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【全ステージレビュー】クリテリウム・ドゥ・ドーフィネ2019

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例年と比べてもカオスな展開に見舞われた8日間。前半はクラシックのような展開の連続で、驚きのニューヒーローが登場してきたかと思えば、クリス・フルームの悲劇的な離脱に続いて始まった後半の山岳3連戦では、激しい雷雨の影響で優勝候補たちが次々と脱落していく展開を迎えた。

蓋を開けてみれば、意外なポディウムとなった、というのが素直な感想だ。しかしこの頂点に立つフルサング、そしてブッフマンなどは、確かに今大会、類稀なる力を発揮し、本戦でも活躍が期待できる存在である。

そして、アスタナとイネオスのチーム力の高さも。

 

「ツール前哨戦」でこれだから、この混沌はもしかしたらフルーム&デュムラン不在のツール本戦にも引き継がれるのかもしれない。

そんな混沌にあふれた今年のドーフィネの全ステージを詳細にレビューしていく。

 

 

↓各ステージの詳細はこちら↓

www.ringsride.work

 

 

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第1ステージ  オーリヤック〜ジュサック  142㎞(丘陵)

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序盤に1級山岳、終盤に2級山岳を含む周回コースを2周ということで、逃げ切りの可能性も十分にあるステージで、6名の逃げが生まれた。

 

逃げ一覧(6名)

  • オリバー・ナーセン(AG2Rラモンディアル)
  • マグナス・コルトニールセン(アスタナ・プロチーム)
  • ニクラス・イーグ(トレック・セガフレード)
  • ファビアン・ドゥベ(ワンティ・グループゴベール)
  • カスパー・ピーダスン(チーム・サンウェブ)
  • ジュリアン・フェルモート(チーム・ディメンションデータ)

 

この中で最も逃げに適性がありそうなのがコルトニールセン。昨年のツール、そして今年のパリ~ニースでそれぞれ逃げ切り勝利を果たしている。かつてはブエルタ・ア・エスパーニャでステージ2勝を挙げるなど集団スプリントにも適性のある選手だったが、最近はもっぱらエスケープスペシャリストといった印象だ。

山岳賞ジャージに向けた積極的な動きを見せたのは元U23ヨーロッパ選手権ロードレース王者で元アクアブルーのピーダスン。この日の5つの山岳ポイントのうち、最後の2級山岳以外のすべての山岳ポイントの山頂を先頭通過。この日だけで18ポイントを稼ぎ出した。

 

決定的な動きが巻き起こったのは残り21.6kmから登り始める最後の2級山岳コート・ド・ロックナトウ(登坂距離3.6㎞、平均勾配7%)。逃げ集団も一気にバラバラになり、最も実力のあるナーセンとコルトニールセンの2人だけに。

そしてメイン集団でも、ドゥクーニンク・クイックステップが攻撃を仕掛けてきた。

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まずは登り口に至る最後の1kmで「トラクター」ティム・デクレルクが集団を猛牽引。そして登り始めと同時に、縦に長く伸びたプロトンの先頭から、ゼネク・スティバルの牽引によりジュリアン・アラフィリップがアタックを仕掛けた。

各チームの総合エースたちも集団の前の方に詰めかけ、アラフィリップの抜け出しは成功に至らず。スティバルの力を失って落ちていく。

しかし、この攻撃により、この日の最有力優勝候補であったサム・ベネットが脱落。この意味でドゥクーニンクの攻撃は確かに成功に終わったのだ。

 

しかし今度は、先頭に逃げている2名に、登りの途中でブリッジを仕掛けたビョルグ・ランブレヒトのを加えた3名が、逃げ切りの可能性を残す好走を見せ始める。

そこで、頂上から下り終えて平坦区間に至ったタイミングで、今度はダリル・インピーを従えるミッチェルトン・スコットが、クライマーも参加しての献身的な集団牽引を開始する。これによって、残り500mで逃げ3名は吸収。無事、パンチャー・クライマーたちだけを残した中規模集団でのスプリントに突入した。

