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「北のクラシック常勝軍団」における、ボブ・ユンゲルスの役割とは?

3/29(金)に行われた「ロンド前哨戦」E3・ビンクバンク・クラシック(旧レコードバンク・E3ハーレルベーケ」)。

残り60kmから単身集団を抜け出して逃げ集団に合流し、さらにそのグループを突き放して残り25km地点から独走を開始。

最終的に追走小集団に捕まるものの、そこに含まれていたチームメートのために献身的な牽引を続け、その勝利を全力でサポートしたのが、ドゥクーニンク・クイックステップのルクセンブルク王者ボブ・ユンゲルスであった。

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今年既にクールネ~ブリュッセル~クールネにて優勝。 

本来はTTスペシャリスト、あるいはジロ・デ・イタリアで2度新人賞に輝くなど、オールラウンダー候補として育てられてきた彼が、今年初めて本格的にクラシックに参戦し、早速成果を出している。

 

なぜ、彼がここまでドゥクーニンク・クイックステップの「北のクラシック常勝軍団」にフィットしたのか。

その脚質と、求められた役割について考察する。

 

 

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グランツールライダーとしての成長

ユンゲルスは1992年にルクセンブルクの首都ルクセンブルク・シティで生まれる。

同年代の有力選手としてはジュリアン・アラフィリップやイェーツ兄弟などがおり、黄金世代と並ぶ順・黄金世代の一員である。

2009年、2010年共に、ロード・個人タイムトライアル・シクロクロスの全てで国内ジュニア王者となり、シュレク兄弟の次に来る才能として期待された。

2010年にはジュニア世界選手権個人タイムトライアルも制する。

 

2011年にU23カテゴリに昇格しても変わらずロード・個人TTの国内王者となった彼は、2012年の育成チーム加入を経て、2013年よりルクセンブルク籍のトップチーム「レディオシャック・レオパード(現トレック・セガフレード)」にてプロデビューを果たす。シュレク兄弟も当時在籍していたチームだ。

2013年にエリート入りした彼は、以後5回のロード国内王者、4回の個人TT国内王者に輝いている。

 

チームがルクセンブルクのスポンサーを失い米国籍に変わったのを受け、2016年からはクイックステップに移籍。

TTでの勝利自体は意外と多くないが、その独走力でもってエーススプリンターのための集団牽引やステージ終盤での独走逃げ切り、そして登坂力も併せてのオールラウンダーとして、ステージレースでの総合成績を狙う存在として重宝された。

 

実際、2016年のジロ・デ・イタリアでは総合6位と新人賞。2017年にも総合8位と新人賞を手に入れ、ベルギーチームの総合エース候補として大いに期待されることとなった。

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しかし、2018年に初出場したツール・ド・フランスでは総合11位とイマイチな結果に終わる。

一方スペイン人のエンリク・マスが同年のブエルタ・ア・エスパーニャで総合2位。チームの総合エースとしての期待の眼差しは彼に向けられ、今年のツールのエースの座も、彼が優先されることとなった。

 

 

2019年、ユンゲルスは再びジロ・デ・イタリアで総合成績を追い求める。

実際、TTの総距離の長い今年のジロ・デ・イタリアは、クライマー有利の今年のツール・ド・フランスよりもユンゲルスに向いていると言えるだろう。

 

今年のジロはTTが得意な選手にとっては特に面白いコースと言えそうだ。1週目のコースはそこまで難しくなさそうに見えるけれども、いくつかのステージは展開を予測することが難しい。クライマーやスプリンターが有利だ、と確信して言えないようなステージなので、そこではギャンブルのような展開になりうるだろう。僕はそういうタイプのステージが大好きなんだ。

 それがジロの素晴らしいところだと思っている。それはツールのようにコントロールされたレースとは違う。それは僕にとても合っているように思う。ガヴィアやモルティローロといった厳しい登りもあるけれど、個人TTも約60kmもあるしね*1

 

混戦が予想されるジロでのステージ勝利、そして難関山岳を乗り越えての総合上位狙いを宣言するユンゲルス。

今年のジロは再び、グランツールで活躍する彼の姿を見ることができるかもしれない。

 

 

 

しかし、今年の彼はもう1つの目標を抱いていた。

クラシック、とくにプロデビュー初年度にドワーズ・ドール・フラーンデレンとパリ~ルーベに参戦して以来となる、北のクラシック挑戦である。

 

 

新たな挑戦

元々アマチュア時代にU23版パリ~ルーベを制したこともあるユンゲルス。

昨年、リエージュ~バストーニュ~リエージュを制したことで、クラシックという「新たな挑戦」への意欲が彼の中で芽生え始めた。

 

そのことについて(スポーツディレクターの)トム・スティールスとよく話し合った。彼は僕がフランダースで良い走りをすることを確信してくれたようだった。彼のような監督はその確信がなければそういったレースへの出場を許してはくれない*2

 

