1週目から波乱に満ちた展開の続く今年のジロ・デ・イタリア。
第3ステージでは先頭でフィニッシュラインを通過したエリア・ヴィヴィアーニが、レース後に降格処分と厳しいチクラミーノのポイント剥奪の裁定が下された。
なぜそのような動きが巻き起こったのか。
その分析をするべくラスト1㎞を見直してみると、この日のラスト1㎞は各チームのアシスト、エースが実に巧みな動きをしてみせた見応えのあるステージとなっており、そういった部分も含めて解説をしていきたいと思う。
後味の良くない終わり方をした第3ステージだったが、それも含めてロードレース。
そしてそんな日にも、一流選手たちの奇跡的な戦術の美しさに魅せられる瞬間がある。
単に「嫌な1日だったね」で終わるには勿体なさすぎる。
彼らの残した「芸術」を確認していこう。
残り1km。
強烈な向かい風を受けながら「海の上の道」を行くプロトン。その先頭はボブ・ユンゲルス。その後ろにはグルパマFDJが3名、その後ろにヴィヴィアーニを引き連れたドゥクーニンクのアシストと、左からはアッカーマンを引き連れたリュディガー・ゼーリッヒの姿が。
モスケッティはしっかりとアッカーマンの後輪を捉えるべく、位置取り合戦を行っていた。
残り500mを切って、連続する2つの直角コーナー。
ここで集団の先頭に陣取っていたグルパマFDJの選手たちが失速し、代わって先頭に飛び出してきたのはアッカーマン。そしてモスケッティがここでアシストのいない単独でありながら、見事にアッカーマンに喰らいつく。
逆にヴィヴィアーニは少しだけ離されてしまう。
しかしここから、ヴィヴィアーニの前にいた2人のドゥクーニンク・クイックステップのアシストが見事な働きを見せる。
すなわち、少し遅れたヴィヴィアーニを牽き上げ、アッカーマンたちのすぐ後ろにまで連れていったのだ。
しっかりと前に上がってきたリュディガー・ゼーリッヒは、そのままアッカーマンをリードアウトして、グルパマFDJのトレインよりも前に抜け出ていった。このあたり、彼のリードアウターとしての成長が見られる。
そしてヴィヴィアーニはモスケッティと並ぶ位置にまで上がってくる。
一方、ヴィヴィアーニを引きあげるという重要な役割を果たしたサバティーニは、最後にもうひと仕事をこなすために左側から加速していく。
第2ステージで勝利したアッカーマンの真後ろは、この日の優勝を狙う者にとっては絶好のポジション。だからモスケッティも全力でそこを確保しようとしたし、チームメートに助けられてなんとかそのポジションに近づけたヴィヴィアーニも、絶対にそこを獲得するために策を練る。
グルパマFDJのデマールに寄せられながらも、ヴィヴィアーニは執念でアッカーマンの番手を取ろうとモスケッティに対して柔らかく、ソフトに肩で押していく。
このときモスケッティは過度にふらつくことなどなく、しかしはっきりとアッカーマンの後輪というベストなポジションを奪われてしまった。
このあたり、経験の差である。ヴィヴィアーニは上手く、そしてモスケッティはまだ、慣れていなかった。
そして、左側からはさらにサバティーニが前に抜け出ていく。
すでにヴィヴィアーニが自分の後ろにいないことは分かり切っていたはず。
では、なぜ彼はここでスプリントを開始したのか?
