りんぐすらいど

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【全ステージレビュー】ツール・ド・フランス2019 第3週

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長く、波乱に満ち溢れた3週間が過ぎ去った。例年以上に戦いは激しく、そして何が起こるかわからない日々の連続だった。濃密すぎて、例年感じる名残惜しささえ感じられないほどだった。ようやく終わった—―そして、そのすべての結末に(その中には志半ばでツールを去らざるをえなかった人々もいたうえで)私は満足している。

 

この3週目もまた、大きな動きが起こり続けた毎日だった。

できるだけポイントを押さえつつ丁寧に振り返っていく。

 

 

↓全チームレビューはこちらから↓

www.ringsride.work

 

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第16ステージ ニーム〜ニーム 177㎞(平坦)

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嵐の前の静けさ。アルプスの最終決戦を前にした、ピュアスプリンターたちのための平坦ステージ。

もちろん、完全にトラブルが0というわけではなく、ヤコブ・フルサングの衝撃の落車リタイアなど、アクシデントはいくつか発生した。それでも、第10ステージのような横風分断が発生することもなく、最後は主役を全て残した状態での正真正銘の集団スプリントとなった。

 

最も有利な展開を作ったのはドゥクーニンク・クイックステップだった。残り500mで、ミケル・モルコフ、マキシマリアーノ・リケーゼ、そしてヴィヴィアーニと、最強のトレインで集団の先頭を支配する。

アシストのジャスパー・デブイストの力を借りながら、第11ステージ同様フルーネウェーヘンの番手を取っていたユアンは、この突如出現したドゥクーニンク・トレインに完全に乗り遅れてしまい、残り400mでトレインの7番手という、かなり不利な位置に置かれてしまった。

 

しかしそこからの彼の判断が的確であった。残り230m。先頭でモルコフが離脱したのと時を同じくし、クリストフの番手からユアンが飛び出す。

そのまま、残り150mでヴィヴィアーニを発射して左に避けたリケーゼの背中に向けて猛スピードで突撃。そしてこれを踏み台にし、最後の150mをヴィヴィアーニと同等条件で戦う手筈を整えた。

最終的には、今大会最も安定して上位に入り込んできていたユアンの実力が優った。ヴィヴィアーニも、連日の山岳アシストによる疲れが溜まっていたのかもしれない。

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いずれにせよ、これにて大会2勝目。的確な判断力と実力とを兼ね揃え、今年のツール「最強」の座は彼の手に渡るか?

↓この日のスプリントの詳細はこちら↓

www.ringsride.work

 

 

第17ステージ ポン・デュ・ガール〜ギャップ 200㎞(丘陵)

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ローマ時代の水道橋ポン・デュ・ガールのすぐ横から出発したプロトンは、アルプスの麓町ギャップに向けて移動する。

強烈な山岳が終盤に控えているわけではなく、かといって集団スプリントが可能なレイアウトというわけでもなく、翌日からの厳しいアルプス3連戦に備え、総合勢は最終的に20分ものタイム差を許してのゴールとなった。

 

よって、勝負権は先頭の33名の大規模逃げ集団にのみ許された。その中にはオリンピック金メダリストのグレッグ・ファンアーフェルマートや最強の逃げ屋トーマス・デヘント、さらにはヨーロッパチャンピオンのマッテオ・トレンティンなどの姿もあった。

残り40kmを切って散発的なアタックが繰り返されるもののなかなか決定的な分裂は生まれない。その中で、小刻みなアップダウンが続く残り30km地点で、11名の小集団が残り20名強を突き放してギャップを広げ始める。

 

  • ダニエル・オス(ボーラ・ハンスグローエ)
  • カスパー・アスグリーン(ドゥクーニンク・クイックステップ)
  • アレクシー・グジャール(AG2Rラモンディアル)
  • ゴルカ・イサギレ(バーレーン・メリダ)
  • トーマス・スクーリー(EFエデュケーション・ファースト)
  • マッテオ・トレンティン(ミッチェルトン・スコット)
  • グレッグ・ファンアーフェルマート(CCCチーム)
  • ラエンゲン、スクインシュ、ペリション、キング

