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サム・ベネット、その勝利の秘訣と弱点

8月中旬のビンクバンク・ツアーにおいても開幕3連勝を成し遂げた今最も勢いのあるスプリンターの1人、サム・ベネット(ボーラ・ハンスグローエ)

現在開催中のブエルタ・ア・エスパーニャにおいても、序盤の数少ないスプリントステージである第3・第4ステージで1勝&(超僅差の)2位。今回のブエルタのプロトンの中で最強であることは疑いようがない。

 

彼が強いスプリンターであることは間違いない。ただ、彼の何が強いのか? ただ強いだけでなく、それが勝利に結びつくだけの理由はあり、それが一体何なのか、を確認していきたい。

また、逆に彼の弱点というべきものはあるのか。あるとすれば、一体どういったものなのか。

 

今回はそんな、現役最強スプリンターの1人、サム・ベネットの「勝利の秘訣」と「弱点」を解き明かしていく。

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「最高のポジション」の手に入れ方

まずもって、サム・ベネットという選手が、純粋に強力なスプリンターであることは異論を待たない。

昨年のジロ・デ・イタリアで、絶好調のエリア・ヴィヴィアーニに引けを取らないスプリントを連日見せ、ヴィヴィアーニの4勝に次ぐ3勝を手に入れるほどの実力を持っている。

開幕3連勝を果たした今年のビンクバンク・ツアーでも、完璧なリードアウトを見せていたトレック・セガフレードの選手たちを軽々と抜いていくその脚力は、ヴィヴィアーニ、フルーネウェーヘンらと並び、現役最強クラスであることは間違いない。

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ただ、純粋に強いだけで勝てるほど、ワールドツアーの集団スプリントは甘くない。その強さを存分に発揮できるだけの環境をいかに用意するか、が重要である。

 

実際、上記のビンクバンク・ツアーにおいても、彼は常に良いポジションを保ち続けていた。

第1ステージではディラン・フルーネウェーヘンの背後についていて、彼が落ちてきたペデルセンに前を塞がれて失速した隙に、その背中から抜け出して誰もいない空間を突っ切っていくことができた。

第2ステージでは的確な判断力でもってその日突出した走りを見せていたジャスパー・フィリプセンの背中に乗ることができた。

第3ステージでも力を取り戻したフルーネウェーヘンの背中を確保し、飛び出しが早すぎて失速したフィリプセンを踏み台にしたスプリントバトルを制した。

 

そして、今回のブエルタ・ア・エスパーニャ第3ステージでも、ジョン・デゲンコルブとエドワード・トゥーンスの超強力なトレイン*1の番手につけるという最大級のチャンスを手に入れていたベネット。そしてこの日は彼にとって唯一のライバルといえるフェルナンド・ガビリアも遅れており、負ける要素のない日であった。

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スプリントでの勝ち方は2種類ある。

強烈なリードアウトに導かれてエーススプリンターが発射される「トレイン型」と、そういった強力なトレインの背後についてそれを踏み台にして発射する「タダ乗り型」。

トレック・セガフレードやドゥクーニンク・クイックステップのようなトレイン型を得意とするチームに対し、サム・ベネットはチームメートのペテル・サガン同様にタダ乗り型の選手であると言える*2

では、ベネットは「アシストを必要としない」タイプなのか?といえば、決してそんなことはない。

むしろ、彼が勝利を挙げた際に常に要素として出てくる「良いポジション」を手に入れる際に、アシストたちの力が大きな役割を果たしていた。

 

 

上記の動画を見てもらえばわかるように、残り1kmから500mまで、ボーラ・ハンスグローエのアシスト2名(先頭がシェーン・アーチボルド、2番手がジャンピエール・ドリュケール)が集団先頭を強力に牽引し、サム・ベネットが沈まないように最大限のアシストをしてくれている。

彼をここまで牽き上げてくれたからこそ、ベネットは最適なポジションを取ることができたのである。

 

同じようなリードアウトの役割に関しては、下記のクリテリウム・ドゥ・ドーフィネにおけるワウト・ファンアールトについて書いた記事でも言及している。

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なかなか、ゴール直前の瞬間だけを見てしまうと、こういう「タダ乗り型」選手に対するアシストの存在を見落としがちではあるが、そういった選手たちの勝利の影にも、「最強リードアウター」と呼ばれるような選手たちと等しいくらいに重要なアシスト選手たちの存在がある。

