、昨年はポーラテック・コメタという名前で活動していた、いわゆる「コンタドールの作った育成チーム」である。
昨年はイタリア人のマッテオ・モスケッティという選手が活躍していたが、才能ある彼は早速、チームの親元であるトレックへの移籍を果たした。
代わって今年のコメタのエースとなりうるのが、同じイタリア人のこのガゾリというわけだ。
上記第5ステージの解説でも触れているが、この男、実は最後のカーブを曲がるタイミングではフルーネウェーヘンのさらに後ろにいた。そこからフルーネウェーヘンを追い抜いてブアニの後輪を捉える走りを見せていたのである。
残念ながらその後のブアニの加速についていけずに離れ、フルーネウェーヘンに前を取られてしまうが、その後も後ろから追い抜かれることだけは防ぎ、なんとか6位でゴールに飛び込むことに成功する。
1クラスとはいえ、これだけの強力な面子が揃った中での集団スプリントでこの成績は十分に凄い。コンチネンタルチームゆえ活躍の機会は限られるだろうが、今後も出場するレースを目にする機会があれば、必ず注目すべき選手である。
2017年のベルゲン世界選手権では、男子ジュニアロードレースで3位入賞している。なお、同年のヨーロッパ選手権男子ジュニアでは優勝している。
ヨン・イサギレやアダム・イェーツなど、実力がありつつも決して最高の結果を出せてはいなかった選手たちの復活とも言うべき活躍が見られたと共に、新たな才能が生まれつつある瞬間も目撃することのできた今年のバレンシアナ。
来年もまた、シーズン開幕に相応しい、わくわくするような戦いを見せてくれることだろう。