 

残り15km地点で再び激しい動きが巻き起こり、脱落する選手が数名。

一旦その動きが落ち着いた瞬間を狙って、残り14㎞地点でトレンティンが抜け出した。

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彼を追いかけるのはペリションただ1人。それ以外のメンバーは皆、お見合い状態。

あくまでもスプリンターのトレンティンを、甘くみていた部分があったか。最後まで一緒に走りたくないがゆえに、ここで独走させて足を削ってしまえという思いも、同じくスプリントに自信のあるファンアーフェルマートあたりは思っていたのかもしれない。

しかしすでに第12ステージで1級山岳を独走しているトレンティン。あのときは捕まえられてしまったが、今大会、かなり登れる状態で入ってきていることは確かだった。

 

最後の3級山岳センチネッレ(登坂距離5.2㎞、平均勾配5.4%)に突入したときには、追走集団とのタイム差は30秒ほどに。登りでもその差が縮まるどころか逆に少しずつ開いていった。

山頂まで残り1kmで痺れを切らしたアスグリーンが単独で追走集団から抜け出す。「一番警戒していた」とトレンティンも語るアスグリーンは、ペリションも一気に追い抜いて先頭に迫っていく。

しかし、トレンティンもまた、力を残し続けていた。下りでさらにタイム差を広げていき、一時はタイム差を30秒を切るところにまで迫ったアスグリーンも、再び引き離され始めていった。

 

そして、結局は14kmの独走の果てに、ヨーロッパ王者マッテオ・トレンティンが凱旋する。

自身3度目のツール・ド・フランス区間勝利。そして、今大会チームとしても4度目の勝利となる。 

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All for One. One for All. エースが崩れたとしても、チームメートがその借りを返すかのごとく勝利を掴んでいく。それは昨年のジロにおいてもまさにそうであった。

どんな状況にあっても、このチームは強い。そう示してくれる、トレンティンの勝利だった。

 

 

第18ステージ アンブラン〜ヴァロワール 208㎞(山岳)

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いよいよ、運命18ステーのステージである。200km超のコースに、標高2,000m超えの山岳が3つ。総獲得標高4,700mの紛うことなきクイーンステージである。

この日も33名の大規模逃げ集団が形成された。その中にはロマン・バルデやアダム・イェーツなどの総合争いから脱落した実力者の姿も。ただしその中に、9分30秒遅れの総合12位ナイロ・キンタナの姿もあったのはやや驚きだ。総合ジャンプアップの可能性も含めた逃げは快調に歩を進めていく。

山岳賞ジャージを着るティム・ウェレンスは最初の1級山岳山頂を先頭通過。しかしその後は脱落してしまい、代わって1級山岳を2位通過したバルデが続く2つの超級山岳も連続2位通過。この日だけで合計68ポイントも獲得したバルデが、あっという間に山岳賞首位に立つこととなった。

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だが、勝利までは手に入れられなかった。ガリビエ峠頂上まで7.5km(ゴールまで16.5km)。アレクセイ・ルツェンコのアタックに対するカウンターとしてキンタナが抜け出す。かつて彼の最盛期を思わせるような鋭いアタックだった。

これに対してバルデもすぐに反応しようとするが、ルツェンコと見合って飛び出しが遅れる。しかしやはりここで逃がしてはいけないと判断し、バルデも追撃。ここに案の定ルツェンコが喰らいつき、すでに先ほどのアタックで足を使ってしまっているルツェンコは前に出ようとしない。

苛立ちを抑えながら懸命に追走を仕掛けるバルデだが、キンタナの勢いはすさまじく、ギャップは少しずつ開いていく。ガリビエの頂上付近でルツェンコを突き放して単独で追走を仕掛けるが、結局は開き続けるタイム差を抑えることはできず、敗北を喫してしまった。