 

優勝候補はミッチェルトン・スコットのエース、ダリル・インピー。あるいは、ジュリアン・アラフィリップのリードアウトを受けて放たれたフィリップ・ジルベール。

しかしジルベールの番手を取っていたインピーはつき切れ。この日は完全に足がなかった。

先頭を爆走するジルベール。これに追随するワウト・ヴァンアールトも追い抜くことができない。

しかしここで、後方から鋭いアタックを仕掛けてきたニルス・ポリッツの背中に飛び乗っていたボアッソンハーゲンが、ベストなタイミングでスプリントを開始。

最高速度はジルベールが最も速かったが、ゴールラインに至る前に失速。その背後から時速59kmで抜け出してきたボアッソンハーゲンが2年ぶりのワールドツアー勝利を勝ち取った。

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結局インピーはTOP10にも入れず。昨年はドーフィネでも1勝している彼だが、今年はかなり厳しそうだ。

逆に今年の北のクラシックで大活躍したポリッツは、やはりこういった荒れた展開でのスプリントは超得意といった感じだ。今後も、難易度の高いステージでのスプリントが予想される際には注目していきたい。

 

しかし上位勢を眺めているとどう考えてもクラシックレースのリザルトにしか見えない・・・この日の展開は、本当にクラシックさながらであった。 

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第2ステージ  モーリアック〜クラポンヌ=シュル=アルゾン  180㎞(丘陵)

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合計で8つのカテゴリー山岳が含まれ、総獲得標高も3,400m近くにまで達する難易度の高い丘陵ステージ。

当然、山岳賞ジャージや逃げ切りを狙った積極的なアタック合戦と大きな逃げ集団が生まれることは予想されていたが、その面子が信じられないくらいに豪華だった。

 

逃げ一覧(13名)

  • ジャック・ヘイグ(ミッチェルトン・スコット)
  • ブノワ・コズネフロワ(AG2Rラモンディアル)
  • ジュリアン・アラフィリップ(ドゥクーニンク・クイックステップ)
  • レミ・カヴァニャ(ドゥクーニンク・クイックステップ)
  • エマヌエル・ブッフマン(ボーラ・ハンスグローエ)
  • グレゴール・ミュールベルガー(ボーラ・ハンスグローエ)
  • ゴルカ・イサギレ(バーレーン・メリダ)
  • ルーベン・フェルナンデス(モビスター・チーム)
  • ダヴィ・ゴデュ(グルパマFDJ)
  • セップ・クス(チーム・ユンボ・ヴィズマ)
  • カールフレドリク・ハーゲン(ロット・スーダル)
  • アレッサンドロ・デマルキ(CCCチーム)
  • トム・デュムラン(チーム・サンウェブ)

 

この中でも最も衝撃的だったのはデュムランの存在であった。今大会総合優勝候補の1人に数え上げられていた男の、まさかの逃げ。確かに戦前に、ジロでの落車による膝の痛みから解放されておらず、総合争いにおいては十分な力を発揮できないだろうと告げていたが、まさか。

www.cyclingnews.com

 

だが、デュムランとしてはこの日の逃げは、まさにこの膝の調子を確認するためのものだったようだ。

 

僕は今、総合を争えるような状態にはないが、それをなんとかするために逃げに乗った。今日の膝の状態に、僕は満足している。この調子でうまくいけば、数週間後には良い状態を取り戻すこともできそうだ*1

 

さすがに彼の逃げを容認することはできず、 ゴールまで残り35kmを残してこの逃げはすべて吸収される。

その直前にカウンターとして抜け出したメンバーによって形成された新たな逃げは最終的に以下の12名となった。

 

逃げ一覧(12名)