今回で言えば、とくにアーチボルドの牽引力がモノを言った。ベネットとはボーラ以前からのチームメートの関係で、2018年はアクアブルー・スポートに移籍しながらも同年にチームが解散。2019年は前半戦をコンチネンタルチームで過ごすことになった彼が、シーズン途中で再び古巣から声をかけられた。

その選択が実に正しかったことを証明する働きを、今回の勝利で見せてくれた。

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逆に彼らがうまく機能しなかった場合にベネットがどうなってしまうのか。

それを確認することで、彼らの価値を逆説的に理解することができるだろう。

その点については次々節の「弱点」についてで触れる。

 

 

一流スプリンターの「嗅覚」

ベネットやサガンのような「タダ乗り型」スプリンターが勝利を手に入れるうえで重要なのは、その直前のポジション取りを完璧にこなしてくれる「目立たないアシストたち」の存在に加え、彼ら自身の的確な「判断力」を要する。

それは一流スプリンターの「嗅覚」と言い換えても良い。別の言い方をすれば、「その日最も強いスプリンターは誰であるかを瞬時に判断する能力」だ。

 

ペテル・サガンはこの能力がずば抜けていた。ダニエーレ・ベンナーティのリードアウトが強かった2012年はともかく、「タダ乗り型」が板についてきた2013年以降のツール・ド・フランスでは、常にと言っていいくらい、「最強スプリンター」たるマルセル・キッテルらの背中に貼り付きゴールを迎える姿が印象的だった。

だからこそ彼は勝利まで得ることができなくとも2位を連発し、結果として未勝利でのマイヨ・ヴェール獲得にも大きく貢献することとなった。その日最強が誰なのか、それをかぎ分け、その背中に「タダ乗り」する力。これこそが最終局面を孤独に戦うスプリンターたちに必要不可欠な能力である。

 

ビンクバンク・ツアー第2ステージでの勝利がまさにそういったパターンであった。

この日、残り150mの段階でアシスト不在の中先頭から7~8番手という圧倒的に不利な立場に置かれていたジャスパー・フィリプセン(UAEチームエミレーツ)。しかし彼はその位置から一気にスプリントを開始し、あっという間に先頭に躍り出ることとなった。

その勢いにおいて、彼は明らかにディラン・フルーネウェーヘンを上回っていた。前日同様にフルーネウェーヘンの背中に乗ってスプリントのタイミングを待っていたサム・ベネットは、右後方から凄まじい勢いで上がってくるベルギー人の姿を確認し、次の瞬間、迷わずにその背中に飛び乗った。 

 

左側からはフルーネウェーヘンがスプリントを開始。しかしこれはベネットの予想通り伸び切ることなく失速。

フィリプセンは大きな勝利を手に入れる直前まで迫っていた。その背中に、恐ろしい嗅覚を持ったハンターが張り付いて、残り50mの際どい瞬間に飛び出したりさえしなければ。

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そして、嗅覚とはちょっと違うが、「判断力」という点では、今回のブエルタ・ア・エスパーニャの第3ステージも同様の力が発揮されていた。

 

すでに述べたように、ボーラ・ハンスグローエはシェーン・アーチボルドとジャンピエール・ドリュケールという2人のアシストによって、サム・ベネットを残り500mまでかなり良いポジションで引き上げつづけていた。

そして、この残り500mでアーチボルドの牽引が終了し、続いてドリュケールが最後のリードアウトを行う、という予定であったはずだ。もしかしたらこの日は、珍しく「トレイン型」で勝利を狙う方針が元々はあったのかもしれない。

しかし、アーチボルドが足を止めドリュケールが発射しようとした瞬間、突如として彼は足を止め、そして悔しそうにハンドルを叩いた。

目の前にマルク・サローが被さってきたことで進路を妨害された?いや、タイミング的にはそれよりもやや早かったと思うし妨害されるような距離でもなかった。もしかしたらメカトラでもあったのかもしれない。

 

