40度を超える灼熱の中、コースは短縮され、確実に選手たちの体力・集中力を奪い取っていただろう。
それでいて、4%程度とはいえ、勾配のついた登りスプリント。5年前、サイモン・ゲランスがアンドレ・グライペルを差した曰く付きのゴール地点。
並み居る強豪スプリンターたちを出し抜いて先頭でゴールに飛び込んだのは、2週間前の国内選手権でTTチャンピオンに輝いたばかりのTTスペシャリスト、パトリック・ベヴィンであった。
ベヴィンの勝因
「落車が発生したちょうどそのとき、僕は動き始めていた。そしてアスタナのライダー、ルイスレオン・サンチェスが飛び出したのを見て、彼を踏み台に使おう、と僕は思ったんだ。普通にスプリントをしたら、他のスプリンターたちに敵うわけがないって僕はわかっていたからね」
マレツコはすでに、残り2kmの時点でこの日の登りレイアウトに対応できずに沈んでいた。
「チャンスを得た」と確信したベヴィンは、ベテランスプリンターのフランシスコ・ベントソに率いられながらラスト1kmに到達し、何とか勝利を掴む方法がないかと、集団の中で身を潜めながらひたすらチャンスを待っていた。
そのとき、彼の左手で落車が発生する。
チームメートたちは何事かと後ろを振り返り、様子を窺う。
しかしそのとき、ベヴィンは、ただひたすら前を向いて、切り離されて先行する小集団の最後尾にくっついてペースを上げていた。
そして、残り300m。
小集団の先頭で、ルイスレオン・サンチェスが加速する。
前から10番目の位置にいたベヴィンは、この瞬間を見逃さなかった。
誰よりも早くアクセルをかけた彼は、小集団を右手に大きく回り込み、先頭に。
そして、先行したサンチェスの背中めがけて、勢いよく加速を開始した。
元々小集団の先頭にいたユアンは、右手にベヴィンの姿が現れたのを見て慌ててスプリントを開始。
しかし、そのときにはすでに、ベヴィンはサンチェスの背中に張り付いていた。
一瞬とはいえ、足を休められたベヴィンは2段階目の加速を開始する。
このスプリントに、ユアンは対応することができなかった。
何しろ彼には、前を守ってくれる存在は1人もいなかったのだから。
そして、オレンジ色のジャージがゴールラインで翻る。
苦境に立たされているチームに、どこよりも早い2勝目*1を献上した。
すべては、彼の冷静な判断力と、勝利に向けた揺るぎない執念の賜物であった。
ベヴィンの才覚
そもそも彼は、単なるTTスペシャリストではない。
たしかに、彼が一番最初にその名を轟かせたのは、2016年のパリ~ニースのプロローグ、6.1kmの個人タイムトライアルで、トム・デュムランに1秒差で敗れ3位につけたその瞬間であった。
同年に彼は、1度目のナショナルTTチャンピオンに輝いている。
現在もグランツールの個人TTステージでも時折上位に喰い込んでくるTT能力の高さは見せており、今年は2度目のナショナルTTチャンピオンに輝くなど、活躍を続けている。
一方、彼はスプリンターとしての才覚も持ち合わせていた。
それを発揮したのは2017年のツール・ド・スイス。
第2ステージでフィリップ・ジルベールに次ぐステージ2位に入ったほか、第3ステージで6位、第5ステージで4位など、アップダウンの激しいステージのパンチャー向けスプリントで、常に上位に入り込む走りを見せていた。ミヒャエル・アルバジーニやペテル・サガン、マイケル・マシューズらと対等に競り合っていたのだ。
勝利するジルベールの向かって右側でバイクを投げている緑色ジャージがベヴィン。ツール・ド・スイス2017、第2ステージ。
次にその才能の片鱗を見せつけたのが、昨年のツアー・オブ・ブリテン。
この第2ステージでジュリアン・アラフィリップに次いで区間2位を記録した彼は、前日の3位で得たボーナスタイムと合わせ、総合リーダージャージを着用した。
続く第4ステージでも3位となり総合リーダーをキープ。
しかし翌日の第5ステージ、得意のはずのチームTTでまさかの失速。最終的には総合4位で終わってしまった。
だが、2017年のスイスに続き、このブリテンでもアラフィリップと競り合うパンチャー・スプリントでの実力を見せつけたベヴィン。
