近年稀に見る面白さに満ち溢れている今年のツール・ド・フランス。その要因は、誰が勝つのか分からない、そんな展開に突入しつつあることだ。
第1週の大半をマイヨ・ジョーヌを着て過ごした今年最強の男、ジュリアン・アラフィリップは、この第2週を終えた時点でもなお、それを脱ぐことはなかった。
それはすなわち、彼が個人タイムトライアルにおいても、厳しい山岳においても、大きく崩れることがなかったどころか、ときにタイムを稼ぎながら過ごしたことを意味してもいる。
同時に、ディフェンディングチャンピオンのゲラント・トーマスが、十分な力を発揮しきれずにいることも示している。それは、チーム・イネオス自体が、チームとしても同様に力を発揮しきれていないことを。
だが、そんなアラフィリップが第2週の最後にはやはり弱みも見せた。そんな中、前週最後に横風によって大きくタイムを失ったティボー・ピノは、逆に絶好調の登坂力を見せ、また彼を支えるアシストたちも本領発揮といった姿を見せることとなった。とくに、ダヴィ・ゴデュ。
第1週の後半から第2週にかけて、総合の行方の大半は決まると言われている近年のツール。しかし今年ばかりはその傾向は当てはまらないだろう。まだ第3週に何が起きても、おかしくはない。(クライスヴァイクもブッフマンも、総合優勝の可能性が残されている!)
そして、この週では1つしかなかったスプリントステージも、十分に見ごたえのあるものとなった。
こちらもまた、誰一人として2勝しないままここまできている。混沌たる様相は総合争い以上のものがある。
第3週には2つのスプリントステージが待ち受けているわけだが、果たして今年のツール「最強」は誰の手に渡るのか・・・。
そんな、濃密な5日間となった第2週について、展開や勝敗の分け目を丁寧に振り返っていく。
- 第11ステージ アルビ〜トゥールーズ 167㎞(平坦)
- 第12ステージ トゥールーズ〜バニエール=ド=ビゴール 209.5㎞(山岳)
- 第13ステージ ポー〜ポー 27.2㎞(個人TT)
- 第14ステージ タルブ〜トゥールマレー 117.5㎞(山岳)
- 第15ステージ リムー〜フォワ・プラットダルビ 185㎞(山岳)
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第11ステージ アルビ〜トゥールーズ 167㎞(平坦)
平穏無事な平坦ステージ。逃げもスタート直後にすぐに決まる。
- リリアン・カルメジャーヌ(トタル・ディレクトエネルジー)
- アイメ・デヘント(ワンティ・グループゴベール)
- アントニー・ペレス(コフィディス・ソルシオンクレディ)
- ステファヌ・ロセット(コフィディス・ソルシオンクレディ)
途中横風が吹く区間もあり一時期集団もピリピリムードに。その中で落車も発生し、ニキ・テルプストラがリタイア、ナイロ・キンタナも負傷する。
それでも第10ステージのような総合を揺るがす大分断などは起こらず、レースは有力候補を全て揃えたまま集団スプリントへ。
最もトレインが機能していたのはユンボ・ヴィズマだった。
ミケル・モルコフがそこに割って入ろうとするもうまくいかず、最終発射台のマイク・テウニッセンに導かれ、残り250mという自身最も得意とする位置からのスプリントを開始することのできたディラン・フルーネウェーヘン。
彼の加速に、誰もついていくことができなかった。
ただ1人を除いては。
残り3.5kmあたりからずっとフルーネウェーヘンの後ろにつけていたカレブ・ユアンが、フルーネウェーヘンの加速に対しても迷わずついていき、そして残り100mで飛び出した。
そのまま爆走するフルーネウェーヘンに追いついて、そして最後、ハンドル投げの結果、わずか10センチの差でフルーネウェーヘンを差し切ったのである。
カレブ・ユアン。ツール初出場にして初勝利。これにて、2015年ブエルタ勝利、2017年ジロ勝利に続き、3大グランツール全てで勝利を手に入れた男となった。
実は残り10kmでチームメートの落車に引っかかり、彼自身も集団から置いていかれそうになっていたユアン。
だがその後、盟友ロジャー・クルーゲの牽引によって集団復帰を果たし、フルーネウェーヘンの番手まで運び上げてもらったという。残り4kmでその姿を確認できる。
そして、残り3.5㎞で、クルーゲが一気にフルーネウェーヘンの後ろまで彼を引き上げ、そこに置いていったのである。紛れもなくこれが勝利の鍵となった。
