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ティレーノ~アドリアティコ2019 アダムとミッチェルトンがつくりあげた、奇跡のような「1秒」

7日間にわたる激戦を終え、今年のティレーノ~アドリアティコが閉幕した。

結果だけを見れば前評判通り、最強のTTスペシャリストたちを集めたチームを率い、パンチ力もあり、彼自身のTT能力もずば抜けているプリモシュ・ログリッチェが総合優勝を果たした。

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しかし、総合2位アダム・イェーツとのタイム差はわずか、1秒。

TT能力において圧倒的な力量差があると思われていた2人の間に、たったの1秒しか差がつかなかったことは、これまでのアダムの戦歴を考えると、まさに奇跡としか言いようのない結末であった。

 

もちろん、これは単なる奇跡ではない。

アダム・イェーツが自らの出せる力を全力で出し切った結果であり、そしてミッチェルトン・スコットというチームがエースのために力を尽くした、その全てにおいての結果であった。 

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アダム・イェーツとミッチェルトン・スコットが、いかにしてこの「1秒」をつくりあげたのか。

 

7日間の走りを振り返りながら、その理由を探ってみよう。

 

 

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「7秒」を生み出したチームTT

ティレーノ~アドリアティコはここ数年と同じパターンで、カマイオーレの街を舞台にした直線・平坦基調のチームTTで開幕した。

戦前の予想ではチーム・ユンボ・ヴィスマの絶対的優勢。

何しろ、過去4度世界王者に輝いているトニー・マルティン、2017年の世界選手権2位のプリモシュ・ログリッチェ、そして彼らに匹敵する稀代のTTスペシャリスト、ヨス・ファンエムデンなどのタレントが揃っており、UAEツアーの初日チームTTでも優勝しているチームである。

実際、その走りは圧倒的であった。彼らの次に速かったのはチーム・サンウェブで、こちらも元世界王者トム・デュムランを擁する有力チームだったが、ユンボ・ヴィスマは彼らに対して15秒ものタイム差をつけていた。

ユンボ・ヴィスマの勝利は固い。誰もがそう感じていたはずだった。

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しかし、ここでミッチェルトン・スコットが驚きの走りを見せつけた。

完璧な走りをしてみせたはずのユンボ・ヴィスマに対して、さらに7秒上回るという結果。

あまりの事態にマルティンらユンボ・ヴィスマの選手たちが驚愕する映像も映し出されるほどだった。

 

なぜ彼らがこの「7秒」を手に入れられたのか、については、以下の動画で詳しく解説されている。

www.youtube.com

 

(1分35秒~)

「行きは追い風基調、帰りは向かい風基調ということで、復路の方がパワーが必要というような天候だったんです。その中でミッチェルトン・スコットは、折り返し地点を過ぎても7人全員残しておいて、そこからユールイェンセン、ホーゾン、そして最後はエドモンソンを使い切って最後は4人でフィニッシュというような戦略を取っていました。

 それに対してユンボ・ヴィスマは、前半で1人使って、後半で1人使って、5人でフィニッシュというような形だったので、ある意味ではペース走法というような形を取ったのですけど、そういったわずかな差なんですけど、ミッチェルトン・スコットが効果的に選手を使い切っていく、というような作戦がピタリとはまったというところでしょうね。

 そして長時間前で牽くというのは、ユンボ・ヴィスマに比べたら決して得意なメンバーではないのですが、やはりこまめにローテーションすることで、速度を保ちながら、前を牽いた選手が休んで、というようなインターバルみたいな走りをしていた、ということもあって、ミッチェルトン・スコットの入念な作戦、そして連携、テクニックといったものが光ったレースだったなと思います」

 

単なるTT能力の寄せ集めだけでは計り知れないのがチームTT。

最も重要なのはそのチームワーク、コンビネーションでもあり、実際ミッチェルトン・スコットはかつてオリカ・グリーンエッジと呼ばれていた時代からも含めて、個々人の能力からだけでは想像できないチームTTでの結果を出してきていた。