だが、その瞬間、サム・ベネットは、ドリュケールの背中ではなくその反対側から飛び出した。

彼が標的に定めたのは、その日最も強烈なリードアウトを見せていたジョン・デゲンコルブと、それに導かれたエドワード・トゥーンスのトレック・セガフレードトレイン。そして見事その番手という完璧なポジションを手に入れたベネットは、そのまま勝利を掴み取ったのである。

 

 

この嗅覚、そして判断力こそ、サム・ベネットが最強たる所以である。

トレイン型の弱点はそのトレインがうまく機能しなかったときにどうしようもなくなる点ではあるが、その弱点をカバーするうえでもこの嗅覚というのは重要になる。エリア・ヴィヴィアーニも実はその能力が優れているため、ファビオ・ヤコブセンやアルバロホセ・ホッジなどの若手にはない勝ち方を稼ぎ出すことができている。

 

最適なポジションをもたらしてくれるアシストたち、そしてそこからもう1歩勝利を掴み取るための嗅覚。

強力な2つの武器をもつベネットではあるが、その弱点――というよりは、超強力な彼が「負ける時」がいつなのか、を次の節で確認していく。

 

 

「最強」が敗北するとき

ビンクバンク・ツアー開幕から現時点に至るまで、集団スプリントの機会は6回存在した。

そのうちの4回で勝利しているサム・ベネット。その強さは圧倒的であるが、逆に言えば2回の「敗北」がある。

 

そして、その敗北の理由は共通している。いずれも、力がなかったわけではない。むしろ、圧倒的な不利の状況から追い上げて、最後はいずれも僅差の2位で終わっている。あと一歩のところで勝利を逃したのである。

 

ではその「一歩」を生んでしまった原因は何か。

それは、ポジション取りの失敗である。

 

1つ目の敗北はビンクバンク・ツアー第5ステージである。

このときは、すでに述べたようなアシストたちの働きがうまくいかなかったようで、残り300mの時点で先頭から16番手という絶望的なポジションに置かれていた。

 

最終的にはそこから怒涛の勢いで追い上げて、最後は2番手の位置にまで浮上してきたこと自体は凄かったのだが、やはりスタート時点でのビハインドがあまりにも大きすぎた。 ドゥクーニンク・クイックステップのリードアウトがこの日は完璧だったこともあり、アルバロホセ・ホッジが逃げ切っての勝利を掴み取った。

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いかにエース自体が最強でも、アシストが十分に機能しなければ勝利を得ることはできない。この日は、普段のベネットの勝利がいかにアシストによって支えられていたかを示す好材料となった。

 

そして、今回のブエルタ・ア・エスパーニャでの第4ステージの(超・超僅差での)「敗北」もまた、ポジション取りの問題だった。

 

そして、このときの敗因は、アシストというよりは彼自身であった。シクロワイアードでのコメントにもあるように、残り1.3kmに設置されたラウンドアバウトで行くべき道を間違え、最終的に合流した際には伸び切った集団の先頭から13番目というかなり厳しいポジションに置かれることとなったのである。

このときボーラのアシストが集団の先頭を牽引していた。そしてベネットの近くには他のアシストがいなかったことが、チームとしての失敗と見ることもできるかもしれない。リザルトを見るとアーチボルドもドリュケールも1分以上のタイム差をつけてフィニッシュしており、途中で遅れてしまっていたことが伺える。

 

いずれにせよ、ビンクバンク第5ステージ同様に不利なポジションから勝負を仕掛けざるをえなかったベネットは、そこからも十分な健闘は見せたものの、最後はマキシミリアーノ・リケーゼの天才的なリードアウトから放たれたファビオ・ヤコブセンに数センチ差での敗北を喫してしまった。

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ポジション取りの失敗が敗北につながる、という点は実はシーズン冒頭のブエルタ・ア・サンフアンから見られるパターンであった。

サンフアン第1ステージはフェルナンド・ガビリアが勝利したステージだったが、このときボーラのエースを任されたベネットはペテル・サガンとエリック・バシュカという豪華なリードアウトに導かれてフィニッシュを迎えるはずだった。

しかしゴール直前に、ベネットは二人からはぐれる。そして残り400mで14番手の位置からやっぱり強烈な追い上げで3位にまで上り詰めるが、やはり最初のポジションの悪さからあと一歩、勝利に届かない結果となってしまった。