「チームはずっと僕を信頼し続けてくれていた」。そしてその信頼に報いる、素晴らしい勝利。
ユアンがこのチームを選んだことが間違いではなかったということを証明した、あまりにも大きな勝利だった。
第12ステージ トゥールーズ〜バニエール=ド=ビゴール 209.5㎞(山岳)
いよいよピレネーに突入したプロトン。ここから、個人タイムトライアルを含んだ4つのピレネーステージが連続する。
その初日となるこの日は、それでもまだ総合勢にとって大きな動きが巻き起こる日ではなかった。ペイルスルドとウルケット・ダンシザンという2つの1級山岳を含みつつも、最後の山頂からゴールまでは30km以上ある。
総獲得標高も3,000mを少し超えた程度であり、翌日に重要な個人タイムトライアルを控えていることも影響し、結果として、40名というかなり大規模な逃げ集団を許す展開となった。
逃げ40名の内訳
- (BOH)Pサガン、ミュールベルガー、オス、シャフマン
- (SUN)マシューズ、アルント、ボル、ロッシュ
- (TBM)コルブレッリ、ガルシア、Dトゥーンス
- (ALM)ナーセン、ガロパン、フランク
- (LTS)ウェレンス、クルーゲ、ベノート
- (EF1)ベッティオル、クラーク、スクーリー
- (MTS)Sイェーツ、トレンティン
- (CPT)ファンアーフェルマート、パウェルス
- (TFS)フェリーネ、ストゥイヴェン
- (UAD)コスタ、クリストフ
- (TJV)フルーネウェーヘン、テウニッセン
- (TDD)ボアッソンハーゲン、ヴァルグレン
- (COF)ペリション、シモン
- (DQT)モルコフ
- (MOV)エルビティ
- (AST)ビルバオ
- (TDE)カルメジャーヌ
- (WGG)パスクアロン
- (PCB)ルダノワ
逃げ切りがほぼ確定する中、最初の1級山岳ペイルスルド峠(登坂距離13.2km、平均勾配7%)の登りで勝負を仕掛けたのは、2016年ブエルタ、そして2017年ツールで逃げ切り勝利を果たしているリリアン・カルメジャーヌ(トタル・ディレクトエネルジー)。
ここ最近はあまり目立った走りのできていない彼が、今年また2回目の栄光を手に入れるべく果敢な独走を開始したが、山岳賞ジャージを着るティム・ウェレンス(ロット・スーダル)が山頂直前でこれを捕まえ、ペイルスルドの先頭を獲得。
決してクライマーではないと思われていたウェレンスだが、このピレネーでも順調に山岳ポイントを収集している。
ペイルスルドの下りで攻撃を仕掛けたのは、昨年のツールでも逃げ切り勝ちをしているサイモン・クラーク(EFエデュケーション・ファースト)。
そして、最後の1級山岳ラ・ウルケット・ダンシザン(登坂距離9.9km、平均勾配7.5%)でクラークを独り追いかけるのがマッテオ・トレンティン(ミッチェルトン・スコット)だ。
スプリンターに分類されるトレンティンの力強い登坂は、やがてクラークを追い抜いて単独で先頭に出るほどであった。
しかしやはり本職のクライマーには敵わない。勝負所に向けてアクセルを踏み始めた昨年ブエルタ覇者サイモン・イェーツ(ミッチェルトン・スコット)と、先日のクリテリウム・ドゥ・ドーフィネでアラフィリップと共に逃げ切ったグレゴール・ミュールベルガー(ボーラ・ハンスグローエ)が、あっという間にトレンティンを飲み込んで、そしてこれを突き放して2人で山頂に到達した。
先日のジロで2勝しているペリョ・ビルバオ(アスタナ・プロチーム)も下りで合流し、この3名による逃げ切りが決まった。
スプリント争いではミュールベルガーが最も分が良いと思われていた。先日のドーフィネでは、あのアラフィリップとのスプリント争いで、ごく僅差での争いを演じていた。
またビルバオも、ゴルカ・イサギレやエンリケ・サンズなどのパンチャータイプの選手たちとのスプリント争いを制してきた男。スプリント力は決して低くなかった。
しかし、サイモン・イェーツもまた、トラックレースでポイントレース世界王者になるなど実績をもつ男。スプリントにおける位置どりや仕掛けのタイミングはトラックレーサーの得意とするところである。
実際、実に巧みな仕掛けだった。残り200mで最初に仕掛けたのはサイモン。彼の狙いは、直後の左カーブだった。ここを先頭で抜け、アウトにふくらんでミュールベルガーの進路を塞ぐことで、ラスト100mのスプリント勝負を有利な位置からスタートする。
あとは力比べだった。なんとか逃げ切り、ジロの悔しさを振り払うかのような勝利をつかみ取った。
