2019年シーズン最初の「北のクラシック」を制したのは、2018年未勝利でワールドツアーとしては3年ぶりの勝利を掴んだ元シクロクロス王者、ゼネク・スティバル。
今年34歳になるベテランは、ようやくフランドル・クラシックでの初勝利を手に入れた。
クイックステップとしても、2005年のニック・ナイエンス以来のオンループ勝利。
その勝利の鍵は、昨年のクイックステップが得意とした「数の有利」ではなく、個人vs個人の対決に持ち込まれた中、絶対的優勝候補ファンアーフェルマートに対して的確なタイミングでの攻撃を選んだ、スティバルの「判断の勝利」であった。
いかにして5名に絞り込まれたか
200kmに及ぶコースには12ヵ所のパヴェ区間と13ヵ所の急坂。気温は12℃と例年より比較的暖かったものの、午前中に降った雨が路面を滑りやすくしており、勝負所で選手たちがトルクをかけきれない状況を生んでいた。
そんな中、勝負が動きを見せたのは、ゴール前43kmに位置する8番目の急坂「モレンベルグ」。
ここでチーム・ユンボ・ヴィスマのダニー・ファンポッペルが集団を強力に牽引。北のクラシック向きとはいえない彼が、エースのワウト・ファンアールトのため、この早いタイミングで勝負を動かしにきた。
結果、集団は分裂。セップ・ファンマルクやニキ・テルプストラなどの優勝候補を置き去りにして、先頭は以下の17名によって構成された。
- イヴ・ランパールト(ドゥクーニンク・クイックステップ)
- ゼネク・スティバル(ドゥクーニンク・クイックステップ)
- ティシュ・ベノート(ロット・スーダル)
- ティム・ウェレンス(ロット・スーダル)
- ダヴィデ・バッレリーニ(アスタナ・プロチーム)
- アレクセイ・ルツェンコ(アスタナ・プロチーム)
- ディラン・トゥーンス(バーレーン・メリダ)
- ソンニ・コルブレッリ(バーレーン・メリダ)
- ジャンピエール・ドリュケール(ボーラ・ハンスグローエ)
- ダニエル・オス(ボーラ・ハンスグローエ)
- ワウト・ファンアールト(ユンボ・ヴィスマ)
- ダニー・ファンポッペル(ユンボ・ヴィスマ)
- グレッグ・ファンアーフェルマート(CCCチーム)
- オリバー・ナーゼン(AG2Rラモンディアル)
- マッテオ・トレンティン(ミッチェルトン・スコット)
- イアン・スタナード(チーム・スカイ)
- バプティスト・プランカールト(ワロニー・ブリュッセル)
このうち、チームメートと共に残れたドゥクーニンク・クイックステップ、ロット・スーダル、アスタナ・プロチーム、バーレーン・メリダ、ボーラ・ハンスグローエ、ユンボ・ヴィスマの6チームが有利な展開を作っていけるように思えた。
しかし、残り30kmを前にして、ルツェンコを中心に集団が一気にペースアップ。これに喰らいつく形で、ユンボ・ヴィスマを除く上記5チームの「アシスト側」とファンアーフェルマートが集団の前方に固まっていく。
ユンボ・ヴィスマの場合、すでに先ほどのプッシュで力をほぼ使い切っているファンポッペルが前に出られないため、本来であればファンアーフェルマート同様にファンアールト自身が前の方に出るべきだった。しかし、本人も「今日は自分のベストな日ではなかった」と認める通り、一流のライダーたちと戦うにはまだ十分ではない足を見せて後方に退いていった。
そして、事件が起こったのは残り29km。
濡れた路面にタイヤを滑らせたティシュ・ベノートが転倒。
後方のランパールトら10名を足止めし、先頭は抜け出ていた以下の6名に絞られた。
- ゼネク・スティバル(ドゥクーニンク・クイックステップ)
- ティム・ウェレンス(ロット・スーダル)
- アレクセイ・ルツェンコ(アスタナ・プロチーム)
- ディラン・トゥーンス(バーレーン・メリダ)
- ダニエル・オス(ボーラ・ハンスグローエ)
- グレッグ・ファンアーフェルマート(CCCチーム)
残る10名はすぐ背後に迫っていたメイン集団に飲み込まれ、先頭6名とテルプストラやマシューズを先頭にしたメイン集団との追走劇が始まった。
この中で最も積極的な動きを見せたのがファンアーフェルマートであった。直後の11番目の急坂「エルフェレンベルグ・フォッセンホール」でも先頭でプッシュを仕掛ける。
勝負所「カペルミュール」でも、彼は先頭に立ってダニエル・オスを引き千切るほどの猛プッシュを見せていく。
それもそのはず。彼以外のメンバーは後続にチームメートが控えており、積極的に前を牽く理由などなかった。また、6名の中で最も優勝候補と言えるのがファンアーフェルマートであった。
この体制の中で、ファンアフェルマートが力を使わざるを得なかったことが、最後の展開を生む要因の1つとなっていたようだ。
その瞬間
最後の勝負所カペルミュールを越えて、なお追走集団とのタイム差を保つことに成功した先頭5名。ほぼ勝負はこの5名に絞り込まれたと言ってよい。
そうなると、やはりファンアーフェルマートは判断を迫られる。