  • アレクセイ・ルツェンコ(アスタナ・プロチーム)
  • セルジュ・パウェルス(CCCチーム)
  • パウェル・ベルナス(CCCチーム)
  • ロバート・パワー(チーム・サンウェブ)
  • ギヨーム・マルタン(ワンティ・グループゴベール)
  • フィリップ・ジルベール(ドゥクーニンク・クイックステップ)
  • ペトル・ヴァコッチ(ドゥクーニンク・クイックステップ)
  • ディラン・トゥーンス(バーレーン・メリダ)
  • ニルス・ポリッツ(カチューシャ・アルペシン)
  • ダルウィン・アタプマ(コフィディス・ソルシオンクレディ)
  • ルディ・モラール(グルパマFDJ)
  • ミカエル・シェレル(AG2Rラモンディアル)

 

そして、残り21.1kmから、この日最後の2級山岳サン・ビクター・シュール・アラン(登坂距離3.1㎞、平均勾配9.4%)の登りが始まる。頂上まで1kmを残したところでトゥーンスとマルタンが抜け出し、エスケープを開始。

そしてメイン集団でも、この登りで大きな動きが巻き起こる。まずはティボー・ピノがアタック。ここにマイケル・ウッズが追随。

開いたギャップをクリス・フルーム自ら埋めにかかり、フルサング、キンタナ、アダム・イェーツ、そしてワウト・プールスの総合優勝候補7名だけが生き残った。

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逃げから落ちてきたヴァコッチ、ルツェンコを加えた9名に対し、同じく総合優勝候補だったはずのバルデ、マーティン、ポート、クライスヴァイクといった面々は後ろに取り残されてしまう。

フルームたちのグループでも、残り5kmでピノが再度のアタック。ピノ、ウッズ、ルツェンコが先行する形となるが、フルームも自ら積極的に集団を牽引し、残り3kmでこれを捕まえた。

 

結果として、トゥーンスとマルタンの逃げは最後までフルームたちに捕まることなく20秒差でフラム・ルージュを通過。

ラスト300mの右カーブを越え、ラスト200mでマルタンが前に。そのまま懸命にペダルを踏むが、最後の最後、ラスト50mで並ばれ、最後はわずかの差で、競り負けてしまった。

ディラン・トゥーンス、およそ2年ぶりの勝利。2017年のシーズン後半に突如として勝ちまくり始めた新鋭パンチャーは、暫く苦しい時を過ごしつつ、ようやくまた息を吹き返した。

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フルームグループ9名は先頭2名から13秒遅れでゴールに。3位でボーナスタイム4秒を獲得したのは、こういった場面でのスプリントに強いアルデンヌ覇者フルサング。 

マーティンやバルデ、ポート、クライスヴァイクらの集団は、このグループからさらに31秒も遅れた集団でゴールすることとなった。

 

厳しいステージではあったが、まさかここまで総合成績に大きな動きができるとは。

驚きのステージとなった。

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第3ステージ  ル・ピュイ=アン=ヴレ〜リオン  177㎞(平坦)

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荒れた展開となった第1・第3ステージと異なり、平穏な展開が終始続いた第3ステージ。逃げもプロコンチネンタルチームの2名のみであり、スプリンターズチームも落ち着いてこれを吸収。トラブルなく集団スプリントを迎えることとなった。

 

逃げ一覧(2名)

  • カンタン・パシェ(ヴィタルコンセプト・B&Bホテルズ)
  • ナトナエル・ベルハネ(コフィディス・ソルシオンクレディ)

 

となれば、やはり最強はこの男だった。

ボーラ・ハンスグローエの「3本柱」の1人、サム・ベネット。

昨年はジロ3勝を含む年間7勝を記録したこの男が、4月に緊急加入したシェーン・アーチボルドの強力なリードアウトを受けて、圧倒的なスプリントで勝利を掴んだ。

ゴール前数十メートルですでに勝利を確信しガッツポーズを開始できるほどに余裕の勝利であった。

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一方、この日、初日ステージの3位に続き2位に入り込んだワウト・ヴァンアールトのスプリント力にも注目が集まった。