いわば、これは「囮」だと私は思っている。
この時点で残り250m。通常のスプリントであれば、十分にベストなタイミングと言えるが、この日は強烈な向かい風。その中でこれだけゴールまで距離がある位置からスプリントを開始しては、いかにパワーのあるスプリンターであっても、最後まで加速が持つとは思えない。
アッカーマンも、本来であればそのことに気がついていてもおかしくはない。
しかし、そこに左から現れる、ドゥクーニンクの名発射台の存在。
これを見てアッカーマンは、少し早めのスプリントを開始した。
当然目標はサバティーニ。
そしてヴィヴィアーニは、このアッカーマンの背中にすぐさま飛び乗った。モスケッティはポジション争いに敗れ、ヴィヴィアーニの背後に回る羽目に。
なお、ガビリアはこの一連の流れの中、アシストも失い、集団の中盤あたりに取り残されていた。
このまま先頭でフィニッシュに向かうにはあまりにも厳しすぎる位置だった。
残り200m。
当然、サバティーニはすぐにペースダウンして下がっていく。
アッカーマンはもしかしたら、このとき「やられた!」と思っていたかもしれない。
いずれにせよこの時点で、ヴィヴィアーニは完全に必勝ポジションを位置どることに成功したのである。
このあと降りていくサバティーニは一瞬ヴィヴィアーニの方をちらりと見る。
もしかしたらその顔には、してやったぜ、という表情が浮かんでいたかもしれない。
なお、ガビリアは単身で、着実に番手を上げつつあった。
残り100m。
いよいよアッカーマンは苦しくなってきた。そして、その背後から、ヴィヴィアーニがついに飛び出そうと動き始める。
モスケッティも当然、同じタイミングで抜け出さなければならない。となれば、ヴィヴィアーニの動きに合わせて、彼もまたさらに左手から前へと抜け出す。
これが、スプリンターであれば当然考える動き方のイメージである。
しかしここで悲劇が起こる。
強い向かい風にバランスを崩したのかもしれない。
ヴィヴィアーニは本来想定される以上に左に行き過ぎてしまった。
さすがのモスケッティも、余裕をもって左に移動したつもりが、まさかの目の前に現れたヴィヴィアーニの姿に、転倒しないようにバランスを取るだけで精一杯であった。
逆に、徐々に番手を上げつつも行先を失い、ヴィヴィアーニたちの後塵を拝すことが確定的であったガビリアにとっては、まさに僥倖のようにして目の前に最適な道が開かれたことになる。
いわば、ガビリアは自ら(とチーム)の失策でポジション取りに失敗していた中、ヴィヴィアーニのお陰で勝利への道を手に入れることができたのである。
あとはご存じの通りである。
すでにアッカーマンは失速中。このまま順位を下げる以外のことはできない。
いずれにせよベストな位置を手に入れることのできたヴィヴィアーニはそのまま加速。ガビリアもその強力な足はまだ残っていたため、このままラスト75mの超加速によってヴィヴィアーニに次ぐ2位に入り込む。
スプリント開始のタイミングで前を塞がれたモスケッティはどうすることもできず、十分な加速もできないまま沈んでしまった。
結局、あのときの「左に行き過ぎてモスケッティの進路を塞ぐ形となってしまった」ことを、斜行と判定されてヴィヴィアーニは集団最後尾への降格。
だけで済めばまだよかったが、さらにはマリア・チクラミーノのポイントを50ポイントも剥奪され、2年連続のチクラミーノ獲得に向けてかなり分が悪い状態に持ち込まれてしまった。
ヴィヴィアーニのあの動きを「斜行」と判定する是非については場外でも議論がされている。
まずもって、これがモスケッティの進路を妨害するという意図をもって行われたことなのかどうかについては、正直ノーと言わざるを得ないと思われる。
残り100mできっちりとアッカーマンの背中に待機できていた時点で、ヴィヴィアーニの勝利はほぼ揺るぎなかった。あとは余計なリスクを減らすだけであり、それこそあきさねゆうさんが動画でも述べているように、自分の目の前にアッカーマンが覆いかぶさってこないように大きく左に進路を取る必要があったのかもしれない。
だが、結果としてその行為が、モスケッティの進路を妨害することになってしまった。
こういったとき、審判団はその「意図」でなく「結果」でもって判定する。
それは2年前のツール・ド・フランスでも同様に用いられた基準である。
もしこのときモスケッティが落車でもしていたら、もしかしたらヴィヴィアーニのレース除外ということすら、あり得たかもしれない。
これを厳しいとみるか、ナンセンスと取るかは難しい問題である。
ハナから危険な行為を選手たちに強いているとはいえ、その危険をできるだけ抑制するような縛り付けを行うことはある意味ではレースコミッセールの義務だとも思っている。
その行為を批判するつもりはなくとも、落車させてしまいかねない、させてしまった結果にはそれ相応の代償を用意するという姿勢からの、「結果に対する判定」。
また、それに対するヴィヴィアーニの抗議もまた、正当なものだと思っている。
だから我々がやっていかなければならないのは、「そのとき何が起こったのか」を正確に知ること。
正確な情報なくして、憶測でイメージだけで石を投げるようなことはしないこと。
それが、命がけで戦っている彼らに対してのせめてものリスペクトの表し方だと思っている。
(上記リンクのデマールについても、そういう思いでもって書かせていただいた。今回の件でも、フランスやデマールに対する揶揄が一部で盛り上がっていたように感じたので)
いずれにせよこの日は実に後味の悪い結末にはなったものの、しかしそこで演じられた彼ら一流選手たちの芸術的な戦術は見事なものであった。
単に不快な1日としてだけ記憶されることのないよう。今回の記事がそのような意図に応えるものであることを願う。