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僕たちは常に、運命が運んできてくれたものを手に取ることしかできないーーペテル・サガンが語る、今年のクラシックシーズンの振り返り、将来、家族について

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自転車情報サイト「Cycling Tips」にて、ツアー・オブ・カリフォルニア開幕直前に行われたペテル・サガンについてのインタビューが掲載されていたので、意訳を交えながら翻訳してみた。

 

「失敗」に終わった今年の春のクラシックシーズンについてから始まり、チームメートのこと、マチュー・ファンデルポールのこと、キッテルのこと、そして将来彼がロードレースから離れるつもりはあるのかどうかーー最後には彼の兄弟や息子についての話も。

 

実にサガンらしい受け答えにクスッとする場面もあれば、はっきりとは語らないその行間に秘められた彼の想いなどを感じ取ることができたインタビューだった。

 

気になる人はぜひ、以下の原文も読んでみてほしい。

インタビュー本編の前に、インタビュアーのNeal Rogersによる今年のサガンのここまでの走りもコンパクトにまとめられている。

そして何より、彼のサガンへの思いが滲み出た美しい文章は、読みごたえ十分なものに仕上がっている。

cyclingtips.com

 

 

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クラシックシーズンを振り返って

 

ーー春のクラシックシーズンを振り返って、あなたは自分のパフォーマンスに満足していますか?

 

うーん、良かったとも言えるし、悪かったとも言えるね。僕たちは常に、運命が運んできてくれたものを手に取ることしかできない。

みんな僕が当たり前のように勝つことに慣れきってしまっているけれど、サイクリングはそう簡単なものじゃないんだ。僕はすでにたくさんのレースを走ってきたけれど、勝利に絡めないことだって沢山あった。

すでに、今年のクラシックシーズンは終わった。それは良い結果ではなかったかもしれないけれど、もう過去のことだと思っている。

僕はすでに次のレースのことしか考えていないよ。

 

ーー2015年にも似たようなクラシックシーズン*1を過ごしつつカリフォルニアに来て、そこで総合優勝していましたね。

 

たしかに、あのときは今年以上に悪かったような気がする。まあでも、僕は悪かったことはあまり気にしないようにしているんだ。毎年状況は変わるし、それを受け入れなくてはならないからね。

たとえば今年のヘント〜ウェヴェルヘムでは、最後にあんな展開になるなんて誰も予想していなかったと思う。激しい横風が吹いていて、集団は分裂していて、その先頭の集団に僕はいた。そのまま逃げ切れると思ったし、だから全力で前を牽き続けていた。

でもラスト30㎞が向かい風で、誰もが予想しなかった展開が生まれた。最後には追いつかれて、スプリントになったんだけど、ずっと前を牽いていた僕が、集団の中にいたスプリンターたちに勝つことなんて不可能だった。

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およそ180kmに渡る逃げの末に捕まえられてしまったサガン。なお、その「誰もが予想しなかった展開」を生んだのは、終盤のドゥクーニンク・クイックステップのヴィヴィアーニのための捨て身の牽引だった。 

 

 

ーーリエージュ〜バストーニュ〜リエージュに出場できなかったことは残念でしたか?

 

いや、実際、家のTVでリエージュを見たとき、出なくてよかったなって心底思ったよ。あまりにも寒そうだったからね。

 

ーーボーラ・ハンスグローエは大成功を収めた春となりました。サム・ベネット、ブッフマン、シャフマン、アッカーマンらによって23もの勝利を手に入れて。2年前にこのチームができたときは、あなただけに支えられていたチームのように感じました。でも今や、このチームは独自のアイデンティティを持っています。そのことについてどう思いますか。

 

とてもいいことだと思うよ。チームメート、とくに若い選手たちが勝ったとき、僕はすごく嬉しい。彼らに僕自身の経験を共有することで何かを与えられていた結果だったとしたら、それもとても喜ばしいことだね。

 

ーーあなたが勝てていないときにチームメートが勝っているのを見たとき、あなたはプレッシャーを感じたりはしませんか。

 

別に。たしかにそれはいくらかのプレッシャーにはなるだろうけど、それが悪いことだとは思わない。

 

ーー昨年のインタビューで、あなたは次のように聞かれていましたよね。「マチュー・ファンデルポールが2020年のオリンピックをマウンテンバイクで走ることに決めたようですが、そのことについてどう思いますか」って。そうしたらあなたは、マチュー・ファンデルポールって誰?って。

 

今はもう知ってるよ(笑)

 

ーー1年前は彼のことを知らなかったっていうのは本当ですか?

 

うん、1年前、僕は彼がシクロクロス出身であることは知っていたけど、あまり気にしてはいなかった。

 

ーー今年の春のクラシックでの彼についてはどう思っています?