その勝利の要因を分析してみると、ポイントは「ポジション取り」と、それを可能にしたチームメートの存在があった。

そのあたりについては、下記の記事を見てほしい。第1・第3ステージのワウトのスプリントの好成績の秘訣について解説している。

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スプリンターというのは1人で勝てる場面は決して多くはない。今回のベネットにとってのアーチボルドのように、発射台によるアシストであれば分かりやすいが、最後の瞬間がたとえ1人であっても、ゴール前2~3km手前におけるアシストたちの動きが重要な役割を果たした、というときはなかなかその働きに気づきにくい。

上記の記事が、そういったところに注目をするきっかけになってくれれば幸いだ。

第1ステージのボアッソンハーゲンのように、完全に一人で勝利を掴んでしまうタイプももちろんいるけれども・・・。

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第4ステージ  ロアンヌ〜ロアンヌ  26.1㎞(個人TT)

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まずは衝撃的なニュースが飛び込んできた。レース前の試走において、クリス・フルームが時速60kmで壁に突っ込み、即時リタイア。緊急入院の末、8時間に及ぶ手術を受けることとなったという。

手術は無事成功し、なんとか命に別条はなかったものの、大腿骨骨折を始めとして怪我の具合はかなり酷く、ツール・ド・フランスはもちろん、シーズン内での復帰もかなり難しいという見方が大勢のようである。

現役引退すら可能性のある事故だっただけに、今はまだ、将来のことは考えず、ただひたすら彼の回復を祈りたい。

改めて、自転車ロードレースというものが、常に命の危険と隣り合わせのスポーツであることを思い知らされる出来事となった。

 

レース自体は、26kmと中距離級の個人タイムトライアル。獲得標高差が300m近い、それなりに登るTTであると言え、TTスペシャリストというよりは、TTにも強いオールラウンダー系の選手に有利なレイアウトであると考えられていた。

実際に、上位はそういった面々によって占められた。

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9位のフルサング、7位のアラフィリップ、5位のブッフマン、4位のクライスヴァイクなどは、オールラウンダーとしての特質を存分に発揮した成績を残すことができた。

そしてティレーノ~アドリアティコにてTTフォームの改善を明確に示していたアダムが、今回も十分に満点を与えられる好走。この日を終えて、彼は総合リーダージャージを着用している。

 

一方、本来であれば優勝候補と言ってもおかしくはないリッチー・ポートはイェーツからでも23秒も遅れての11位。明らかに本調子でないことがわかる。

ティボー・ピノもかつてはフランスTT王者に輝いたこともあるが、今回はポートからさらに2秒遅れての12位。悪くはないが、オールラウンダーとは呼べない成績で終えてしまった。ツール・ド・フランスでは、山岳ステージでのアグレッシブな走りが必須となる。

なお、TTを不得意とするナイロ・キンタナはアダムから40秒遅れの18位。ダン・マーティンは同42秒遅れの20位。そしてロマン・バルデは同54秒遅れの27位と、相変わらず弱点が弱点のまま残っており、ツール本戦でも課題として残ることが予想される。

 

そして、優勝争いである。元世界王者のデュムランは膝の怪我の痛みが残っている中で区間3位と好走を見せたものの、勝利には届かなかった。

最近TTがさらに強化されつつあるヴァンガーデレンはこのデュムランを16秒も上回る強さを発揮。総合でもアダムから6秒差の総合3位ということで、2度目のドーフィネ制覇に向けて良いポジションにつけることができたものの、この先の山岳ステージでどこまでの走りを見せられるかはまだ不安がある。

 

そして、何よりも驚異的だったのが、これらオールラウンダーすべてに対して圧倒的な差をつけて勝利したワウト・ヴァンアールト。

確かに、1時間を高強度で走り続けるシクロクロス選手は、中長距離TTとは非常に相性の良い脚質をもっているといえるかもしれないが、その事実をまざまざと見せつける結果となった。こんなこと言うのはワウトにとっては不本意かもしれないが、ファンデルポールもまた、個人TTにおいて圧倒的な力量を見せてくれそうな予感がする。

いずれにしても、これでヴァンアールトはワールドツアー初勝利。

ユンボ・ヴィズマ移籍後初勝利でもあり、春が苦い思いを味わい続けてきた分、そこからの復活を感じさせる今回のドーフィネの走りは驚きと共に嬉しさを感じさせてくれるものとなっている。

