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【全ステージレビュー】ビンクバンク・ツアー2019

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オランダ・ベルギーの両国にまたがる「クラシックスペシャリストのためのステージレース」ビンクバンク・ツアー。

その全ステージの展開と「なぜ勝てたのか」を中心に解説。

スプリントも総合争いも、すべての局面で今年も白熱したこのレースをしっかりと復習していこう。

 

 

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第1ステージ  ベーフェレン〜フルスト  167.2㎞(平坦)

国境線を挟んで隣接するベルギーとオランダの都市が舞台の、オールフラットな開幕ステージ。

ほぼ100%集団スプリントが見込まれるこのステージで、形成された逃げは4名。

 

  • ルカシュ・ウィシニオウスキー(CCCチーム)
  • ラルスティング・バク(チーム・ディメンションデータ)
  • アーロン・フェルウィルスト(スポートフラーンデレン)
  • バプティスト・プランカールト(ワロニー・ブリュッセル)

 

いずれもプロコンチネンタルチームか、もしくはプロコンチネンタルチーム並みの実績しか出せていないワールドツアーチームといったところで、逃げ切りの可能性はほぼない。

とはいえ、昨年も4ステージあった平坦ステージ中3つで逃げ切りを許してしまっているこのレース。雨が降りしきる石畳付きのステージということもあり、逃げに許されたタイム差は最大で3分程度でしかなかった。

 

途中、落車でワロニー・ブリュッセルのケニー・デハースがリタイアしたり、集団が分裂しかかったり、そんな中メカトラに見舞われて集団復帰で足を使い切ってしまった結果脱落してしまうアルノー・デマールなど、それなりの波乱はあった。

それでも残り3kmですべての逃げを捕まえきったプロトンは、なんとかデマール以外の有力選手を残したまま集団スプリントへ。 

 

最初はバーレーン・メリダが支配して残り1kmを通過。だが早々に崩壊した彼らのトレインを尻目に、UAEチームエミレーツのトレインが先頭に出てきた。

だがこれを残り300mで追い抜いて、一気に集団支配権を手に入れたのは、トレック・セガフレードだった。マッズ・ペデルセンが強力なリードアウトで残り100mまでエドワード・トゥーンスを牽き上げた。

この背後についていたのがユンボ・ヴィズマ。リードアウターはマイク・テウニッセン。そしてその後ろにフルーネウェーヘン。完璧な体制だった。

残り150m。必勝のタイミングで抜け出そうと加速したフルーネウェーヘンだったが、その眼前に、先ほどまでトゥーンスを牽いていたペデルセンが降りてくる。

これで行き場を失ったフルーネウェーヘンは足を止め、そのままテウニッセンの背中を見つめたままゴールを迎える羽目となった。

 

一方、フルーネウェーヘンの背後についていたサム・ベネットは、完璧なコースを手に入れることができていた。あとは、フルーネウェーヘン不在のプロトンで最強の実力と実績とをもつ彼が、勝てない理由は一切なかった。軽々とトゥーンスも追い抜いて、先頭でゴールを突き抜けた。

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勝てはしなかったが、決してトップスプリンターの1人ではないトゥーンスを区間2位にまで押し上げたペデルセンの働きは値千金であった。そもそもあのフルーネウェーヘンにとってベストなタイミングで、なおも彼の前にいたこと自体が、ペデルセンの走りの強さを表していた。

一方で残念だったのがドゥクーニンク・クイックステップ。最後まで集団の先頭付近を支配することもできず、リードアウターも中途半端な位置でホッジを発射せざるを得なかった。いつもの強さはどこへやら、といったところである。

 

本日の最強はベネットだった。もしかしたらフルーネウェーヘンも最強だったかもしれないが、不運だった。彼らを除いた中で最強はペデルセンだった。第2ステージ以降も、楽しみだ。

 

 

第2ステージ  ブランケンベルヘ〜アルドーイェ  169.1㎞(平坦)