総合勢は全員、何の動きもないままにゴール。
勝負は翌日のタイムトライアルに預けられた。
第13ステージ ポー〜ポー 27.2㎞(個人TT)
ピレネーの麓、ポーの町で開催された個人タイムトライアル。10%を超える勾配が複数回登場する丘陵タイムトライアルで、登坂系の選手が上位を占める結果となった。
その中で最強の走りをしてみせたのが、ジュリアン・アラフィリップ。たしかにこういったレイアウトには実に強い彼ではあるが、ゲラント・トーマスをはじめとするオールラウンダーたちに勝てるとはさすがに思っていなかった。しかも14秒と大差をつけて。
アラフィリップは今、間違いなく覚醒の時を迎えているーー昨年もそうだったのだけれど。
総合勢で素晴らしい走りをしてみせたのがウラン、ポート、クライスヴァイク、ピノ、そしてエンリク・マスである。
逆に失敗というべき走りをしたのがエガン・ベルナル(1分36秒遅れ22位)、ナイロ・キンタナ(1分51秒遅れ28位)、ダニエル・マーティン(2分06秒遅れ33位)、アダム・イェーツ(2分08秒遅れ34位)、ロマン・バルデ(2分26秒遅れ39位)。
この結果、クライスヴァイクが総合3位、マスが総合4位に浮上し、ベルナルが総合5位に転落したことで新人賞ジャージはマスの手中に。またキンタナ、アダム、マーティンがそれぞれ総合9位〜11位に転落し、第10ステージの横風で大幅にタイムを失ったピノとウランがそれぞれ総合7位・8位に浮上。
バルデは総合17位と、絶望的な位置に落ち込むこととなった。
落車も相次いだタイムトライアルであった。
優勝候補の1人、ベルギーチャンピオンのワウト・ファンアールト(ユンボ・ヴィズマ)は、好タイムで中間計測を通過しながら、終盤のコーナーで落車してフェンスに激突。ジョイント部分が太腿に刺さった?らしく即時リタイアを余儀なくされた。
一時は選手生命すら不安視される予感があった中で、骨折もないということで不幸中の幸いではあったが、しかしあまりにも残念すぎるアクシデントであった。
また、同じく好成績が期待されていた今年のスターの1人、マキシミリアン・シャフマン(ボーラ・ハンスグローエ)もまた、左手の中指の骨折により痛々しい姿でフィニッシュを迎え、翌日以降の出走を諦める結果となった。
スイス王者シュテファン・キュング(グルパマFDJ)も優勝候補であったが、スタート直後の落車により勝機を失った。
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第14ステージ タルブ〜トゥールマレー 117.5㎞(山岳)
今年の最注目ステージの1つ、「トゥールマレー山頂フィニッシュ」は期待通りの伝説的な展開を生んだ。逃げ切りは許されることなく、総合エースとアシストたちが実力でぶつかり合う激しい削りあいによって、マイヨ・ジョーヌ候補たちが絞り込まれる結果となった。
サガンとニバリという、旧キャノンデールコンビが抜け出す興味深いファーストアタック。やがて複数名が追いついて逃げ集団は17名にまで膨れ上がった。
- ヴィンチェンツォ・ニバリ(バーレーン・メリダ)
- マテイ・モホリッチ(バーレーン・メリダ)
- イルヌール・ザカリン(カチューシャ・アルペシン)
- マルコ・ハラー(カチューシャ・アルペシン)
- ペテル・サガン(ボーラ・ハンスグローエ)
- ティム・ウェレンス(ロット・スーダル)
- アレクシ・ヴィエルモーズ(AG2Rラモンディアル)
- マチュー・ラダニュ(グルパマFDJ)
- カルロス・ベローナ(モビスター・チーム)
- ルイスレオン・サンチェス(アスタナ・プロチーム)
- セルジオルイス・エナオ(UAEチームエミレーツ)
- レナード・ケムナ(チーム・サンウェブ)
- リリアン・カルメジャーヌ(トタル・ディレクトエネルジー)
- ロメン・シカール(トタル・ディレクトエネルジー)
- レイン・タラマエ(トタル・ディレクトエネルジー)
- ギヨーム・マルタン(ワンティ・グループゴベール)
- エリー・ジェスベール(アルケア・サムシック)
最初の1級山岳コル・デュ・スロール(登坂距離11.9km、平均勾配7.8%)の登りでサガンは脱落してしまうが、のちに追いついてきたメイン集団を牽引し、千切れた逃げメンバーたちを吸収しながら、残り31.5㎞地点の中間スプリントポイントでは9番手通過を果たした。