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ただ、このサンフアンの第7ステージでは同じようにサガンたちから離れた状態からスタートし、勝利を掴み取っている。

このときの勝因として、記事では「この日はドゥクーニンクトレインの強烈なリードアウトによってスピードアップしていなかった」と書いている。

実際、そういった要素もありそうだ。今回、ビンクバンク・ツアー第5ステージとブエルタ・ア・エスパーニャ第4ステージという2つの敗北についても、いずれもドゥクーニンク・クイックステップが十分に機能した日であった。

 

結局、不利なポジションであったとしても、ドゥクーニンク・クイックステップのような強力なライバルがいなければ、独力で勝利を掴み取ることもできる、とは言えるのかもしれない。

となれば、来期の彼のチームが気になるところ。もし彼が噂通り本当にドゥクーニンク・クイックステップに行くのであれば、彼の「弱点」もほぼ埋められてしまう可能性があるということなのだから。

 

 

サム・ベネットの今後について

サム・ベネットは今年29歳になるアイルランド人であり、2014年に現チームの前進であるチーム・ネットアップ・エンデューラに移籍する形でプロデビューを果たす。

その後、チームはペテル・サガンという大スターを受け入れてワールドツアーに昇格するわけだが、叩き上げとも言える彼もまた、そのサガンに次ぐセカンドエースと言うべきポジションにまで自力で這い上がってきた。

 

今年に関して言えば、サガン以上どころか、全選手中でも最多クラスの12勝をシーズンで挙げている。名実ともに現役最強スプリンターの1人となっている。

 

そんな彼が今、長い時間を過ごしたドイツチームから去ろうとしている。チームにはすでにもう1人の強力なピュアスプリンター、パスカル・アッカーマンの存在もある。よりエースとして確実に走れる環境を求めて、ベネットは様々な可能性を残した状態で、どのチームとも契約を保留した状態で現在を過ごしている。

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有力な移籍候補として噂されていたのがドゥクーニンク・クイックステップである。前述した通り、ここ1ヶ月のベネットの敗北は常にこの青いベルギーチームによってもたらされてきた。彼らの最強トレインが作り出す高速展開とベネットのポジション取りの失敗が重なりさえしなければ、彼は常に最強であり続けることができたはずだった。

だから、そのトレインを自らのものとすることができれば、彼はより隙の無いスプリンターになれるはずだった。エリア・ヴィヴィアーニを失うドゥクーニンクにとっても、最も手に入れたいスプリンターの1人であるはずだ。ヤコブセン、ホッジの存在もあるものの、彼らがマルセル・キッテルやエリア・ヴィヴィアーニの域に達するまでにはまだ少し時間が必要なようである。

 

ただ、それでも契約は確定していない。チームとしてはwin-winの関係のようには感じる。懸念点があるとすれば、その金額面であろう。ドゥクーニンクが契約とその費用に対して非常にシビアな考え方を持っているのは周知の通りである。そして上記のCyclingnewsの記事を見る限り、ベネットもまた、自らの価値を安売りしたくはないと考えているようだ。

 

もしドゥクーニンクでなければどのチームに行くべきか? もしかしたら、ビンクバンク、そしてブエルタにおいて、いずれも強力なリードアウト劇を演じながらも最後の最後はエースの差によって敗北を喫したトレック・セガフレードというのも、面白い選択肢なのかもしれない。

 

いずれにせよ、その「行先」が判明するまでそんなに長い時間はかからないだろう。ブエルタが終了するそのときまでには、何かしらの確定的な報道がされそうだ。

 

 

あとはこのブエルタで、どこまで彼がその強さを引き続き見せることができるか。

今日のステージも「もしかしたら」集団スプリントが行われるかもしれない。ちょっとだけ期待しながら、LIVE放送開始を待つことにしよう。

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*1:残り1km時点で25番手の位置にいたトレック・セガフレード。そこから残り200mで先頭にまでエドワード・トゥーンスを引き上げたジョン・デゲンコルブの走りはこの日随一のものではあった。

*2:ボーラ・ハンスグローエ自体がタダ乗り型、というわけではない。たとえばパスカル・アッカーマンは、盟友リュディガー・ゼーリッヒなどを活用した典型的なトレイン型で勝利を掴むタイプである。ボーラはどっちにも対応できるチームだ。

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