前日に引き続きオールフラットステージ。今回は100%ベルギーでのレースだ。

逃げは6名。 比較的多めではあるが、逃げ切れるようなステージではない。

 

  • ロバート・スタナード(ミッチェルトン・スコット)
  • ダミアン・ゴーダン(トタル・ディレクトエネルジー)
  • トーマス・スプレンゲルス(スポートフラーンデレン)
  • バプティスト・プランカールト(ワロニー・ブリュッセル)
  • ヨセフ・チェルニー(CCCチーム)
  • ジャスパー・アッセルマン(ルームポット・シャルル)

 

残り10kmを切ってまだ逃げが残っている状態で、メイン集団からゼネク・スティバルが飛び出してブリッジを試みる。が、失敗。残り5kmですべての逃げが吸収された。

 

前日、驚異的なリードアウトを見せたトレック・セガフレードのマッズ・ペデルセンだったが、その功績を認められ、今日は彼がエースとして走ることとなった。そのリードアウトを行うのは、昨日2位のエドワード・トゥーンス。その前のアシスト(フェリーネ?)がUAEのアシストによって抑え込まれようとしていたところを、トゥーンスが自ら前に出て一気にスパート。まるで昨日のペデルセンのように、素晴らしいリードアウトでもって先頭を譲らない走りを見せた。

残り150mの緩やかな左カーブを前にして、ペデルセンは離脱。これを押しのけて先頭に出たのはマイク・テウニッセン。こちらも強力なリードアウトだった。そのまま残り100mの看板を先頭で突き抜け、いよいよエースのディラン・フルーネウェーヘンが発射された。

 

ここまではアシストたちの素晴らしい走りが光り、ここからはエース自らの強さが光った。

 

先ほど、トレックによって完全に打ち倒されてしまったUAEチームエミレーツ。そのエース、ジャスパー・フィリプセンは残り150mの段階で、単独で7~8番目という苦しいポジションに置かれていた。

しかしここから、彼がもがき始める。失速しつつあるペデルセンの後ろから、バイクを左右に振って150mのロングスプリントを開始。フルーネウェーヘンがテウニッセンの背中から飛び出したときにはすでに速度最高域に達し、彼に前を譲ることなくゴールまでの100mを突き抜けていった。

 

十分に勝利に値する、完璧なスプリントだった。

 

しかし、昨日勝って勢いに乗るアイルランド人スプリンターが、ここで的確な判断力を見せつけた。

前日同様、フルーネウェーヘンの背後に陣取ってチャンスを窺っていたサム・ベネット。

しかし、その右後方から鋭い勢いでフィリプセンが飛び出してくるのを確認すると、左側からスプリントを開始したフルーネウェーヘンではなく、フィリプセンの背中に飛び乗る。

この日「最強」はオランダの剛腕ではなく、ベルギーの新鋭であると、彼は一瞬で見抜いたのである。

 

その判断は見事にハマる。そのまま勢いを殺すことなくゴールまで突き進むフィリプセン列車に乗って、残り50mでスプリントを開始したベネット。

あとは、悠々とゴール。接戦でも何でもなく、強さをはっきりと見せつけたフィニッシュとなった。

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この日の最強はサム・ベネットだった。その単純なスプリント力だけでなく、冷静な判断力(あるいは勝利への嗅覚)という点で彼は最強だった。

一方で、独力での強さを見せつけたのはジャスパー・フィリプセンだった。残り150mのあの位置から2位にまでもってくるその突破力は今日のプロトン随一だった。少なくとも今日のフルーネウェーヘンよりはずっと強かった。

この男、今年ワールドツアー1年目だが、もはやトップスプリンターの仲間入りを果たしていると言っても過言ではない。

 

アシストとしての強さを見せつけたのはマイク・テウニッセン。一度はトレックに完全に前を奪われた中から、再度先頭を奪い返した。あとはエースが完璧な状態であれば間違いなく勝利を掴んでいたことだろう。今大会、残りのステージはもしかしたら彼がエースの方が良いのかもしれない。