今年のユンゲルスのスケジュールは、3月頭の「フレーミッシュ・オープニング・ウィークエンド(オンループ・ヘットニュースブラッドとクールネ~ブリュッセル~クールネ)」から乗り込み、パリ~ニースを挟みながら「ドリダーフス・ブルージュ・デパンヌ」「E3・ビンクバンククラシック」「ドワーズ・ドール・フラーンデレン」そして「ロンド・ファン・フラーンデレン」に至る本格的なフランダース・クラシックのメニューである。

そのために彼は、本来彼が得意としているはずのアルデンヌ・クラシックのうち「アムステルゴールドレース」と「ラ・フレッシュ・ワロンヌ」の出場をパスし、「リエージュ~バストーニュ~リエージュ」にのみ出場する。そのあとはジロだ。

 

昨年結果を出したアルデンヌもほとんど捨てて、ジロのためにステージレースでの経験を積むでもなく、初挑戦の北のクラシックに挑むことは、チームにとっても大きなリスクとなるはずだった。

 

しかしチームはそれを許した。

ユンゲルスが語るように、トム・スティールスの胸中には確信があったようだ。

すなわち、ボブ・ユンゲルスという存在は、北のクラシック最強チームとしてタレントを揃えているはずのクイックステップにとっても、なおなくてはならない存在であるという確信が。

 

そして、その確信は現実のものとなった。

 

今年の北のクラシックで彼は、驚くべき成果を叩き出していった。

 

 

フレーミッシュ・オープニング・ウィークエンド

初挑戦となる本格的なフランダース・クラシック参戦。

その開幕戦となった「フレーミッシュ・オープニング・ウィークエンド」すなわち3月頭のオンループ・ヘットニュースブラッド&クールネ~ブリュッセル~クールネにおいて、彼はいきなりの成功を収めた。

 

まずは、かつてのロンド・ファン・フラーンデレンで用いられた伝説的なフィニッシュレイアウト、すなわち「カペルミュール」から「ボスベルグ」に至るレイアウトを採用したオンループ・ヘットニュースブラッド。

残り43km地点モレンベルグでのユンボ・ヴィスマの牽引により絞り込まれた17名の中には入れなかったものの、そこから優勝者スティバルを含めた5名が抜け出した後、残った集団と追走集団とが合流した13名の第2グループの中に彼の姿があった。ランパールトとジルベールと同一集団である。

カペルミュールを始めとした強烈な石畳激坂に対しても、彼の足がしっかりと対応し続けたことを意味していた。

 

そして翌日に開催されたクールネ~ブリュッセル~クールネ。

前日ほどにはフランドルらしさを残さない、スプリンター向けのクラシックではあったものの、それでもオウデクワレモントやクルイスベルグなどのフランドル特有の激坂が設定され、決してイージーではないレースである。

 

例年通りオウデクワレモントでランパールトやスティバルを含むクラシックスペシャリストたちがペースアップを図り、フルーネウェーヘンやアッカーマンなどの優勝候補スプリンターたちを突き放す。

しかし例年はこのあとの長い平坦区間で遅れたスプリンターたちも追い付き、結局は集団スプリントになる、という展開。今年もほぼそれと同じ状況になった。

 

ただ1人、残り60kmでこのクラシックハンターたちのグループから抜け出し、喰らいついてきたナーセンやラングフェルドたちも残り15kmで切り離して独走を開始した重機関車ユンゲルスの存在だけが誤算であった。

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クワレモントを越えて形成された精鋭集団の中で、僕はただ、ペースを上げるだけのつもりだったんだ。そうしたら突然、僕の周りには4人しかいなかった。その5人の中で僕が最も足があった。だから集団が近づいてきたとき、僕は何かしなければと思った。

 正直、まだ20kmも残っている中で、しかも向かい風で、逃げ切るなんて不可能だと思ってた。でも後ろの集団で、チームメートたちが僕のために完璧な仕事をしてくれた。僕はこのチームでこのレースを走れたことを本当に嬉しく思うよ*3

 

このときユンゲルスは、彼が北のクラシックを走る意味というのを完璧に理解したことだろう。そして「北のクラシック常勝軍団」の中で彼が果たすべき役割というものを。その役割を果たしたとき、彼のチームメートたちは彼のために、彼をクラシックのエースとして認め、全力のアシストをしてくれることを。

彼はこのときウルフパック・フランダースチームの仲間入りを果たしたのだ。

 

 

そして先週末の「ミニロンド」ことE3・ビンクバンククラシックで、ユンゲルスは再び彼の役割を全うした。

 

 

E3・ビンクバンククラシック

E3・ビンクバンククラシックはロンド・ファン・フラーンデレンでも重要な勝負所となる石畳急坂を数多く含み、正真正銘のロンド前哨戦となる本格的なクラシックレース。

例年、ボーネンベルグこと「ターインベルグ」にて最初の大きな動きが巻き起こるが、今年もここでペテル・サガンやダニエル・オス、ダニー・ファンポッペルらが集団を強力にペースアップし、ライバルたちの足を削りにかかる。