 

信じられないよね。衝撃的だった。

 

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今年の春のクラシックシーズンにおいてまさに「信じられない」結果を残した怪物マチュー・ファンデルポール。アムステルゴールドレース優勝のほか、ロンド・ファン・フラーンデレンやヘント~ウェヴェルヘムでも4位に入り込んだ。

 

 

ーーマルセル・キッテルが昨日発表したことについてはどう思います?

 

え、何があったの?

 

ーー彼はカチューシャとの契約を破棄し、レースから離れることを決めたそうです。

 

えぇ・・・

 

ーー聞いてなかった?

 

初耳だよ。この5日間、ずっと忙しかったから。

 

ーー彼はこれがチームとの相互に合意した内容であり、このシーズンはもうレースを走らないと話していました。彼はしばらくレースを走らないかもしれない。それはあなたにとって驚くべきことですか?

 

プロになってから10年、この世界で僕が驚くことなんてあまりないよ。

 

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将来について、マウンテンバイク、ジロ

 

ーーあなたの今の契約は2021年までとなっています。いくつかの記事では、その後にあなたがロードレースではないものに転向するかもしれないと言うことに言及しており、その1つとしてマウンテンバイクが挙げられていました。

 

君も知ってると思うけど、ジャーナリストっていうのは大げさな話が好きなんだ。でもその答えを僕が持ってると思う?  2021年なんてまだ2年半も先のことだし、そのときに誰がどこで何をしてるかなんて誰にもわからないよ。

 

ーーあなたはまだプロロードレーサーであることを楽しめていますか?  それこそ・・・5年前と同じように。

 

そうだね、そのときより楽しめているときもあるし、楽しめていないときもある。天気が良いときはより楽しめているかな。

 

ーー5年前あなたはまだフランドルを制していませんでした。パリ〜ルーベも。世界王者にもなっておらず、6着のマイヨ・ヴェールも手に入れていませんでした。これらを手に入れた今、あなたにはまだ情熱が残っていますか?  5年前と同じようなモチベーションが。

 

僕はいくつかの記録を塗り替えてきた。マイヨ・ヴェールもそうだし、世界王者についてもそうだ。

今年、来年、また2〜3年後、どこかでまたそういったことは起こりうると思っている。たしかにいくらかのモチベーションは必要だろうね。それがなければ困難なことだから。

 

ーー私もマウンテンバイク出身なので個人的な感想になるのですが、オリンピックであなたがマウンテンバイクで走っていたときはとても興奮しました。

 

僕はそのレース、完走できてないよね?(笑)

 

ーーええ、最初の1周から地獄のようなレースでしたからね。でもあなたにはマウンテンバイクの血が流れていると思いますよ。

 

うーん、それは7年も前に失ったと思うよ。

 

ーーまだあなたは戻れると思います。

 

それは厳しいよ。もし僕が丸1年マウンテンバイクの準備に費やせるなら違うかもしれない。オリンピックのときですらツールの後の1ヶ月しか準備期間がなかったしね。さすがに厳しいよ、それじゃ。

 

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2016年のリオ・オリンピックではマウンテンバイク・クロスカントリー種目に出場したサガン。一時は3番手にまで順位を上げたものの、5.4km地点でパンクに見舞われ、車輪交換で後退。最終周回にラップされたことで、完走ならずで終わってしまった。 

 

 

ーーあなたはデビューから10年連続でツアー・オブ・カリフォルニアに出場しています。あなたのキャリアにおいて取り残されている記録が何かを考えたとき、ジロ・デ・イタリアでのステージ勝利やマリア・ローザの着用経験といったものが筆頭に挙げられそうです。しかしあなたは一度もジロに出場していません。出場してみたいと思ったことはありませんか?

 

たしかに、引退する前に一度はジロに出てみたいとは思ってる。でも春のクラシックとツール・ド・フランスの両方に出てかつジロにまで出ると考えるとさすがに厳しい。そうなると1月から10月までずっと準備をし続けなければならなくなるからね。

 

ーーそういったスケジュールは毎年シーズンが終わった後に決めているのですか? 来年のスケジュールを考えるときに、ジロのことは検討しますか?