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第5ステージ  ボエン=シュル=リニョン〜ボアロン  201㎞(平坦)

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第1ステージ3位、第2ステージ2位に続き、ついにこの男が成し遂げた。

サム・ベネット、ジュリアン・アラフィリップといった強靭なスプリント力をもつライバルたちを前にして、ワウト・ヴァンアールトが圧倒的な差をつけてのスプリント勝利。

春のクラシックでの失望からの完全復活。そして、最大のライバル、マチュー・ファンデルポールに対しても引けを取らない実力を示す最高の勝利だった。

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この日も第3ステージ同様、集団スプリントの可能性が非常に高いステージとなったため、逃げの人数自体は3名と少数。しかしその中に潜んだ逃げスペシャリストのデマルキの存在が不気味であった。

 

逃げ一覧(3名)

  • ステファヌ・ロセット(コフィディス・ソルシオンクレディ)
  • アレッサンドロ・デマルキ(CCCチーム)
  • ヨアン・バゴ(ヴィタルコンセプト・B&Bホテルズ)

 

実際、3名は残り3kmまで粘り続け、その後もデマルキが単独で抜け出してギリギリまで逃げ続けようと試みた。

残念ながらこれはラスト1kmで捕まえられたものの、集団は縦に長く伸び、その先頭からフィリップ・ジルベールとエドヴァルド・ボアッソンハーゲンという、このタイミングでアタックされるとかなり危険な2名の抜け出しを許してしまった。

 

優勝候補ベネットを抱えるボーラ・ハンスグローエのシェーン・アーチボルドが全力の追走。残り400mで先頭2名を捕まえることには成功したが、その結果、ベネットはこの距離で発射台を失うこととなった。

ここからのスプリントではゴールまで届かない――そのことを良く理解していたベネットは、無理にそこから先頭で発射せず、背後にいたアラフィリップに先に行かせた。

アラフィリップはそこからスプリントを開始。しかしベネットの読み通り、これはゴールまでは届かず、失速した。

そしてその間に彼らの背後からコース右側に移動していたベネットは、残り100mでスパートを開始。失速していったアラフィリップをギリギリでかわし、ゴールラインに到達した。

 

だが、彼の誤算は、ヴァンアールトの強さだった。

彼は、アラフィリップよりも背後から、アラフィリップよりも早く、スプリントを開始していた。

本来であれば、それもまたアラフィリップ同様に失速し、ベネットの超加速の餌食となるはずだった。

しかし、彼はまったくその勢いを衰えることがなかった。それどころか、後続のアラフィリップ、そしてベネットに大差をつけて、先頭でゴールラインを突き抜けた。

ベネットにとっては、デマルキがギリギリまで耐え抜いたことや、そこからのジルベール、ボアッソンハーゲンの強烈な抜け出しというアクシデントさえなければ、第3ステージのようにアーチボルドの完璧なリードアウトによる勝利を得られるだけの確信は持っていたことだろう。

しかし、そういった只中に放り込まれ、しかもそこから、ヴァンアールトが想像を超える驚異的なスプリントを見せたことにより、完敗を喫することとなった。

 

第1・第3ステージは先の記事の通りチームメートの力を借りて上位に食い込むことのできたヴァンアールトだったが、この日は彼自身の突出した実力によって、文句なしの勝利を掴み取った。

そして、第3ステージのTTに続く勝利。ドーフィネでの同一の選手によるTT・スプリントの同時勝利は、2008年のアレハンドロ・バルベルデ以来だという。

ヴァンアールトが世界王者級の足の持ち主であることが証明された瞬間。ツールへの出場も決まったこの男の、さらなる進化が楽しみだ。

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第6ステージ  サン=ヴルバ〜サン=ミッシェル=ド=モリエンヌ  229㎞(丘陵)