そのことを考えれば、今回の結果も決して不思議ではない。

 

まずはチームで掴んだ「7秒」。

アダムは最高の舞台をお膳立てしてもらい、いよいよ7日間のレースを開始する。

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「7秒」を「25秒」にしたアダムの走り

初日につくられた「7秒」は僥倖だったが、このタイム差だけで最終日の個人TTに臨むことは、アダムにとって良い形とは言えなかった。

何しろ、昨年の同じ舞台での最終日個人TTで、ログリッチェとアダムとの間につけられたタイム差は36秒。

しくらサイモン同様にアダムもTTが改善されつつあるとはいえ、たった7秒差で挑めるような相手ではなかった。

 

それゆえに、アダムはこの最終日までに、ログリッチェに対して大きくタイム差を広げる必要があった。

その舞台として重要視されたのが、クイーンステージとなる第5ステージ。

終盤に2つの激坂を含んだ周回コースを3周するレイアウト。激坂は最大勾配20%近くに達し、最後の登りの頂上からゴールまでも1.8kmしかなかった。

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いよいよアダムにとっての決戦が開始される。

この日、総合リーダージャージを着て臨んだアダムではあったが、その心境はいまだ「挑戦者」。

確実に最終日で逆転してこようとするログリッチェに対し、どれだけのタイムを奪いとることができるか。

「守り」でなく、「攻め」の走りが求められていた。 

 

そして実際に、アダムはその要請に見事に応える走りをしてみせた。

ゴールまで残り11km。

最終周回の1つ目の激坂「サン・ピエトロ」の最大勾配20%区間で、アダムがこの日最初の攻撃を仕掛けた。

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ジュリアン・アラフィリップも、新人賞ジャージを着るサム・オーメンも、アダムの動きを横目で眺めながらも、何ら対応することができなかった。

ただ1人、ログリッチェだけが、このアダムの攻撃に反応する動きを見せるが、アダムの爆発力はすさまじく、あっという間にこの2人の差が開いていった。

 

このままアダムが抜け出してしまうか。

そう思われていた中で、ログリッチェは得意のペース走行を開始した。

厳しい勾配の登りは間もなく終わり、緩やかな勾配と下りが始まる。

そうなるともう、ログリッチェの方に分がある。一気に開いたはずの2人の距離も徐々に詰められてしまい、やがて合流してしまう。 

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だがもちろん、アダムはこれで諦めるつもりなどなかった。

もう1つ残された、最後の激坂「ポルタ・ドージモ」。 

ゴールまで残り2km地点にある最大勾配19%の区間で、再度、アダムはペースアップを図った。

 

今度もまた、ログリッチェはすぐにはついてこれない。

少しずつ開いていく、アダムとログリッチェとの距離。

そして、今度は彼が追い付けるような平坦も下りもない。

アダムにとってはもう、あとはひたすら、走り抜けるだけだった。

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最終的に、アダムはこの日のステージ優勝者フルサングに続くステージ2位でゴールした。

ログリッチェは彼から16秒遅れの3位ゴール。ボーナスタイムで2秒のタイム差が2人の間についたことで、もともとあった7秒と合わせ、アダムのログリッチェに対するリードは「25秒」にまで広がった。

 

ステージ終了後のアダムは次のように述べる。

 

「最後の登りでログリッチェを振るい落とすためにできる限りのことはした。最終日のために45秒は欲しかったけれどそれは叶わなかった。明後日のTTは僕向きじゃないけれど、ベストを尽くすつもりだよ*1

 

やや悲観的なトーンで語るアダム。

しかし、昨年の「36秒」のことを考えれば、今回の「25秒」はまだまだわからないタイム差である。

 

とにかく言えることは、アダムが自らの総合優勝のため、できる限りのことをしてみせたということ。

あとはいよいよ、最終日の個人TTである。

 

 