そして、キンタナ、逃げ切り勝利。昨年の目玉ステージであった第17ステージに続く2年連続のステージ勝利。その実力の高さをしっかりと見せつけた。

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とはいえ、本来彼に期待したいのはそういう成績ではない。かつて、誰よりもクリス・フルームを倒してツール・ド・フランスの頂点に立つ可能性の高い人物と呼ばれた男。非ヨーロッパ人による初の3大グランツール制覇者になりうるとされていた男が、まだ29歳にしてこの位置に留まっていることに歯痒さは覚える。

来年はアルケア・サムシック入りも噂されている彼ではあるが、今後、復活は見込めるのだろうか。

 

 

総合争いにおいては、頂上まで残り3.2kmの位置でエガン・ベルナルが動いた。ゲラント・トーマスに「勝負を動かしてこい」と指示を受けてのアタックだったという。バルベルデがここに貼り付こうとするがすぐに振り切られ、そのまま単独で飛ぶような勢いでガリビエの頂上を通過していった。

独走を続けたベルナルは最終的にメイン集団に32秒差をつけてゴール。

総合2位に浮上した。

 

また、頂上まで残り2kmで今度はゲラント・トーマスがアタック。ティボー・ピノが相変わらずの調子の良さで(しかしのちにこのとき激しい痛みに耐え抜いていたことが判明する)トーマスを捕まえるも、ジュリアン・アラフィリップはこの動きに初めて遅れる姿を見せる。

アラフィリップ、そしてフランス人のマイヨ・ジョーヌ、絶体絶命か・・・と思ったが、そのあとのガリビエの下りにて、アラフィリップが神速の如き勢いでダウンヒルをこなし、トーマスらの集団に追いつき、さらにはこれを追い抜いて先頭に飛び出る姿まで見せつけた。

結果として、ベルナルだけが抜け出たものの、それ以外の総合勢に変動なし。最も危険なステージにおいて、アラフィリップは危機を脱することに成功した。

 

本当にこのまま、34年ぶりのフランス人マイヨ・ジョーヌが誕生するのだろうか。

その思いは日に日に確信へと変わりつつあった。

 

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第19ステージ サン・ジャン・ド・モーリエンヌ~ティニュ 126.5㎞(山岳)

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本来であれば、アルプス3連戦の中でも比較的平穏なステージになるはずだった。たしかに今大会最標高となるイズラン峠を通過するし、最後は1級山岳とはいえ山頂フィニッシュではあるが、前後の激しいステージと比べ総獲得標高も3,000m台と低めで、最後の1級モンテ・ドゥ・ティネもそこまで厳しい登りではないことから、総合勢にも大きな動きがなく終わるのでは、との思いもあった。

 

 

しかし実際には、波乱の連続であった。

まずは、ステージ開始から30kmほどを過ぎたばかりの残り94km地点で、いきなり総合5位ティボー・ピノに異変が訪れる。ドクターカーに捕まり、左膝の包帯を巻き直してもらい、冷却スプレーを大量に吹き付けられる。しかし結局はそのあとすぐ、チームカーによって再び包帯を外され、そのままリスタートする。が、足は動かない。最も軽いギアで力なく登坂を開始するピノは、やがてスプリンターたちのグルペットにすら追い抜かれ、どうやら事情を知っているらしいチームメートたちからも励ましの言葉をもらいながらも置いていかれる。

のちに判明したことでは、どうやら数日前の落車を避けようとした際にハンドルバーに膝を打ちつけてしまい、その後痛みが悪化。昨夜は痛みによって眠れないほどの状態が続いたという。

 

彼にとって、止まることはどうしてもできなかった。何しろ、彼は今、チームの最高のサポートを受けてこの場にいる。彼史上最も調子の良い状態でここまで戦ってきて、今日と明日でマイヨ・ジョーヌに手が届く可能性すら残されていた。

その中で、リタイアするわけにはいかなかった。昨年のジロも同じようなことを繰り返していた。チームのためにも、自分自身のためにも、彼はバイクを降りることなどできなかった。

 

