りんぐすらいど

サイクルロードレース情報発信・コラム・戦術分析のブログ

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2019シーズン 8月主要レース振り返り(前編)

8月は良いレースが盛りだくさんである。ツールとブエルタの間という難しい時期だが、グランツールレーサー向けというよりは、クラシックハンターやパンチャーたちが活躍するステージレースが多く存在する。今回はその前半戦をレビュー。

今月もまた、若き才能が爆発し続けた1ヶ月であった。クラシカ・サンセバスティアンの「19歳」はもちろん、ポローニュのシヴァコフ、ビンクバンクのデプルス、ユタのピッコリ、ブルゴスのソーサ、女子でもウィーベスが若くして実績を積み重ねつつある。

そしてマチュー祭り。

目まぐるしく時代が移り変わりつつあるこの瞬間を決して見逃すな。

 

↓昨年同時期の振り返りも要チェック↓

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クラシカ・サンセバスティアン(1.WT)

ワールドツアークラス 開催国:スペイン 開催期間:8/3

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スペイン・バスク地方の丘陵地帯を舞台にした、総獲得標高4,000~5,000m級の「クライマーズクラシック」。グランツールの総合争いをするようなトップクライマーたちが優勝を競い合うこのハイレベルなワンデーレースで、新たな伝説が創り上げられた。

すなわち、今年U23カテゴリを飛び越えていきなりのワールドツアーデビューを果たしたばかりの「19歳」レムコ・エヴェネプールによる、驚異的な逃げ切り勝利である。

ロードレースを始めてから3年目でのこの快挙。ポガチャルやベルナルやマチュー・ファンデルポールの活躍と並んで、今年が時代の転換点なのだと感じさせるのに十分な、鮮烈なる勝利であった。

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このレースは、バスク地方の高級リゾート地サンセバスティアン(ドノスティア)周辺を様々なルートで回るコースレイアウトを取り、その途中には様々な登りが用意されている。

とくに後半の3つの登りは勾配も厳しく、プロトンの足を確実に削ってはいくものの、勝負が決定的に動くのは常に最後の登り、ラスト10kmから登り始める「ムルギル・トントーラ」である。そこまでは「落ちないこと」が重要であり、本気の勝負を仕掛けるべきポイントではなかった。

実際、残り21kmで飛び出したトムス・スクインシュについていったエヴェネプールも、自らが逃げ切れるとは思わなかったであろう。あくまでもチームのエースは(ジュリアン・アラフィリップが早々にリタイアした結果)エンリク・マスであり、エヴェネプールの動きはあくまでも、スクインシュの動きに対するチェックでしかなかった。また、正攻法では勝ち目のない彼にとって、ごくごく僅かな「勝ちの目」はこの得意の逃げ切り勝利しかなかった、という思いはあっただろうが、それでもそれがまさかぴったりとハマるなんて、彼自身も思いもしなかったはずだ。

それはプロトンにいる有力選手たちも同様の思いであっただろう。たしかにエヴェネプールは危険な選手ではあるが、しかし「さすがに」。スクインシュとエヴェネプールがプロトンとのタイム差を40秒に広げてもなお、そこまで危機感を持っていなかったはずだ。

さらに、スクインシュ自身も、自ら飛び出したとはいえ、ちょっと想定していた以上にハイペースで前を牽き続けるエヴェネプールに対し、少しずつ警戒感を持ち始める。彼にとっても集団内にはバウケ・モレマやジュリオ・チッコーネといったエースを抱えている。無理して逃げ切りを狙うような必要はないと考え、前を牽くことをやめ、エヴェネプールに貼りつくことにした。

展開はエヴェネプールにとって不利な状況であった。残り10km。目の前には激坂ムルギル・トントーラ。スクインシュは前を牽こうとしない。タイム差は40秒。

 

しかし、ここから時代の変革が始まる。

 

ムルギル・トントーラの登りで、スクインシュは引き千切られてしまう。足は残っていたはずなのに、目の前の19歳のベルギー人の登坂力に、ついていくことができなかったのだ。

縮まるはずのタイム差は逆に開いていく。同じくムルギル・トントーラに差し掛かったメイン集団も焦りはじめ、各エース級の選手たちが動き始める。

しかしその動きが逆に、取るべき連携を失わせ、そして、エヴェネプールによる逃げ切り勝利を強力にアシストした。

40秒は登りを終えたあとにも無傷のまま残っていた。こうなってしまっては、どうしようもなかった。ほんの数十分前にレースを見ていたものの大半を包んでいた雰囲気が、文字通り逆転しまった。「勝てるはずない」から、「負けるはずない」に。

 