 

そうだね、きっと。それはまだ考えたことはないけど、やるときはやるとは思うよ。

 

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家族について

 

ーーあなたの最初の、あるゆる自転車レースひっくるめての一番最初のレースのことを覚えていますか。

 

覚えているよ。それは1998年の冬に入る直前、地元の近くで行われたシーズン最後のレースだった。僕と兄のユライと一番年上の兄と、いくつかのアマチュアレースをすでに走っている父と4人で走った。彼らは完走しなかった。彼らはタバコを吸うためにバイクを降りたんだ(笑)

それはマウンテンバイクのレースだった。僕は8歳だったよ。

 

ーーどんなレースでしたか。

 

それは3日間のレースで構成されていた。初日はバイクを壊してフィニッシュできなかったけど、次の日は午前中にタイムトライアルが行われて、僕はそれに勝つことができた。午後は普通のレースで、8位か9位だったな。兄が総合優勝していた。

 

ーースロバキアではあなたと同年代の人たちがよく言ってます。「俺は子どものとき、マウンテンバイクのレースでペテル・サガンに勝ったんだ」って。

 

そうだね、そのときの僕はそこまで強くはなかった。

 

ーーそのときは今のようにずっとレースを続けると思っていましたか。

 

翌年にはシーズン中のあらゆるレースに参加していた。レースを走ってはトレーニングを重ね、たくさんのレースに勝利した。勝ち続けていたから、続けていけたんだ。

 

ーーあなたのキャリアにおける最大の指導者は?

 

ユライと、一番年上の兄、ミランだと思う。

 

ーーミランは今も自転車に乗ってますか?

 

いや、彼はもう乗ってないよ。彼は僕が8歳のときのそのレースに出たっきりだ。

 

ーーでは彼があなたに与えた影響とは?

 

自転車の世界以上に、プライベートにおいて、だね。

 

ーーユライがあなたのキャリアに与えた影響について話してもらえますか?

 

ユライなしでは、間違いなくここにいることはなかっただろうね。彼が最初に自転車を始め、僕は1年遅れで彼についていった。僕たちは自転車のサドルの上で育っていった。

天気が悪いとき、僕は雨を理由にして外に出ようとしなかった。かといって晴れていても面倒くさいから僕は行きたくないと思うときも多かった。そんなときにはいつもユライが僕を引っ張ってくれて、自転車に乗る習慣を作ることができたんだ。そうしていつの日か僕はプロになることができていた。 

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ペテル・サガンにとって何よりも心の支えで有り続けている兄のユライ・サガン。クラシックでは集団の牽引役としても非常に重要な働きをこなし続けている。

 

 

ーーユライはいつもあなたを引っ張ってくれていたんですね。

 

そう、僕はいつも彼についていった。僕が怠けていると両親はいつも言うんだ。「ユライを見なさい。雨が降っていても彼は2時間バイクでトレーニングしている。あなたは座ってひたすらプレイステーションをしているだけ」って。そんなときには僕も「でも僕は怠け者だから!」って返すんだけどね。少しずつ僕もまともになって、やがていつも一緒になってトレーニングするようになる。

 

ーー怠け者じゃなくなったのはいつ頃ですか?

 

今も怠け者だよ(笑)  ベッドに横たわって何もしないことが許されるならそれを一番したいくらいだ。

 

ーーあなたの才能についてみんなが話すのを聞いていて、私はあなたがとてもとてもハードなトレーニングをしているものだと思っていました。

 

そんなこと誰が言ってたの?

 

ーーどこかでそんな風に書いてあるのを見たか、もしくはポッドキャストで聞いた気がします。あるいは、誰かが私に話したか・・・たとえばTimmy Duggan やTed Kingといったキャノンデール時代のチームメートとか。違うんですか?

 

さぁね。自分のトレーニングのやり方と「すごいハードなトレーニング」との違いなんてわからないしね。

 

zatsukan.ltd

サガンのトレーニングに対する姿勢や考え方について言及されている記事。

 

 

ーー父になったことはあなたにどのような影響を与えましたか?

 

父親になれたことはとても嬉しい。もっと家にいたいと思っている。けど、自分にはするべきことがあって、それはあと数年の間の辛抱だと思っている。

時々、自分が何をすべきなのか迷うことがある。少しでも自由な時間があれば、彼と過ごすために全力を尽くすようにしている。

 

ーーあなたのこれまでのキャリアを振り返ったとき、その結果如何に関わらず、あなたにとって最も最高な1日だったと考えるのはいつですか?  あなたにとって最高の思い出は?

 

結果じゃなくて、感情的な意味で?

 

ーーええ。あるいはあなたにとって最もロードレーサーであることを楽しめた瞬間、と捉えてもらっても良いです。

 

marlonが生まれた瞬間かな。そのときこそが、僕の人生にとって最高の瞬間だった。それが僕の最大の達成だよ。

 

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↓その他のインタビュー翻訳記事はこちら↓

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↓ツアー・オブ・カリフォルニアの全ステージレビューもしています↓

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*1:2015年はカリフォルニア開幕時点でティレーノ~アドリアティコでの1勝のみだった。

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