しかし、結局彼は、走り抜くことはできなかった。チームメートのウォリアム・ボネ。FDJ一筋、16回のグランツール出場経験を持つ大ベテラン。誰よりもピノの痛みを知り、その思いを受け止めることのできる男が、最後に彼の肩を抱き、決断を後押しした。ピノは涙を流しながらバイクを降りた。

 

22歳でツール初出場を果たしいきなりのステージ優勝。24歳で早くも表彰台に登った。

そのあとは思うように結果を出せず自身に苛立つ姿も見せてきたが、チームの献身的な支えによって調整に成功し、最高の状態で今回のツールに臨むこともできた。

今回は辛い結果に終わった。けれど、チームはこれからも彼を全力で支え続けると宣言した。きっとまた、彼とこのチームは再び同じ舞台で活躍してくれる。

そう、確信している。

 

 

イズラン峠、というよりもその前の3級山岳とも一体となった長い登りの中で、5分33秒遅れの総合9位リゴベルト・ウランを含んだ強力な29名の逃げが形成される。これを追って、メイン集団も逃げを許さないペースで追走を仕掛け始める。

 

メイン集団を支配したのはチーム・イネオスであった。今大会ここまで、例年ほどの存在感を示していなかったこの最強チームがついに動いた。ドーフィネでも強さを見せていたミカル・クウィアトコウスキーは不調に苦しんでいるようだが、ヨナタン・カストロビエホとディラン・ファンバーレの2人の「登れるルーラー」は期待通りの働きをしてみせた。そしてワウト・プールスが、例年以上の頼れる牽引力でプロトンを破壊してみせた。

破壊されたのはアラフィリップにとって唯一の山岳アシストであるエンリク・マスだった。孤立するマイヨ・ジョーヌ。続いてゲラント・トーマスが、そしてステフェン・クライスヴァイクが容赦のない攻撃を仕掛けていく。

そしてついに、頂点に立つフランス人が崩れ落ちた。これを見てとった総合2位エガン・ベルナルはすぐさまトーマスのもとに飛び立った。

 

しばらくはトーマスのアシストに専念していたベルナル。

だが、彼の足は今、最も冴え渡る瞬間を見せていた。ラ・プランシュ・デ・ベルフィーユでは遅れ、ピレネーではピノに引き千切られたその足は、3週目にして最高、そしておそらくはこのプロトンにおいて最強の足を見せつけた。

 

前日はエースの指示によって。今日は、新たなエースとなった自らの意思によって、ベルナルは頂点へと向かう飛翔を開始した。その勢いはトーマスはもちろんクライスヴァイクや、先頭で逃げていたニバリ、ウラン、バルギル、そして食らいつこうともがいたサイモン・イェーツにすら止めることはできなかった。このとき彼は、次元を超えていた。この大会の頂点に立つに相応しい者が誰なのかをはっきりと示す走りを見せつけていた。

 

きっとこのまま、独走でゴールまで辿り着いてしまうことだろう。昨年のジロでクリス・フルームが見せたような伝説的な走りを、このわずか22歳のコロンビア人ライダーが見せてしまうのだろう、と。

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しかし伝説の再現は唐突に打ち切られた。大自然の猛威によって。

そしてイズランからの下りを爆走するベルナルは止められ、そして前日同様の下りでの追いつきを狙ってアグレッシブなダウンヒルを続けていたマイヨ・ジョーヌも、無情にもその歩みを強制的に止められてしまった。

 

レース中断。この日のステージ優勝者は不在とし、総合成績はイズランの山頂におけるタイムによって定められるーー。

主催者とコミッセールによって下されたこの判断により、14日間フランス人の手に収まり続けていたマイヨ・ジョーヌはコロンビア人の手に渡った。奇しくも8年前にトマ・ヴォクレールがそれを失ったのと同じ、第19ステージで。

フランスを包み込んだ熱狂の時間は唐突に終わりを告げられたのである。

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第20ステージ  アルベールビル〜ヴァル・トランス  59.5㎞(山岳)