集団が落ち着きを取り戻したのも束の間、残り66km地点の「ボーインベルグ」にてボーラのペストルベルガーやスティバルらが猛プッシュを仕掛け、再び集団は分裂。

そして残り61km地点。ここでボブ・ユンゲルスが単独で抜け出し、続く「スタシオンベルグ」で6名に削られた逃げ集団に合流した。

このとき逃げ7名とメイン集団とのタイム差は27秒。

 

ユンゲルスは合流した後もひたすら前を牽き続けた。

その牽引は凄まじく、パテルベルグに突入する直前の段階でタイム差は1分を超える。

これに危機感を抱いたCCCチームのアシスト(ヴィシニオウスキー?)が超全力の牽引。彼が千切れたあとはファンアーフェルマート自ら集団を牽引にかかった。

 

しかし残り43km地点から始まる今大会最大の勝負所の1つである「パテルベルグ」。

側道の石畳でない部分を利用して一気にペースアップを図ったユンゲルスによって、逃げ集団は崩壊し、ネオプロのU23世界王者マルク・ヒルシとモビスターのヤッシャ・ズッターリン、そしてカチューシャのニルス・ポリッツのみがこれに喰らいついていった。

 

メイン集団も完全に絞り込まれ、追走集団にはサガン、ファンアーフェルマート、ナーセン、トレンティンなど。

そしてここにしっかりとゼネク・スティバルが入り込んでいたことで、今回もドゥクーニンク・クイックステップは必勝態勢を作り上げていた。

 

そして残り30kmを前にして突入した「カルネメルクベールストラート」。

2016年にサガンとクヴィアトコウスキーが抜け出したこの森の中の登りで、ついにユンゲルスは独走を開始した。

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残り20km付近の最後の急坂「ティーヘムベルグ」でファンアーフェルマートが全力牽引を見せ、ファンアールト、ベッティオルと共にユンゲルスを追走していく。

しかしこの中にもスティバルがきっちりと入り込み、タイム差が縮まっていく中、着々と足を貯め続けていた。

 

そして残り7kmで追走4名がユンゲルスに合流。

ファンアールトはなおも足を残しているように見えたが、スティバルとユンゲルスの波状攻撃によってこれも削りにかかる。

ラスト1kmは一度遅れたユンゲルスが再び先頭について牽引。

ファンアーフェルマートは当然ここまでの追走で完全に足を失っており、スティバルが余裕の勝利を飾った。

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今日、僕はスタシオンベルグの前の登りでボブに言った。『この登りは君がアタックするのにとても向いていると思うよ。逃げもそう離れてはいないしね』と。誰もが彼のクールネでの成功を知っていて、それが彼にとっての自殺行為だと思うことはなかった。

 彼とのギャップを埋めるためにファンアーフェルマートたちはとにかく足を使わざるを得なかった。彼らのパテルベルグやティーヘムベルグでのアタックについていくのは大変だったけれど、僕はただ、彼らを疲れさせることだけを考えた。そしてそれは成功した*4

 

勝負を動かし続けたユンゲルスの献身によって実現した、スティバルの今期2つ目のワールドツアー勝利であった。

 

 

「北のクラシック常勝軍団」における、ボブ・ユンゲルスの役割とは?

かくして、北のクラシック本格参戦初年度ながら、早速チームの勝利に貢献する動きを見せ続けているユンゲルス。

その動き方はいずれも同様で、その独走力を活かした「逃げ」によるレースコントロールである。

そのまま逃げ切ることはもちろん、これを警戒して他チームが作った動きに確実にメンバーを乗せていくクイックステップ。

ユンゲルスはしっかりと、「北のクラシック常勝軍団」の一員として、その戦略プランに組み込まれる走りを実現していた。

 

思えば、昨年これと似た働きをしていたのがテルプストラだった。

E3、ロンド本戦のいずれも、オランダ国内選手権ITTでも上位常連の彼の独走力を活かし、先行でロングエスケープを開始。

追走集団をジルベールなど他のクイックステップの面々が攪乱することで、勝利を掴んだ。

 

ユンゲルスは独走力においてはテルプストラ以上である。

あとは石畳への適性だが、それもまた問題がないことをこの3月に示した。

スティールスの見立ては間違っていなかった。ユンゲルスはチームを抜けたテルプストラに匹敵する、チームの北のクラシック勝利には欠かせない存在となっていた。

 

たとえば珍しくクイックステップが後手に回った今回のヘント~ウェヴェルヘムでも、ユンゲルスがいればもしかしたら違った展開を迎えていたかもしれない。

 

 

ユンゲルスの次のレースは水曜日のドワーズ・ドール・フラーンデレン、そして日曜日のロンド本戦である。

ロンド本戦でも再びその独走力が発揮されることを期待したいが、今回は側道を進むことができた勝負所の激坂も、本戦ではその側道を埋められてしまう。

その状況の中で、果たして同じような強力な走りを見せられるか。

 

 

いよいよクライマックスを迎える今年の北のクラシック。

強力なメンバーを新たに加えた新生「常勝軍団」は、「クラシックの王様」で果たしてどんな走りを見せてくれるのか。

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