トレックも難しいところだ。昨日は確かにトゥーンスよりも秀でていたペデルセンだったが、今日はトゥーンスの方が調子がよかった。彼のアシストを受けて先頭をバトンタッチされたペデルセンはその後完全に沈んでしまった。ついていくのに精いっぱいだったようだ。

 

最強スプリンター勝負は常に水物。とくに近年はずっとそうだ。

そんな中、前日の10位に続き本日6位。着実にその成績を伸ばしているスポートフラーンデレン・バロワーズのアモリー・カピオがちょっと気になる存在。先日のツール・ド・ワロニーでも区間2位に食い込んでいたりする選手だ。

すでにスポートフラーンデレン5年目で来季の契約はまだ未定の選手。もしかすると突然のワールドツアー昇格もありうるかも?

 

 

第3ステージ  アールテル〜アールテル  166.9㎞(平坦)

ベルギー・東フランドル地方、ブルージュとヘントとの間に位置する街アールテルを中心に、最初は街の北部の大きなループを回り、そのあと街の南の1周33kmの周回コースを3周するピュア平坦ステージ。

 

最初に形成された3名の逃げ(アスタナローレンス・デフリースルームポットヤンウィレム・ファンシップスポートフラーンデレンアーロン・フェルウィルスト)は残り72kmで捕まえられ、その後新たに以下の3名の逃げが形成された。

 

  • ギヨーム・ファンケイルスブルク(CCCチーム)
  • ハリー・タンフィールド(カチューシャ・アルペシン)
  • ステイン・スティールス(ルームポット・シャルル)  

  

昨年、ツール・ド・ヨークシャーで劇的な逃げ切り勝利を決めたタンフィールドも含まれ、またこの地域のこの時期には多い大雨と、クラシックの舞台らしい狭い道と荒れた路面とが手伝い、落車やパンクが頻発。混沌の中で、昨年も3回の逃げ切りを許した今大会、もしかしたら、の思いもあった。

が、残り3.5kmであえなく吸収。大会3度目の集団スプリントへと突入した。

 

ゴール前400mの最終コーナーで、EFエデュケーション・ファーストの選手がスリップし、後続が足止めを喰らったことで集団が分裂。ここまで8位→4位と好調だったクリストファー・ハルヴォルセンも、このあおりを受けて後退してしまった。

しかし、この時点ではすでに、マッズ・ペデルセンの強力な牽引により、勝負できるメンバーはかなり絞り込まれていた。

ペデルセンのリードアウトは残り200mまで続き、いよいよエドワード・トゥーンスを発射させようと思ったそのとき、6番手につけていたモビスター・チームのユルゲン・ルーランズがロングスプリントを開始。これにつられてジャスパー・フィリプセンがスプリントを開始したことで、勝負の火ぶたが切って落とされた。

そしてトゥーンスはこの動きにまったくついていくことができなかった。完全に力負けして、失速していった。

 

フィリプセンの反応は悪くなかったものの、昨日のベネットの判断力と比べると明らかな悪手だった。たしかにルーランズも強い選手ではあるが、このトップスプリンターの集団の中では一歩劣り、彼がこの高速域で200mからスタートして最後まで持つと、判断すべきではなかった。

案の定、ルーランズはすぐさま失速。フィリプセンは本来勝負をしかけるべきタイミングよりも早く抜け出た形となってしまい、後続のフルーネウェーヘンらにとっての「最高の発射台」となってしまった。

あとは、ベネットとフルーネウェーヘンのガチンコバトル。どちらもほぼ同じタイミングで、完璧なスプリントを開始した。そして2人は、同時にゴールラインを割った。

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勝ったのは――わずか数cm差で、ベネットだった。

大会初の3連勝を達成。勢いに乗るということは、これほどまでに恐ろしいことなのか。

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トレック・セガフレードにとっては悔しい結果が続いている。初日はペデルセンの方が調子がよく、翌日は彼がエースとなったものの今度はトゥーンスの方が調子がよかった。今回再びエースをトゥーンスに切り替えたが、結局今度はまたペデルセンの方が調子がよくトゥーンスはまったくキレがなかった。