そんな彼が、このツアー・ダウンアンダーにおいて活躍することは必然と言えるものであった。
ベヴィンに敗北したユアンも、次のようにコメントしている。
「パトリックが勝ったことに何の驚きもないよ。彼がスプリントも登りも得意であることは知っていたから。彼は本当にゲランスに似たライダーだ。だから今日みたいなフィニッシュはピュアスプリンターよりもずっと彼に合っていたんだと思う」
サイモン・ゲランスに似ている――ユアンのこの言葉が真実のものであれば、私たちは少し、期待してみたくもなる。
すなわち、ツアー・ダウンアンダーを累計4回総合優勝しているキング・オブ・ダウンアンダーのゲランス同様に、このベヴィンも、もしかしたらこのままオークルジャージを――。
もちろん、ベヴィンは比較的重量級のライダーで、飛び抜けて登りに強いタイプの選手というわけではない。
2018年のティレーノ~アドリアティコでも、初日のチームタイムトライアルと翌日の区間5位のおかげでリーダージャージを着用したが、第3ステージのアップダウン続く丘陵ステージでいとも簡単にその権利を失ってしまった。
明日の第3ステージ、総獲得標高3300mの難関ステージで、彼が総合リーダージャージをキープできる可能性は決して高くないだろう。
もしここでキープできたとしても、コークスクリューはあまりにも彼に厳しすぎる。
普通に考えれば、ベヴィンの総合優勝というのは、ありえないことだ。
しかし、私たちはこれまでに何度も、リーダージャージを身につけた瞬間に覚醒する才能の存在を目の当たりにしてきた。
その奇跡がもしかしたら、今回のベヴィンのもとに現れるかもしれない。
もしかしたら――きっと――そんな淡い思いを抱きつつ、明日は総合リーダー・ベヴィンの姿を見守っていくこととしよう。
ユアンの可能性
一方、私がこの日の優勝予想として挙げていたのがカレブ・ユアンであった。
実際彼は、落車の後の小集団で1人抜け出してスプリントを開始できており、もしもサンチェスを踏み台にするというベヴィンの作戦さえなければ、勝っていたのはユアンだったであろう。
少なくとも、最強の足を持っていたのはこの日、ユアンであったと言える。
実際、2018年の彼は、これまで以上にずっと、登りスプリントへの適性を高めつつあった。
それこそ昨年のツアー・ダウンアンダーでは、ピュアスプリントではなく、厳しい登り基調の「スターリング」で勝利している。
そのあとのクラシカ・ドゥ・アルメリアでの勝利、ミラノ~サンレモでの2位(集団内先頭)、そしてツアー・オブ・カリフォルニアの「ラグナ・セカ」での3位(集団内先頭)はいずれも、アップダウンをゴール直前に含み、エリア・ヴィヴィアーニやフェルナンド・ガビリアなどのライバルとなるピュアスプリンターたちを振るい落としてからの勝利であった。
そもそも、彼が頭角を現した2015年ブエルタ・ア・エスパーニャでの勝利も、緩やかな登りスプリントにおいてジョン・デゲンコルブとペテル・サガンを打ち破っての鮮烈なる勝利であった。
体重の軽い彼は通常のパワータイプスプリンターと比べ、重力に対する抵抗力が非常に強い。
真に彼の実力を発揮できるのはピュアスプリントよりも、今日みたいなゆるやかな登りでのスプリントやアップダウンコースであるように思えるのだ。
よって、個人的には明日の第3ステージも、可能性はなくはないのではないか、とも思っている。もちろん本人は「第5ステージが次の機会だからそこに向けて力を溜めるよ」とコメントしてはいるものの、ペテル・サガンやダリル・インピーと並んで、明日の「総獲得標高3300mパンチャー/クライマー向けステージ」の最後のスプリントを制する候補であると感じている。
ベヴィンとともに、「まさか生き残るとは思わなかった」と我々を驚かせてほしい。
そういう驚きの瞬間こそが、サイクルロードレースの醍醐味なのだから。
今日の2位により、新人賞ジャージ着用の権利が与えられたユアン。このジャージを、1日でも長く着続けていきたいところ。
*1:国内記事は今季初勝利と記述しているが、ここでは各国ナショナル選手権での勝利もチームの1勝として数えている。