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前日から続く悪天候の影響により、コースの大幅な短縮が行われたこの総合最終ステージ。一時はレース開催自体も危ぶまれていたものの、実際にスタートしてからはゴールまでひたすら晴天が続いた。

レース自体はスタートからゴールまでわずか59km。短い平坦と長い超級山岳の登り1発による勝負となった。レース時間もわずか2時間弱。

 

それでも逃げは29名もの大集団となった。プロトン牽引の責任を担うチーム・イネオスは保守的な走りを徹底しペースが上がらない。そこで、総合表彰台を狙うユンボ・ヴィズマがローレンス・デプルスとジョージ・ベネットという今大会最強アシストの2人を活用してペースアップ。逃げ集団とのタイム差を縮めていく。

このハイペースによって、残り14kmで早くもジュリアン・アラフィリップが脱落する。超級1発勝負ゆえにこの日はしっかりとプロトンに残っていたエンリク・マスは好調だったが、しかし彼のアシストを受けてもなお、アラフィリップの足は動かなかった。

もはや、限界だったのだ。フランス人たちが見続けた夢はここではっきりとした終幕を迎えた。

 

そして、残り12kmで逃げ集団からヴィンツェンツォ・ニバリがアタックを仕掛けた。連日の逃げ、しかし狙っていた山岳賞も手に入れることのできなかった彼が、せめてものステージ優勝目指して快調に駆け上っていく。

プロトンでも本気の攻撃が始まれば捕まえられなくはない距離だった。しかし、ユンボ・ヴィズマに先頭牽引を任せ、イネオスは盤石の体制のまま静観の構え。クライスヴァイク含めライバルたちもこれを出し抜いての攻撃ができない状態に陥っており、遅ればせながらの「いつものスカイ=イネオス」の体制が作られつつあった。

 

そんな中、バルデが遅れた今、ニバリに次ぐステージ2位に入れば山岳賞ジャージを手に入れられるチャンスをもつサイモン・イェーツ、ナイロ・キンタナなどが次々とアタック。メイン集団から距離をとるものの、結局この逃げは許されることなく吸収された。

 

ニバリは逃げ切りが確定。チームに今大会2勝目をもたらすと共に、3大グランツール制覇者としての意地を見せる勝利を掴み取った。

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 そして、淡々とイネオスがハイペースで牽引を続けるプロトンは動きのないままフラム・ルージュへ。最後の最後にミケル・ランダやアレハンドロ・バルベルデによるアタックが繰り出されたものの、それはバルデの山岳賞を確定させたこと以外の効果を持つことはなかった。

 

そして、この瞬間、エガン・ベルナルのツール・ド・フランス総合優勝がほぼ確定する。

22歳という年齢は50年以上果たされたことのない記録だという。また、コロンビア人としては初のマイヨ・ジョーヌである。

しかし、年齢とか、国籍とか、そういったものはあまり関係がない。ただ、エガン・ベルナルという、才能と野心ある若者が、自らの力によって引き寄せた、最高の栄誉の「1つ目」を手に入れた瞬間なのだ。

時代は「フルーム時代」ともいうべき2010年代を終え、いよいよ2020年代に。

その中心に立つべき男が、新たな時代を呼び起こす勝利を掴み取ったのだ。

なお同日、イタリアで行われていた1クラスのステージレースで、こちらは19歳のベルギー人ライダーが今期3勝目を、得意の逃げ切りにより果たしていた。

時代は確かに変わりつつある。

 

 

第21ステージ ランブイエ~パリ・シャンゼリゼ 128km(平坦)

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恒例のパリ・シャンゼリゼ周回コース。今年は黄金に輝く夕日に照らされて、まるで世界全体がマイヨ・ジョーヌの色彩に包み込まれたかのような美しい風景が広がっていた。

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世界中のスプリンターたちの頂点の1つであるパリ・シャンゼリゼ。1周7kmのコースは決して単純ではない。まずは石畳の登りの先の凱旋門一周。そこからは石畳の下りを高速で駆け抜けていき、コンコルド広場で直角カーブの連続。