これでサガンのポイントは284ポイント。エリア・ヴィヴィアーニとのポイント差は184ポイントなので、残り2つの平坦ステージでヴィヴィアーニが勝利し、サガンが1ポイントも取れなかったとしても、やっと同ポイントになる、というところまで積み重ねてこれた。完走さえすれば、7回目のマイヨ・ヴェールを手に入れることがほぼ確実なものとなった。
また、ウェレンスもこの日のコル・デュ・スロールの山頂通過を果たす。合計64ポイント。しかし今年は標高2,000mの超級を先頭通過で50ポイントを取れてしまうため、こっちはまだまだ安心できない。
残された8名の逃げ集団の中から抜け出したシカールが、独走のまま超級トゥールマレー(登坂距離19km、平均勾配7.4%)に突入。今から10年前にU23世界王者とラヴニール制覇を同時に果たしがらもその後は鳴かず飛ばずの彼。せめて敢闘賞を手に入れたかったーーのだが、結局はそれも現在の若手有力フランス人クライマー、ジェスベールに追い抜かれ、敢闘賞も攫われてしまった。
ジェスベールも結局は逃げ切ることはできず、そのまま今大会の山岳ステージでは初めての、メイン集団先頭で迎える山頂フィニッシュ。
最初にこれを支配したのはモビスター・チームだった。とくにアンドレイ・アマドールが残り16㎞あたりから常に先頭を牽引し続け、その中で総合10位のアダム・イェーツや総合11位のダニエル・マーティン、そして総合14位のパトリック・コンラッドなどが遅れていく。
バルデはすでにこの前の1級山岳の時点で遅れており、総合争いからの脱落は決定的なものとなっていた。
残り11㎞でジェスベールが捕まえられる。と同時にアマドールが仕事終了。先頭はアナコナに代わる。
だがここで問題発生。これだけモビスターのアシスト陣が尽力したというのに、肝心のエースのキンタナがここで遅れ始めたのだ。
アナコナも、キンタナを助けるべく降りてくる。アナコナの助けを借りながらも、キンタナは結局集団に復帰することができず、総合14位に転落。
以後はランダとバルベルデのアシストに回ることを宣言した。
残り9.5㎞でバルギルがアタック。イネオスのディラン・ファンバーレが牽引するメイン集団はこれを一旦、見送る。
そして残り7.3km。ティボー・ピノを引き連れたダヴィ・ゴデュが一気に集団先頭に上がり、そのまま集団との間にギャップが生まれる。
慌ててペースを上げたフルサングによってこの差は埋められるが、構わずゴデュは牽き続ける。
残り5.7kmでバルギル吸収。なおも牽き続けるゴデュのペースに、モレマ、バルベルデ、プールス、ポート、そして総合4位かつ新人賞首位のエンリク・マスも、ここで脱落してしまった。
残り4.1kmでピノはゴデュの背中から一旦離れた。単独で抜け出る形となったゴデュを追う責任を担ったのは、集団内に3名も残しているユンボ・ヴィズマ。ピノも、まずは彼らの足を削ることを優先させたようだ。クライスヴァイクのアシストを全て剥ぎ取ってから、いよいよ自ら攻撃を仕掛けよう、と。
しかし、ユンボのアシスト2名は想定以上に強かった。
まずはローレンス・デプルス。今年のUAEツアーでも驚異のアシストを見せた、ユンボ・ヴィズマの新兵器。ジロ・デ・イタリアでは早期のリタイアによりその実力が発揮されることなく、エースのログリッチェも苦しい展開を迎えたが、今日はそのリベンジともいうべき活躍を見せてくれた。
残り3.6kmでゴデュを捕まえる。ゴデュはそのままオールアウトした様子で落ちていく。
そしてデプルスの牽引は止まらない。
クールな表情を保ち続けていたゴデュとは好対照に、口をゆがませ、体を横に大きく振りながら、全身全霊で彼は牽き続けた。
そして残り2.7km。
デプルスもまた、ゴデュ同様にオールアウトしながら崩れ落ちていった。
そしてここからは、ジョージ・ベネットの出番だった。2017年ツアー・オブ・カリフォルニア総合優勝者。今回、クライスヴァイクとのダブルエースに近い形で参戦し、事実途中までは彼以上の成績を叩き出していた。
しかし、第10ステージの横風にやられ、致命的な遅れを喫してしまった彼は、クライスヴァイクのためのアシストに徹することになる。
彼の速すぎるペースによって、残り1.6㎞でフルサング、ウランが遅れる。ピノも攻撃のチャンスを掴めない。
そのままフラム・ルージュも越えてしまうかもと思われた矢先、エマヌエル・ブッフマンがアタックを仕掛けた。
今年のクリテリウム・ドゥ・ドーフィネでも絶好調だった男。彼の攻撃に、しっかりとピノは食らいついていった。
そして、このタイミングでトーマスが遅れる!