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いよいよ今年のクリテリウム・ドゥ・ドーフィネも、終盤の山岳3連戦に突入することに。第6ステージは山頂フィニッシュでこそないものの、ゴール前7.5kmに2級山岳の山頂が設定され、総獲得標高も4,000mを超える高難易度ステージとなった。

逃げは3名。第2ステージでも山岳ポイント収集に積極的だったアラフィリップと、前日も逃げたデマルキを含む3名だ。

 

逃げ一覧(3名)

  • ジュリアン・アラフィリップ(ドゥクーニンク・クイックステップ)
  • グレゴール・ミュールベルガー(ボーラ・ハンスグローエ)
  • アレッサンドロ・デマルキ(CCCチーム)

 

作戦通りアラフィリップが山岳ポイントを荒稼ぎ。最後の2級山岳以外のすべての山岳ポイントを先頭通過し、この日だけで20ポイントを獲得。ここまでジャージを着用していたカスパー・ピーダスンは1ポイントも取ることができず、山岳賞ジャージを明け渡すこととなった。

連日の逃げとなったデマルキは最後の2級山岳で失速し、先頭はアラフィリップとミュールベルガーの2人だけに。スプリント力だけでいえばアラフィリップの絶対的優位と思われていたが、最後の瞬間まで意外なほどにギリギリの戦いとなり、ごく僅差での辛勝となった。

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春のクラシック以来、およそ1ヶ月ぶり以上のレース出場となったアラフィリップ。正直、彼が本当に強い時期と比べると、精彩を欠いているようには見えてしまう。

ツールまであと3週間。しっかりと調子を取り戻していき、完璧な状態でツールに突入してくれることを望む。

 

そしてこの日は総合優勝候補たちは動かず。翌日の、超級山岳山頂フィニッシュに勝負を預けることとなった。

 

 

第7ステージ  サン=ジェニ=レ=ヴィラージュ〜レ・セプ・ロー=ピペ133㎞(山岳)

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133.5kmの短距離ステージに、1級山岳が3つと超級山岳山頂フィニッシュ。総獲得標高は4,300m。歴としたクイーンステージである。そのうえに、冷たい雨が激しく降り注ぎ、選手たちを苦しめた。

そして、膝の痛みからの回復が十分ではないトム・デュムランは、この日はスタートを切らないことを選択した。(のちにツール・ド・フランス自体も回避することが決定)

 

山岳賞ジャージを確実なものとしたいジュリアン・アラフィリップを含む、大規模な逃げ集団が形成される。入れ代わり立ち代わりで人数を増やしたり減らしたりしつつ、最大で20名以上の規模となった。

そして、最後の1級山岳マルシュー峠(登坂距離10.4km、平均勾配6.1%)の下りで抜け出したルツェンコとウッズの2人も、最後の超級モンテ・デ・ピペ(登坂距離19km、平均勾配6.9%)の登りに差し掛かったタイミングで追走集団に吸収され、逃げは以下の8名のみが生き残ることに。

 

  • ジャンニ・モスコン(チーム・イネオス)
  • ミカエル・シェレル(AG2Rラモンディアル)
  • フェリックス・グロスチャートナー(ボーラ・ハンスグローエ)
  • アレクセイ・ルツェンコ(アスタナ・プロチーム)
  • マグナス・コルトニールセン(アスタナ・プロチーム)
  • ジャスパー・ハンセン(コフィディス・ソルシオンクレディ)
  • マイケル・ウッズ(EFエデュケーション・ファースト)
  • ロバート・パワー(チーム・サンウェブ)

 

登りに入るとシェレル、グロスチャートナー、モスコンが順番に落ちていき、メイン集団はモビスター・チームがアシストを次々と使い倒しながらペースアップを図る。

残り11kmで最終発射台のセプルベダが脱落すると同時にキンタナがアタック。クウィアトコウスキーだけがこれに喰らいついていく。

それまで逃げ集団でルツェンコのために前を牽いていたコルトニールセンはこのタイミングで脱落し、メイン集団の位置にまで降りてくると、今度はこれを牽引し始める。

この献身的なコルトニールセンの牽きにより、フルサング含むメイン集団はキンタナたちとのタイム差を縮めていく。

そして、途中、悪天候による映像配信の停止を挟み、残り2.6kmの段階で映像復帰。その直後にリッチー・ポートが遅れ始め、集団からブッフマンとフルサングが抜け出し、メイン集団ではマーティン、バルデ、アダム・イェーツ、ヴァンガーデレン、ピノ、プールスの6名が追走を仕掛ける形となった。

