りんぐすらいど

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ユアンを勝利に導いたロット・スーダルの完璧なアシストとは?――ダウンアンダー・クラシック2019

年間の勝利数は3。グランツールにも出場できず。

散々なシーズンを乗り越え、新たなチームに移ったユアンにとって、このダウンアンダーは何としてでも勝たねばならない、重要な一戦だった。

しかし、ライバルたちはあまりにも強大。昨年18勝の最強スプリンター、エリア・ヴィヴィアーニと、3度の世界チャンピオンに輝いているペテル・サガン

ダウンアンダー累計9勝しているユアンにとっても、1勝を得ることも決して簡単ではなかった。

 

そんなプレッシャーを跳ね除けて、彼は見事に勝利を掴んだ。 

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もちろん、これはUCI管轄の公式戦ではない。

しかしそれでも、この勝利のもたらすものはあまりにも大きい。

重要なシーズン開幕戦を、彼は勝利で飾ることができたのだ。

 

 

そして、この勝利の陰にはもちろん、チームの存在があった。

新たなエースを据え、新たなリードアウトトレインを用意した新生ロット・スーダルが、いかにして今回の勝利をもたらしたのか。

 

簡単に解説していきたい。

 

 

 

混沌としたレース展開

ダウンアンダー・クラシックは、「シーズン最初のワールドツアーレース」であるツアー・ダウンアンダーの前哨戦クリテリウムである。

アデレード市内の1.7kmの周回コースを使用し、およそ40~50km程度の総距離で競われる、UCI非公式レースである。

 

しかし、非公式とはいえ、2日後に開幕するダウンアンダー本戦と同じメンバーで争われ、そこに向けた各チームの調整、士気高揚に関わってくる重要度の高いレースであることは間違いない。

過去にもキッテルやユアン、昨年はサガンが勝利を飾るなど、トップスプリンターたちによるガチの勝負が繰り広げられている。

 

 

そして、本戦でスプリントや総合を争うつもりのない選手たちにとっても、その姿をシーズンの最初に全世界で売るためのまたとない舞台であることもまた事実。

例年は数名の逃げが序盤で決まってそのまま最後まで行くことの多いこのダウンアンダー・クラシックだが、今回はスタート直後から実に15名もの大規模な逃げ集団が形成され、このままではあわや、初の逃げ切り勝利を生みかねない危険な状態となった。

 

これを抑え込むために、メイン集団の先頭をひたすら牽いていたのが、ロット・スーダルの「エスケープ王」トーマス・デヘントであった。

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年末のインタビューでも、ユアンのためのアシストに尽くすことを宣言していたデヘント。

この、稀代の逃げスペシャリストによる集団牽引の結果、大規模逃げ集団は間もなく捕まえられ、最初の危機を脱することができた。

 

 

その後も、本日の優勝候補を抱えるボーラ・ハンスグローエとドゥクーニンク・クイックステップとともに、ロット・スーダルの選手たちが先頭を陣取って集団をコントロール

他2つのチームと比べても、より先頭に近い位置に複数名の選手を配置するなど、彼らのやる気の高さが表れていた。

 

13周回目にミッチェルトン・スコットの2名とボーラ・ハンスグローエの1名が逃げにジョインしようと飛び出した際にも、即座にロット・スーダルの選手が数名ペースアップし、この逃げを吸収した。 

どんなにレース展開が混沌としようと、絶対にユアンに勝たせるためにこれを落ち着かせる――ロット・スーダルの、固い意志が伝わってくる走りだった。

 

 

この日は、集団をコントロールすることの負担がいつも以上に大きなレースだったように思う。

そもそもダウンアンダー・クラシック自体が距離が短く逃げ選手たちの体力が有り余っているうえ、この日は例年と違って逃げ集団が入れ替わり立ち替わりで常に意気高くフレッシュな状態を保っていた。

 

加えて、ルール変更により、「あと1周」がどのタイミングで訪れるか、非常に分かりづらい。

1時間経過のタイミングが近づくにつれ、集団牽引するアシストたちは、逃げ集団がそのまま行ってしまわないように距離を詰めつつ、これを捕まえないようにする、という絶妙なペース配分を求められるようになってしまった。

画面から分かる以上に、彼ら集団牽引の選手たちの負担は大きかったに違いない。

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だが、そんな負担を引き受けつつ、ロット・スーダルの選手たちは見事な仕事をこなしてくれた。

ラスト1周の鐘が鳴り、いよいよレースも終盤。

ラスト800mという段になって、あの、大きな落車が発生してしまう。

 