先頭はブッフマン、ピノ、クライスヴァイク、ランダ、ベルナル、そしてアラフィリップの6名のみ。
やや牽制気味のままゴール直前の急勾配に到達した6人。残り260mで抜け出したのはピノだった。アラフィリップも2番手に上がるが、ピノの加速は止まらなかった。
そして、ついに勝利。4年前、ラルプ・デュエズを制したあの日以来のツール勝利。そして、そのときや、昨年のブエルタでの2勝のように、「総合で驚異でないから」という理由で手に入れた勝利ではない。実力で掴み取った勝利であった。
アラフィリップに(ボーナスタイム込みで)36秒差をつけられてしまったトーマスは、総合2位のままではあるものの、そのタイム差を2分02秒にまで開かれてしまった。安定したアラフィリップの走りは、最終日までマイヨ・ジョーヌを守り続ける可能性をぐっと感じさせるものだった。
また、この日の勝利でピノは総合6位。アラフィリップとは3分12秒。トーマスとは2分10秒差にまで近づいた。
いよいよ総合争いも、予想のつかない混沌へと入り込んでいく。
第15ステージ リムー〜フォワ・プラットダルビ 185㎞(山岳)
前半は平坦基調だが、残り80kmを切ったあたりから立て続けに3つの1級山岳が連続する、総獲得標高4,700m超の難関山岳ステージ。2週目の最後に相応しく、前日大きく動いた総合争いも再び震撼することが予想された。
アクチュアルスタートと共に飛び出したトーマス・デヘントに続き、いくつかのアタックが散発的に発生するも、なかなか逃げが確定しない。最初の1時間の平均速度は47km/hを超え、カレブ・ユアンなどスプリンターたちが早くも脱落していFSく。
それでも60kmほど消化した段階でいよいよ逃げが確定。その数は35名にのぼった。
(BOH)コンラッド
(ALM)バルデ、ガロパン、フランク
(TBM)ニバリ、カルーゾ、トラトニク
(GFC)モラール、ライヒェンバッハ、ラダニュ
(MOV)キンタナ、アマドール、ソレル
(AST)ビルバオ、フライレ、ルツェンコ
(TJV)ヤンセン
(EF1)ウッズ
(MTS)Sイェーツ
(CPT)ゲシェケ
(UAD)マーティン
(TFS)Jベルナル、チッコーネ、モレマ
(SUN)マシューズ、ケムナ、ロッシュ
(COF)エラダ、ペレス
(TDE)シカール
(TKA)ザッカリン、ポリッツ
(WGG)マルタン
(TDD)クロイツィゲル
(PCB)モワナール
バルデやキンタナ、ダニエル・マーティンなど、総合争いから転落してしまった実力者も含まれた集団だったが、プロトンも簡単にはこの逃げ切りを許すつもりはない。
この日の勝負所である2つ目の1級山岳ミュール・ド・ペゲール(登坂距離9.3km、平均勾配7.9%、残り47.3kmから登坂開始)に、逃げ集団から単独で抜け出したサイモン・ゲシュケ(チーム・サンウェブ)が到達した頃には、メイン集団とのタイム差は4分を切っていた。
メイン集団の総合勢もここで動き始めた。
まずは、総合11位(6分14秒遅れ)のミケル・ランダが集団から静かに抜け出した。フルサングがこれに追随しかけたが、やがてランダはこれも突き放す。
追走の任を負ったのはユンボ・ヴィズマだった。
前日同様に、デプルス、ベネットが牽引し、フルサングは吸収する。イネオスは早々にモスコン、カストロビエホ、クウィアトコウスキーが遅れ、プロトン内にはもはやプールスとベルナルとトーマスしか残っていない。
そして逃げ集団では、追走から独り抜け出したサイモン・イェーツがアタックし、一気にサイモン・ゲシュケに追いついた。
アダムが遅れていたことも無線で連絡が行っていたに違いない。総合を狙うことが絶望的になったことを知って、全力でステージおよび山岳賞を狙いに行くことにしたようだ。