 

このまま前の2人が逃げ切りを決めるか、と思われた矢先、残り1kmで13秒差をつけられていた追走集団からワウト・プールスが強烈なアタック。

残り250mで前の2人に追い付いたプールスは、そのままの勢いでスプリントを開始。

フルサングもブッフマンももう、どうしようもなかった。アシストの役割から解き放たれたオランダ人クライマーの実力の高さを見せつける勝利となった。

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最後に抜け出したフルサングが、アダム・イェーツを8秒上回って総合リーダーに。

2017年に続く2勝目に王手をかけた。また、初めてエースとしてツールに臨むこととなるエマヌエル・ブッフマンも、今回の抜け出して総合4位にまで浮上(3位ヴァンガーデレンと1秒差)にまで迫り、バスク1周に続く調子の良さを見せつけている。

逆に調子が良くないと思われているバルデ、ヴァンガーデレン、リッチー・ポート(46秒遅れ)はその通りの結果となり、途中主導権を握っていたはずのナイロ・キンタナも、あまりにも早すぎた攻撃だったゆえか、最終的にはポートと同じ46秒遅れでのゴールとなった。

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第8ステージ  クリューズ〜シャンペリー  113.5㎞(山岳)

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1つ1つの山岳の厳しさは前日より劣るものの、距離は短く、山岳ポイントの数も多く。この日もまた、ハードなステージであることには変わりない。

総合逆転を狙うチームの「前待ち」要員(ファンバーレ、ヘイグ、グロスチャートナー、ベローナ、ライヒェンバッハ、クス、ベルナール)、および逃げ切りを狙って連日積極的な動きを見せているアラフィリップやハーゲン、デマルキ、バルギルといった面々が加わり、以下の13名の逃げが生まれた。

 

逃げ一覧(13名)

  • ディラン・ファンバーレ(チーム・イネオス)
  • ジャック・ヘイグ(ミッチェルトン・スコット)
  • ジュリアン・アラフィリップ(ドゥクーニンク・クイックステップ)
  • フェリックス・グロスチャートナー(ボーラ・ハンスグローエ)
  • カルロス・ベローナ(モビスター・チーム)
  • セバスティアン・ライヒェンバッハ(グルパマFDJ)
  • セップ・クス(チーム・ユンボ・ヴィズマ)
  • ジュリアン・ベルナール(トレック・セガフレード)
  • ニルス・ポリッツ(チーム・カチューシャ・アルペシン)
  • カールフレドリク・ハーゲン(ロット・スーダル)
  • ハーマン・パーンシュタイナー(バーレーン・メリダ)
  • アレッサンドロ・デマルキ(CCCチーム)
  • ワレン・バルギル(チーム・アルケア・サムシック)

 

しかし、メイン集団では前日の冷たい雨の影響により体調を崩す選手が続出。

アダム・イェーツ、ステフェン・クライスヴァイクもバイクを降り、逃げ集団の中のサブエースたちも、自らの勝利のための走りへとフォーカスが移りつつあった。

 

残り20.5kmから始まる、今大会最後の1級山岳コート・デ・リヴ登坂距離8.5㎞、平均勾配6.2%)。バルギルとハーゲンの最初のアタックに、ジャック・ヘイグがハイペースで追走を仕掛けると集団が一気に絞り込まれる。