裏目に出続ける、不安定な戦略。チームとしてどうするべきなのか。せっかく良いタレントは揃っているのに・・・。

 

なお、落車が相次いだ中、今大会好成績を期待していたクサンドロ・ムーリッセ(ワンティ・グループゴベール)がリタイアしている。

そんなムーリッセの活躍も期待できた次のステージは、アルデンヌ・クラシックの聖地ウッファリーズを舞台にしたアップダウンステージだ。

 

 

第4ステージ  ウッファリーズ〜ウッファリーズ  96.2㎞(丘陵)

リエージュ~バストーニュ~リエージュの「バストーニュ」の近くに位置する街ウッファリーズ。同レースでも必ず使われる激坂「コート・ド・サン・ロッシュ(登坂距離1.1㎞、平均勾配11.5%)」も含んだ周回コースを3周する、アルデンヌ風味たっぷりのステージである。

とはいえ、最後の「サン・ロッシュ」の頂上からゴールまでは30kmもあり、この登りでセレクションがかかったとしても最後にはスプリンターたちも追い付いてきてしまうだろう、と予想していた。

が、展開はそう甘くはならなかった。

 

スタート直後に形成された逃げは2名。ドゥクーニンク・クイックステップの逃げ巧者イーリョ・ケイセ(ベルギー、37歳)と、昨年U23パリ~ルーベ覇者でロット・スーダルの若き才能スタン・デウルフ(ベルギー、22歳)の2名である。

ベテランとネオプロ、年の15歳の2人はプロトンから2分近いタイム差を作ることに成功するが、やがてゴールまで50kmを残した2回目の「サン・ロッシュ」に到達すると集団が一気にペースアップ。その中から抜け出したローレンス・デプルスが、ゼネク・スティバルやティム・ウェレンス、グレッグ・ファンアーフェルマートなどの実力者たちを引き連れてケイセとデウルフを一瞬で飲み込んだ。

前日までの3日間を制覇し、総合リーダージャージを着用していたサム・ベネットはここで脱落。悪天候も手伝って、彼らスプリンター勢はこの日はもう終戦モードとなってしまった。

 

絞り込まれた先頭集団から、残り39kmでティム・ウェレンスがアタック。過去2回、このレースで総合優勝しているキング・オブ・エネコ(ビンクバンク)である。

 

ウェレンスは6kmほど独走したのちに集団に引き戻されるが、残り28km、最後の「サン・ロッシュ」でデプルスが再度のアタック。

この動きについていけたのは先ほどのウェレンスと、そして昨年のU23世界選手権であのインスブルックの難関コースを制した男、マルク・ヒルシの2人だけだった。

集団から少し遅れて追走を仕掛けていたイバン・ガルシアも残り22kmで一度先頭3名にジョインするが、やがて千切られて追いかけてきていたナーセンたちと合流する。

そのまま3名のままフィニッシュへと向かう3名。

 

ウェレンスは終始落ち着いた走りを見せていた。

ラスト250mの左カーブでヒルシの進路を阻み、有利な展開に持ち込みつつも、前にいたデプルスが膨らんでしまったことで再びヒルシが前に出る余裕が生まれると、ウェレンスはそこから無理してもがく必要はないとすぐさま悟った。

すでに本気モードでスプリントを開始したヒルシの背後にきっちりと陣取って、そして残り75mから発射した。

 

が、ウェレンスにとっても、その後もヒルシがペースを落とさずにゴールまで突っ込んでいったのは予想外だっただろう。冷静に判断して動いていたつもりが、危うくその老練さを凌駕する勢いに差し切られるところだった。

 

2日連続となる、僅差の決着。

勝ったのは、ウェレンスだった。

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マルク・ヒルシ。プロ初勝利ならず。しかし、勝負所でしっかりと反応し、最後までギリギリの戦いを大ベテランに対して成し遂げるほど足を残していたのは、ネオプロとは思えない働き。