この5名であれば最強はファンアーフェルマート。スプリント勝負となれば、スティバルにはやや勝機があるものの、基本的にはファンアーフェルマートが圧勝することが予想されるだろう。
となれば逆に警戒しなければならないのが、ウェレンスやルツェンコによる終盤のアタック。
それこそ昨年のヴァルグレンのような攻撃が考えられ、そうなったときに追走のせきにんを負わせられるのは間違いなくファンアーフェルマートであることは、彼自身もよく分かっていた。
だからこそ、ゴール前13kmに用意された最後の急坂ボスベルクで、ファンアーフェルマートは再びペースアップを図った。
スティバルは喰らいつく。それはいい。
少なくともルツェンコやウェレンスが引き千切ることができれば――しかし、ファンアーフェルマートのその狙いは果たされずに終わった。
ルツェンコも、ウェレンスも、ディラン・トゥーンスも、2人のベテランクラシックスペシャリストたちに執念で喰らいついていった。
もはや、ライバルたちを力で引き千切ることは叶わない。
ファンアーフェルマートにとっては、あとは残り10kmの平坦を、危険な飛び出しを抑え込みながら、最後のスプリントまで耐え抜けば勝ちである。
ライバルたちにとってもことはそう簡単ではない。
抜け出して最後まで走り抜ける距離でなければならない。また、自分のアタックが結果として他のライバルたちを利する形になるわけにはいかない。かと言って待ちすぎてしまえば何もできないまま勝負は終わってしまう。
タイミングが重要だった。
動いたのはラスト3km。仕掛けるならば最後のチャンスとも言うべき距離だった。
飛び出たのはティム・ウェレンス。最後のスプリントでは分の悪い彼に獲って、これ以上待つわけにはいかなかった。
スティバルがいる以上、自分の飛び出しは見逃される可能性もある、そう踏んだのかもしれない。
しかし、直前のアンダルシアでも高い独走力を見せていた彼を、ファンアーフェルマートが見逃すわけがなかった。すぐさま加速し、これを捕まえる。
その直後だった。反対側から、スティバルが飛び出す。ファンアーフェルマートも当然気づいていた。すぐに加速をかけて、これを捕まえようともがいた。
「僕はすぐさま彼を引き戻そうとした。でも、僕の足はもう、いっぱいだった」
ファンアーフェルマートは後ろを振り返り、ルツェンコが前を追いかけることを期待した。
しかしルツェンコもここまでの道中で積極的に前を牽いており、力は残っていなかった。終盤にブリッジを仕掛けようともがく場面もあったが、もはや手遅れだった。
スティバルはこのときの瞬間を振り返る。
「ティム・ウェレンスが先頭交代に入らないのを見て、彼が攻撃するに違いないと踏んだ。登り坂が含まれる残り4kmの地点で行くだろうと予想していたけれど、そのとき彼はまだ行かなかった。でも、僕はそれでも待った。そしてついにウェレンスがアタックして、ファンアーフェルマートがこれに反応したとき、道の真ん中が開いた。
――ここだ、と僕は思った」
ライバルたちの様子を冷静に見て的確に判断し、そして自分の判断を最後まで信じていたことで、最高のタイミングでの攻撃を仕掛けることのできたスティバル。
これまで何度となく勝利に最も近い位置で辛酸をなめ続けてきた男のベテランとしての嗅覚が存分に発揮された瞬間であった。
スプリントでの決着に向けて、ゴールまでの全てのカーブを頭の中に思い浮かべ、コーナーをどういう風にクリアしていくかずっと考えていたというスティバル。
しかしもはや、それを考える必要はなくなった。彼はただひたすら、自分を信じてペダルを踏み続けるだけだった。
ラスト1400mを時速56kmで駆け抜けたスティバルは、念願の北のクラシック初優勝をその手に掴んだ。
「今の気持ちを言葉にするのは難しい。とても言葉にできない。ただ、一つ言えるのは、僕はきっと必ず、大きな勝利を手に入れられる瞬間が来ると、ずっと信じ続けていたということだ。ストラーデ・ビアンケとツール・ド・フランスの勝利以来、ずっと長い間この瞬間を待ち続けていた。先週、僕は素晴らしい勝利を手に入れた。それは僕に大きな自信を与えてくれた。そしてチームも僕を信頼してくれていた。カペルミュールを越えたとき、監督のトム・スティールスが無線で僕に言ってくれた。『後ろには3人のチームメートが控えている。だが、その全員がお前のために走る。お前は自分の足を信じろ。お前は絶対に勝てる!』」
チームが連戦連勝を重ねた昨年、1勝もできなかったこのベテランライダーが抜け出したとき、チームは彼のために全力を尽くした。勝利はなくとも、その勝利を支える役割を昨年の彼が務め続けていたことを、チームはよく理解していたから。
結果、昨年の勝利の中でも取りこぼしていたこの「クラシック開幕戦」を今年は手に入れることができた。それは14年間彼らが手に入れることのできなかった勝利でもある。
今年もまた、昨年以上の結果を期待できそうだ。
ベテランも若手も、みんなまとめて勝利を求める「群れ」である限り。
「ウルフパック」は今年も止まらない。