4名にまで絞り込まれた小集団の中から、残り16kmでヘイグが単独先行。少し遅れてマイペースに追走を仕掛けたファンバーレが追い付き、2人で山頂を通過する。

追走はハーゲンとアラフィリップ。山頂を30秒遅れで通過。メイン集団は2分遅れでここを通過した。

ハーゲンは最後の登り(登坂距離8.5km、平均勾配5.5%)でアラフィリップを突き放し、単独追走。ツール・ド・ロマンディの登りフィニッシュでも上位に入っていた「遅れてきた新人」。先頭2人とのタイム差は50秒近くにまで広がり、逆転優勝は難しそうだが、その実力の高さはしっかりと示した形だ。

 

そして先頭2人がゴールへ。エースの脱落により、アシストとしての制限を外され、自らの勝利へのチャンスを手に入れたヘイグだったが、クラシックスペシャリストでもあるファンバーレとのスプリント争いに敵う術はなかった。

今年絶好調。そしてツール・ド・ロマンディと合わせ、山岳アシストとしての才能を覚醒しつつあるファンバーレが、2年ぶりのツール出場を確実なものとするかのような勝利を成し遂げた。イネオスとしても2連勝である。

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ハーゲンも50秒遅れのまま3位ゴール。ビョルグ・ランブレヒトと合わせ、次代を担うロットのパンチャーホープとしての成長を見せつける結果となった。

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メイン集団では大きな争いは起こらず。前日に続き完璧なアシスト力を発揮したコルトニールセンの尽力もあり、アスタナがライバルたちを完全に抑え込んだ形だ。

ヤコブ・フルサング、2017年に続く、2度目のツール総合優勝。

あのときは、ツール本戦では落車による怪我の影響で途中リタイアという辛い経験を味わったが、今回はアルデンヌ・クラシックから続く好調さを維持しており、かつチームもここ数年で最高のパフォーマンスを発揮。

フルサングの総合表彰台の可能性は、これ以上なく高まっていると見て良いだろう。

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一方、調子を上げ切れていないのがロマン・バルデ、リッチー・ポート(総合11位)など。途中リタイアしたアダム、クライスヴァイクも不安である。ヴァンガーデレンは総合2位を維持したが、個人タイムトライアルの好成績の結果とも言え、より厳しい山岳の比率が高まるツール本戦で同じような結果が出せるとは考えづらい。

逆にピノ、キンタナ、バルデあたりはタイムトライアルで落としていることが今回の成績に響いているため、本戦でのタイムトライアルでの改善は課題となる。

 

全体としてフルサングに次いで良い走りを見せられたのがブッフマン。タイムトライアル、登坂ともに安定した走りを見せており、今回のツールでは彼にとって初めてとなるグランツール総合TOP10を十分狙える素質を見せつけた。

ピノも本人の積極性は終始感じ取ることができたが、逆に万全と思われていたチーム体制がイマイチだったのが否めない。ほぼ似たような山岳アシストの布陣でツールに挑むことになるだろうが、本戦前に準備しておくことはまだ多そうだ。

 

そして、チーム・イネオス。エースの喪失は大きな痛手ではあるが、今大会も、ステージ優勝したプールス、ファンバーレに加え、常に仕事をこなし続けていたクウィアトコウスキーの相変わらずの好調など、チーム力においてはやはり随一であることを感じ取れた。

「スイス組」のトーマス、そしてベルナルを頭において、今年のツールもこのチームが中心に回る可能性は十分あるだろう。

ただ、アシスト陣の中ではモスコンの調子がいまいち上がり切っていない様子が気になる。昨年出場していたツールへの挑戦権も得られる可能性のあった今回のドーフィネだったが、その可能性は完全に潰えたと思ってよいだろう。誰もがエースであるチームだけに、出場権をめぐる争いはそれだけ、厳しい。

 

 

とはいえ悪天候とトラブルの連続で、各選手が十分な実力を発揮できたとは言えない可能性はある。第7ステージの影響で高熱を発症したアダム・イェーツとクライスヴァイクも、本戦までの3週間でしっかりと体力回復を果たしていれば、何でもなかったかのように活躍する可能性は十分にある。
 

ツール・ド・フランス本戦まで、今日から数えれば残り2週間。

果たして、どんな戦いが繰り広げられるのか。 

 

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