先日もクラシカ・サンセバスティアンで3位(集団内2位)という驚きの結果を出したばかり。ベルナルだとかポガチャルだとかエヴェネプールだとかがあまりに強すぎて埋もれがちになってしまうかもしれないが、プロ1年目でのこの走りは普通の年であればありえないような実績なのである。

 

彼の凄いところは、昨年のインスブルックや今日の走りのようにアルデンヌ系のステージに強いだけでなく、3月のE3ビンクバンク・クラシックでは、石畳でも強い走りを見せていたこと。

TT能力は未知数だが、最終日のフランドルステージももしかしたら悪くない走りを見せるかもしれない。ウェレンスという壁は果てしなく高く険しいが、なんとかこのまま表彰台は守ってほしいところ。

 

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第5ステージ  リエムスト〜フェンラユ  191.4㎞

2日ぶりのピュアスプリントステージ。残りは個人TTとフランドル風味の石畳アップダウンステージとあって、なんとか逃げ切りのチャンスを掴みたい選手たちと、それを抑え込みたいスプリンターズチームとのせめぎ合いが白熱した。

繰り返されるアタック合戦。逃げ集団が作られては数十kmを走って吸収され、また形成されて吸収され・・・を繰り返していった結果、80kmほど消化してようやく、以下の4名の逃げが決定的となった。およそ1時間40分にわたる激戦であった。

 

  • ヤシャ・ズッターリン(モビスター・チーム)
  • ロバート・スタナード(ミッチェルトン・スコット)
  • ウィリー・スミット(カチューシャ・アルペシン)
  • オスカル・リースベーク(ルームポット・シャルル)  

 

最大で2分半近くにまで広げた4名であったが、残り80kmを切って少しずつタイム差は縮小。そして残り4kmで、すべての逃げが吸収された。

昨年3度の逃げ切り勝利を生み出したビンクバンク・ツアー。しかし今年は波乱なく、4つのスプリントステージすべてで集団スプリント決着となった。

 

 

最初に良い形を作ったのはトレック・セガフレードだった。アレックス・キルシュが残り700mまで先頭で牽引し、これを引き継いだマッズ・ペデルセンが相変わらずのリードアウトで残り200mまで先頭を譲らなかった。

これに次いで良い体制を作れていたのがドゥクーニンク・クイックステップ。ここまでのステージではあまりチームとして良い状態でなかった彼らだったが、この日は完璧。

ゼネク・スティバルがフロリアン・セネシャル、ホッジを引き連れながら先頭付近をキープ。途中、緩やかな左カーブで前をトレック・トレインに塞がれる形となったが、それでもしっかりとエドワード・トゥーンスの番手をキープ。最善のポジションを確保し続けていた。

このとき(残り300m)、ここまで3勝している今大会最強スプリンター、サム・ベネットは、アシストもいない孤独な体制で、先頭から16番手という絶望的な位置に立たされていた。 

  

残り200m。トゥーンスがペデルセンの背中から飛び出してスプリントを開始。これを見てホッジもトゥーンスの背中めがけてスプリントを開始した。

このとき、人数に余裕のあったドゥクーニンク・クイックステップは、保険のカードを切っている。すなわち、本来発射台の役割を担うはずだったセネシャルを、ホッジとは反対側の左側から放ち、トゥーンスよりやや早くスタートしたティモシー・デュポンの背中に乗せたのである。

デュポンの伸びも勢いは良く、トゥーンスに並びかける。

が、残り150m。このときにはすでに、ホッジが完璧なスプリント体制でトゥーンスの背中から飛び出していた。

 

そしてその背中には、沈んでいたはずのサム・ベネットの姿も。

 

残り50m。トゥーンスを突き放して先頭を爆走するホッジ。

しかしベネットはその背中に貼り付いたまま、離れない。

そして残り30m。ベネットがホッジの背中から抜け出してスプリントを開始。

 