最後の1級山岳プラット・ダルビ(登坂距離11.8%、平均勾配6.9%)の登りに突入し、最も厳しい勾配の区間に入ったところで、ゲシュケも切り離し、独走を開始する。
単独で追走を仕掛けるミケル・ランダは、逃げから落ちてきたマルク・ソレルやアンドレイ・アマドールの力を借りながら、同様に最後の登りに突入する。
ここでキンタナやバルデ、ダニエル・マーティンなどが含まれた第2グループに合流。キンタナはランダをアシストする力を残しておらず、すぐさまランダは単独で先頭へ。追いすがろうとするバルデらを突き放し、先頭で独走を続けるサイモン・イェーツに向けて一気にタイム差を縮める走りを見せた。
プロトンもまた、ユンボの牽引で最後の登りに。
しかし、ゴールまで残り8kmの時点で、このユンボのアシスト勢が全滅。
これを待っていたかのように、先頭に躍り出るダヴィ・ゴデュ。マーティンたち逃げ遅れの選手たちを飲み込んでいった。
そして残り6kmほどでゴデュが力を使い切って脱落していくのと入れ替わるようにして、ピノが早めの攻撃に出た。
これについていけたのはブッフマン、ベルナル、そしてアラフィリップのみ。トーマスもクライスヴァイクもフルサングもついていけない。
逃げメンバーの残党であったライヒェンバッハに1kmほど牽かせたあと、再びピノは自らペースアップを仕掛け、後ろを振り返ることなく断続的に仕掛けたアタックによって、ついにアラフィリップが陥落。
さらにブッフマン、ついには、あのベルナルまでもが、このピノの走りについていくことができず突き放されてしまった。
まさに、昨年のイル・ロンバルディアの最後の登りで、ヴィンツェンツォ・ニバリを突き放したときの彼の勢いそのままであった。
ピノは一気に、2番手を走っていたランダに追い付く。
だが、独走のサイモン・イェーツは、その勢いを止めることがなかった。そのまま、ピノ・ランダたちに30秒以上のタイム差を残したまま、ゴールに飛び込んできた。
今大会2勝目。2勝している選手は彼以外ではアラフィリップだけ。総合成績はもうずっと落ち込んではいるものの、ここにきて絶好調の姿を見せつつある。
このまま3勝目も、考えられるのか?!
ピノから遅れたアラフィリップは、そのまま遅れていたトーマスたちに追い付かれる。
しかしここで合流したあとも先頭を牽き続けたアラフィリップ。
そのせいか、ラスト2kmのゲラント・トーマスのアタックに対し、クライスヴァイクやバルベルデやポートもついていった中で、アラフィリップだけがついていくことができずに遅れてしまった。
今年最強の男が、今大会初めて見せた弱みであった。
第1週に引き続き、マイヨ・ジョーヌを着続けているアラフィリップ。しかし、この先もまた、それを着たままパリに帰れるかどうかについて、黄信号の灯った1日ではあった。
では誰が最後に表彰台の頂点に立つのか? 第14・第15ステージともに、トーマスがその最有力候補であるとは言えなくなりつつあるのが現状だ。今最も調子の良い男は間違いなくティボー・ピノだろう。トーマスまでのタイム差も、わずか15秒である。
もちろん、一時代を築き上げてきた旧スカイ、現イネオスが、このまま何もせずに3週目を迎えるとは思い難い。
近年最も先の展開が予想できないツール・ド・フランスになりつつある今年。
それは、面白さという点においては、最高の状態であることを証明している。
激動の第3週。果たして最後にパリで栄光を掴み取るのは、誰だ。
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