高架下を下り、登るとジャンヌダルク像を右手に、大観覧車を左手に見ながらいよいよフラム・ルージュを通過する。

残り800mでモルコフがリケーゼを引き連れて先頭に飛び出してくる。当然、その後ろにはヴィヴィアーニが喰らいついているはずだった。しかし、いない。ついてきたのはちょっと似ているジャージではあるけれど、トタル・ディレクトエネルジーのニッコロ・ボニファツィオだった。

最後の右カーブを曲がる。残り350m。先頭はモルコフ、リケーゼ、そしてボニファツィオ。その後ろにはボアッソンハーゲンがいて、トレンティン、フルーネウェーヘン、クルーゲによって良い位置にまで運び上げてもらっていたはずのユアンはこの後ろ。

そして残り260m。ボアッソンハーゲンが早駆けを行う。

シャンゼリゼ通りに横付けして並走する特殊カメラがこの姿を追う。毎回シャンゼリゼではこの迫力ある映像が見ものだ。が、このタイミングで早駆けする歴代の選手は、常に最後には刺されてしまっている。

案の定失速したボアッソンハーゲンの隣からもがいて前に出てくるのはボニファツィオ、トレンティン。だが、この2人の背後を横切るようにして、赤い影がすさまじい勢いで異様な軌跡を描きながら回り込み、そして最後に「残り80m」で発射された。

左からは、ディラン・フルーネウェーヘンも同様に強烈な勢いでゴールに突っ込んできていた。が、より回り道をしているはずのユアンの方が、圧倒的に強かった。一踏みごとにその速度を10km/h増していくかのような、そんな勢いだった。

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ゴールを切った瞬間に、信じられないといった表情でその口を手で押さえていたユアン。しかし次の瞬間にはこみ上げる歓喜を吐き出すかのように、一度、二度、三度と拳を振り下ろした。

天才として世界に登場し、早すぎる苦難の日々を送り続けてきたポケット・ロケット。この春、そして夏に彼は、そのすべての負債を取り返すかのような鮮烈な勝利を重ねてきた。

ジロ2勝。ツール3勝。もはや彼の才能を疑うものはない。

彼は「最強」だ。おめでとう、カレブ。 

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そして、コロンビア人として初となるマイヨ・ジョーヌが誕生した。22歳でのマイヨ・ジョーヌ獲得は歴代3番目に若く、マイヨ・ジョーヌ誕生以後は初めてだという。

とにかくも、彼は歴史に名を刻んだ。そしてまた、これは新たな歴史の誕生を意味した。

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2年連続の王者にはなれなかったものの、若きチームメートのためにその勝利のバトンを預けることに一切の躊躇を見せなかった男、トーマス。

昨年末に夢として掲げた総合表彰台の座をチームメートの献身的な助けを借りながら耐え抜いて獲得したクライスヴァイク。

ドイツ人オールラウンダーの新たな時代の希望として数多くの母国人の期待を背負いながら戦い続けてきた男ブッフマン。

そして14日にわたるマイヨ・ジョーヌの重みを感じながらも最後まで戦い続けることを諦めなかった男アラフィリップ。

すべての男たちに願いがあり、夢があり、苦しみがあり、そして努力があった。

今回のツール・ド・フランスは常に波乱に満ち溢れ、志半ばに去らざるをえなかった男たちもいたが、最後は、あらゆる選手たちが何かしらの形で「報われた」、そう感じることのできた3週間だったと思っている。

 

世界中から絞り込まれたごくわずか、176人の挑戦者のみが集められた中で、わずか数分の差でその頂点に立てるのはたった1人。

実に残酷なレースがこのツール・ド・フランスである。

だからこそ、彼ら全ての男たちの戦い方、その生きざまを決して忘れてはならない。

表現できるのはそのうちのほんのわずかだったとしても――私は、その思いをもってこの文章を書き綴っている。

 

何かそこから零れ落ちるものが誰かの胸に届けば良いと思っている。 

今年実に見ごたえのある、忘れられない3週間となった。

 

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