その勢いはすさまじかった。しかし、やはりあまりにも遅すぎた。

もう、ゴールラインは目の前だった。先頭を走るホッジはなんとか、今大会最強の男から逃げ切ることができた。

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チームとして完璧な体制を作れたドゥクーニンク・クイックステップの完勝だった。

サム・ベネットは相変わらずの強さを見せていたものの、最終盤でのポジションが致命的だった。チームが今回のドゥクーニンクのように機能していれば、こうはならなかっただろう。

もしかしたらこれまでと同様、フルーネウェーヘンの背中だけを狙っていたのかもしれない。そのフルーネウェーヘンとユンボが沈んだ結果、サム・ベネットもポジションを落としていたのかもしれない。

 

いずれにせよ、「最強トレイン」ドゥクーニンクの本領発揮であった。

トレックは連日素晴らしい展開を見せながら、また勝ちきれずに終わってしまった。

 

 

第6ステージ  デン・ハーグ〜デン・ハーグ  8.4㎞(個人TT)

オランダの事実上の首都、ハーグで開催されたオールフラット個人TT。後半にかけて強烈な風が吹きすさぶ中、最速のタイムを記録したのはイタリアTT王者フィリッポ・ガンナであった。

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今年のツール・ド・ロマンディ3位など、常に個人TTでは強さを見せていた男だったが、なかなか勝ちきれずにいた。

そんな中、今回は地元オランダのTT王者ファンエムデンやスイス最強の男キュング、そしてルクセンブルク王者ユンゲルスといった強豪たちをすべて蹴散らして、ようやくワールドツアーの頂点に立った。

今後、もしも彼が登りの適性も身に着けていったとしたら、イネオスにとっては欠かせない「登れるルーラー」の1人となることだろう。そして、そういった適性のつけ方は、このチームであれば不可能ではないと思っている。楽しみな男だ。

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総合争いではウェレンスが区間10位につける好走でしっかりと首位をキープ。

最終日は「カペルミュール」を3回通過する純フランドルステージ。アルデンヌ寄りのウェレンスにとっては決して得意とは言えないコースではあるが、優勝候補のキュングやテウニッセン、ファンアーフェルマートたちからは40秒以上ものタイム差をつけており、よほど大きな動きがない限りは、総合リーダーを守り切ることは不可能ではないと思っている。

ただし、8秒差で2位につけているマルク・ヒルシも、3月のE3ビンクバンク・クラシックで上位に入り込む実績を持っている。油断ならない相手である。 

 

 

第7ステージ  ルウ・サン・ピエール~ヘラーツベルヘン  178.1km(丘陵)

「春のクラシック全部盛り」 ビンクバンクのフィナーレを飾るのは、春のクラシック最大の聖地「カペルミュール」ことミュール・ド・ヘラーツベルヘン。セットのボスベルグと合わせ合計で3回超えるこの「教会の壁」で、総合大逆転劇が演じられた。

 

この日も激しいアタック合戦が繰り広げられ、最終的に以下の15名の逃げが形成された。

 

  • カルロス・ベローナ(モビスター・チーム)
  • ヨリス・ファンフック(CCCチーム)
  • マーティン・トゥスフェルト(チーム・サンウェブ)
  • カスパー・ペデルセン(チーム・サンウェブ)  
  • ミッチェル・ドッカー(EFエデュケーション・ファースト)  
  • ヴァランタン・マドゥアス(グルパマFDJ)
  • ボブ・ユンゲルス(ドゥクーニンク・クイックステップ)
  • ジャック・バウアー(ミッチェルトン・スコット)
  • マルコ・マルカート(UAEチームエミレーツ)
  • ローレンス・デフリース(アスタナ・プロチーム)
  • ザンドフ・ビジギトフ(アスタナ・プロチーム)
  • マッズ・ペデルセン(トレック・セガフレード)
  • アイメ・デヘント(ワンティ・グループゴベール)
  • ルドヴィク・ロベート(ワロニー・ブリュッセル)
  • オスカル・リースベーク(ルームポット・シャルル)  