その「25秒」を守りきるために

ティレーノ~アドリアティコの最終ステージは、毎年恒例のサン・ベネデット・デル・トロントの10km個人タイムトライアルである。

この日の優勝者は2年連続でヨーロッパ王者に輝いているヴィクトール・カンペナールツ。

ローハン・デニスもトム・デュムランも彼の残したタイムを更新することはできず、やがてこの日最後から2番目の出走となるプリモシュ・ログリッチェがスタートを切った。

その2分後に、総合リーダージャージを着るアダム・イェーツ。

 

果たして、彼は「25秒」を守りきることはできるのか。

 

 

TTを走るアダムの映像を見ていてまず感じたのは、「TTのフォームが改善されていないか?」ということだった。

昔、TTを走るトム・デュムランの後姿を見ながら、彼の後頭部が体にすっぽりと隠れて一切映らない美しいフォームに驚きを感じた覚えがある。

前方からの空気抵抗との戦いが何よりも重要になる個人TTにおいて、両手をアタッチメントに乗せて走る前傾姿勢での「頭の低さ」は、その人物の基礎的な個人TT能力を測るバロメーターの1つだと思っている。

 

そういう観点で見たとき、今回のアダム・イェーツのTTフォームは、それまでの年の者と比べて、格段に「姿勢が低くなっている」気がする。

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2017年ジロ・デ・イタリア時のTT。

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2018年ツール・ド・フランス時のTT。

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今回のTT。

 

ごく些細なものかもしれない。

ログリッチェなんかは意外と頭は上がっているタイプだし、この要素が本当に重要なのかどうかはわからない。

しかしアダム・イェーツが間違いなく、これまでと比べて徹底したフォームトレーニングを行っていたことは間違いない。

 

 

しかしやはりログリッチェとの実力差は圧倒的。

距離を消化するごとに、着実に失われていくアドバンテージ。

最初は25秒あったタイム差も、残り1kmの時点で3秒差にまで迫っていた。

 

しかし、ここからのラストスパートでも、アダムは彼のできる最大限の力を振り絞り切っていた。

ゴール前1kmの平均速度はログリッチェが52.174km/hなのに対してアダムは49.315km/h。かかった時間はそれぞれ69秒と73秒で、その差は歴然であった。

しかし、ラスト250mラインを超えたあと。

ログリッチェはやや、頭の上がる回数が多かったように思える。それまでの700mがかなり美しいフォームを見せていただけに、最後の250mでの「タレ」を強く印象付けられた。

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一方、アダムはこの最後の250mも何度も何度も頭を下げ、できる限りのタイムロスを避けるような努力を続けていた。

 

結果、最後の250mにかかった時間を計測すると、なんと2人とも18秒。

時速に直すとぴったり時速50km/h。

やはりログリッチェがこの最後の250mで急速にペースを落としたのに対して、アダムはむしろ自身最高のペースを記録し、最後の最後まで死力を尽くして総合優勝を掴み取ろうとしていたことがよくわかる。

 

その結果が、「1秒」という奇跡のようなタイム差である。

100分の1秒まで計測する初日のチームTTと最終日の個人TTとのタイム差を厳密に計算すると、両者の間には実に「0.31秒」のタイム差しかついていなかったという。

 

さらに言えば、初日のチームTTでは、残り1kmアーチを前にして犬を散歩中の女性と接触仕掛けるというアクシデントが発生している。

あのアクシデントによるわずかなタイムロスがもしなければ・・・とも考えてしまう。それくらい、今回の両者の差はごくわずかなものだった。

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貴重な7秒を生み出したミッチェルトン・スコットのチームTT力。

そして昨年の36秒を大きく上回る結果を出したアダムのTT能力の進化。

そして、クイーンステージでログリッチェを相手取り16秒差をつけたアダムの執念とアグレッシブな走り。

これらすべての要素が噛み合って、奇跡のような「1秒」が生み出された。

 

今回は残念ながら敗北してしまった彼らだが、今回の結果が「次」――すなわち、7月のツール・ド・フランスに向けて、大きな自信になったことは間違いない。

 

 

アダム・イェーツ。

進化する偉大なる双子の1人。

今年のツールは彼と彼のチームメートたちのさらなる飛躍にも注目していくべきだろう。

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