優勝候補のエリア・ヴィヴィアーニをも巻き込んだこのクラッシュからユアンを救ったのは、その時点で彼を前方に置くことに成功していたロット・スーダルのチーム力である。

 

「チームは素晴らしい仕事をしてくれた。今日のコースは周回ごとに4つのコーナーが用意され、チームが固まって走ることは決して簡単ではなかった。でも彼らはそれを平然とやり遂げ、僕をロジャーの近くに置いてくれた。そしてロジャーは僕を完璧に運んでくれたんだ*1

 

その言葉通り、ヴィヴィアーニたちのクラッシュを尻目に、ユアンが旧チームから連れてきた最も信頼するアシストであるロジャー・クルーゲは、しっかりとユアンを引き連れて「最後の6名」に入り込んだ。

 

 

ただし、これでユアンの勝利が盤石になったわけではない。

この「6名」の中には、元世界王者ペテル・サガンが、彼の最強アシストの1人であるダニエル・オスと共に、入り込んでいたのである。

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クルーゲの強さ

ダニエル・オスはこの日、32歳の誕生日だった。

そのために彼は、ただアシストに徹するだけでなく、あわよくば勝利を掴み取りたい思いもあっただろう。

エースのペテル・サガンも昨年勝っているとはいえ、あくまでも彼の目標は春のクラシックであり、このダウンアンダーに向けては万全の準備をしているわけではない旨のコメントも事前に出していた。

 

そして、ゴールまで残り300mで、最後の直線に突入する。

このカーブを先頭で曲がったのはダニエル・オス。ここでオスが、一気にペースを上げる。

このとき、後続のクルーゲとオスとの間の距離が少し、開いてしまう。

(下の動画の32秒~34秒付近)

 

だがクルーゲはこれを、強烈なスプリントであっという間に飲み込む。

しかも、上記の直前の動きを見ればわかるように、自分だけが独りオスを追いかける形にならないよう、何度も振り返ってユアンがついてきていることを確認している。 

 

危険なオスのアタックを封じ込め、かつ、後続のエースの足を使わせないようにしっかりとペース配分を考える。

先の落車の混乱からエースを掬い上げた動きと合わせ、まさにアシストの鏡とも言える働きを、この日のクルーゲはしてみせたのである。

 

 

あとは、エースの出番である。

残り100mで、オスの背中から飛び出したユアンは、得意の「超低姿勢スプリント」を繰り出す。

これでは、後ろのサガンも、スリップストリームの効果を十分には発揮できない。

決して前を譲らない得意の先行型スプリントでもって、ユアンは見事勝利を掴み取った。

 

チームの献身に、結果でもって応えた。 

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「今日みたいなコースでは完璧なリードアウトをすることはとても難しいけれど、チームメートにはとにかく、ロジャーを僕のそばに置いておいてほしいとお願いをしていた。そしてそれを完璧に実現してくれた*2

 

 

クルーゲさえ傍にいれば、必ず勝てる自信がユアンにはあった。

チームはそのユアンのために完璧な仕事をしてみせて、クルーゲはその期待に応える働きをしてみせて、そしてユアンがきっちりと勝利をチームにもたらした。

 

ロット・スーダルの7名全員が、この重要な勝利に向けて力を尽くし続けたからこそ、今回の勝利はあったのだ。

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一仕事終えたクルーゲも、エースのガッツポーズに先だって両手を挙げ、そして出し尽くした表情でもう1度、小さなガッツポーズを見せた。

 

 

 

本戦に向けて

もちろん、まだ本番は始まっていない。

先にも述べたように、サガンは今回のダウンアンダーにそこまで力を入れているわけではない。

また、今回のクリテリウムに関しては、本戦と違ってアロイフレームとカーボンフォークの Allez Sprint Disc に乗って参戦していたというサガン。機材の優劣はともかく、いつも乗り慣れているものと違ったバイクを使用したことによる影響があった可能性はある。

 

また、ヴィヴィアーニもあくまでも不運により勝負ができなかっただけであり、実力においてユアンに負けたわけではない。

 

真に重要なのは、15日から始まるダウンアンダー本戦である。

そこで、このクリテリウムのように完璧な勝利を掴み取れるかどうかはまだ分からないのである。

 

 

だが少なくとも、新しいチームの体制が全く問題なく、信頼し合える関係であり、またユアン自身も自らの足が十分な状態であることを確認し、自信を持つことができたという意味で、今回の勝利はやはり大きな成果であった。

 

「これからも良い勝利を重ねられることを望んでいるよ*3

 

「逆襲のポケット・ロケット」カレブ・ユアンと新生ロット・スーダルのさらなる活躍を期待している。

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