 

残り75kmの最初のカペルミュールではこの逃げは維持されたものの、残り50kmの2回目のカペルミュールではマッズ・ペデルセンがペースアップし、マッズとカスパーのダブルペデルセンとマドゥアス、バウアー、マルカート、デヘントの6名だけが先頭に残る。

のちにルーカス・ペストルベルガー(ボーラ・ハンスグローエ)がここにブリッジ成功し、先頭は7名に。ほかにもプロトンから数名が抜け出すも、この全ての逃げは最後のカペルミュールにて吸収された。

 

そして、運命の瞬間。

残り20km。最大で9秒のボーナスタイムを得ることのできる「ゴールデンキロメーター」が設定された、ボスベルグの登りの頂上。

そこに向けて、絞り込まれたメイン集団からオリバー・ナーセン、グレッグ・ファンアーフェルマート、そして12秒差の総合3位ローレンス・デプルスが抜け出した。

 

立て続けに3つ通過することになるゴールデンキロメーター。

ここで、デプルスは合計7秒ものボーナスタイムを獲得する。

これでデプルスとウェレンスとのタイム差は5秒にまで縮まる。

そのうえ、デプルスが懸命に牽引する先頭3名とメイン集団とのタイム差は瞬く間に開いていき、そのタイム差は3~40秒にまで。

逃げ切りが決まれば最低でも4秒のボーナスタイムを獲得できるデプルス。

ウェレンスはもし彼らの逃げ切りを許せば、許すことのできるタイム差は1秒に過ぎなくなってしまう。

 

ウェレンス、絶体絶命。

そのうえ、彼を守るべきチームメートの姿は、すでに近くにはいなかった。

彼は自ら先頭を牽引するしかなかった。

総合2位の座を守りたいマルク・ヒルシもまたチームメートがいない中、自ら先頭牽引に加わる。

ウェレンスとヒルシで交代しながら追いかけるプロトン。対して逃げはデプルスがほぼ一人で牽引し続けているが、そのタイム差がなかなか縮まらない。

なんとか残り5kmを切ってタイム差は20秒近くにまで縮まったものの、そのときにはすでにウェレンスも力を失いかけていて、集団の後方へと下がっていきつつあった。

そのあともゼネク・スティバルやフィリップ・ジルベールなどのアタックが散発的に巻き起こるが、デプルスのためにマイク・テウニッセンがチェックに入りこれを抑え込む。

一連の動きはプロトンの足を完全に止め、勝負は決まった。

 

 

最後のカペルミュールの登りではデプルスも力尽きて離れるが、その表情は勝利の喜びに満ち溢れていた。

そして先頭で繰り広げられる、ナーセンとファンアーフェルマートの「クラシック王者」同士の対決は、わずかの差でナーセンに軍配が上がった。

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そして、最後に微笑みを浮かべながらゴールラインに飛び込んできたデプルスが、逆転総合優勝を成し遂げた。

 

思えば、第4ステージ、ウッファリーズのアルデンヌステージで最も積極的に動いたのも彼だった。

ここでも3回登った「サン・ロッシュ」の、2回目の登りで集団を絞り込み、そして3回目、最後の登りで先頭を彼とウェレンスとヒルシの3名に絞り込んだアタックも、このデプルスが自ら作り出した動きであった。

 

しかしウェレンスやヒルシと比べ、デプルスは純粋なクライマーという印象で、まさか彼が最終的に表彰台の頂点に立てるとは、誰も予想していなかった。

そんな彼が、今回の最後のカペルミュールで生き残り、そしてその後の2人の偉大なるクラシックライダーの動きにしっかりと喰らいつくことができた。

向いている向いていないではなく、自らの勝利を信じて最後の最後まで戦い続けた男、ローレンス・デプルス。

 

それは意外な勝利だったが、その勝利に値する素晴らしい走りをしてみせた。

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おめでとう、デプルス。

「最強アシスト」としての働きだけに終わらない、無限の可能性を今後も感じさせてくれ。

 

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