そして、レムコ・エヴェネプール。規格外の新鋭は、堂々たる姿でサンセバスティアンのゴールラインに到達する。これは歴史の始まりか、それとも偶然か。

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ただ1つ言えるのは、この男はきっとこれからも、我々の想像を超える結果をたたき出し続けるということ。彼の走りには、これまでのロードレースの常識は通用しないのだ。ベルナルやマチューのように。

 


プルデンシャル・ライドロンドン・クラシック

ウィメンズ・ワールドツアー 開催国:イギリス 開催期間:8/3

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2012年のロンドン五輪の準備大会として初開催され、五輪以後毎年開催されているイギリス最大のワンデーレース。2016年からは女子レースも仲間入りを果たした。
今年も日曜日の男子レースに先駆けて土曜日に開催されたこの女子レースだが、男子レースと比べてもよりフラットな、クリテリウム形式に近いレイアウトでのトップスプリンター同士の対決となる。

となれば、注目されたのがディフェンディング・チャンピオンで過去2回優勝しているキルステン・ワイルド。今年もすでに各種ピュアスプリンター向けのレースで勝ち星を重ねている彼女が、今大会最大の有力候補であったのは疑いようがなかった。

そして実際に、ゴールラインを最初に割ったのは彼女だった。
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しかし、その直前にゴール前150mで巻き起こった大落車。この原因が、スプリントのラインを守らなかったワイルドにあるとして、審判団により降格処分を下されてしまった。

たしかに、ラスト150mで5番手の位置につけていたワイルドが、自らの進路を確保すべく左側に一気に移動。その瞬間、クロエ・ホスキングの前輪と彼女の後輪とがハスってしまい、ホスキングが大落車の起点となってしまった。

事の是非は単純には計り知れない。が、起こってしまったことは事実。ワイルドも彼女のチームであるWNTローターも、「降格は残念だが、UCI審判団の決定に対しては敬意を払い受け入れる」との声明を発表。

そして、2位につけたロレーナ・ウィーベスが、今大会4回目3人目の勝者となった。

 

 

プルデンシャル・ライドロンドン=サリー・クラシック

ワールドツアークラス 開催国:イギリス 開催期間:8/4

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土曜日の女子レースに続き、日曜日は男子レースが開催された。イギリス唯一のワールドツアークラスのレースであり、過去の優勝者にもそうそうたる顔ぶれ(カヴェンディッシュ、デマール、ボーネン、クリストフ、アッカーマンなど)が並ぶ。

女子レースと違い、ロンドン市内だけでなくその外側のサリー州の丘陵地帯も使用するそのコースは、アップダウンに富み、単純なピュアスプリンター同士の対決に収まらない。とくに今年はロンドン五輪でも使用された「ボックス・ヒル」を5回も登らせる。より刺激的なレースを、と望む主催者の意図が反映された形だ。ツール3勝と絶好調だったカレブ・ユアンも、このハードなコースにやられて遅れてしまう。なんとか集団復帰は果たしたものの、最後に勝負する足を残すことができなかった。

だが、この男は昨年から随分と起伏に強くなっていた。また、最終発射台のモルコフもまた、そういうタイプだ。ツールで強さを見せつけたユンボ・ヴィズマのテウニッセン&ヤンセンコンビも、この最強スプリンターズには敵わなかった。

最後は、昨年ジロでの最大のライバル、サム・ベネットも追随するが、モルコフから発射された最強の弾丸を抑え込むことはできなかった。

エリア・ヴィヴィアーニ。ジロでの降格以降、イマイチ噛み合わない瞬間が続いた昨年の最強スプリンターが、やっぱり強いんだということを見せつける勝利を掴んだ。
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ツール・ド・ポローニュ(2.WT)

ワールドツアークラス 開催国:ポーランド 開催期間:8/3~8/9

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毎年ツール・ド・フランスの直後に開催され、ブエルタ・ア・エスパーニャに向けての橋渡しの役割を果たす1週間のステージレース。歴史は古く、ブエルタよりも昔にスタートしたレースではあるが、近年はその移動距離やコースの距離自体を短くし、選手たちの負担を減らしつつ、周回コースも多めで現地観戦者にとっても嬉しいレースへと変わってきている。パンチャー向けというところも合わせ、どこかダウンアンダーに近いタイプのステージレースだ。

しかし今年は、このレースを悲劇が襲った。ベルギーの若き才能、ビョルグ・ランブレヒトの落車による死である。これを受けて、第4ステージは完全ニュートラル措置が取られ、彼のチームメートであるロット・スーダルの6名を中心に、ビョルグを悼むパレードランとゴール地点での黙祷が捧げられた。

悲しみを乗り越えて、後半戦が開始される。丘陵アップダウンの続く後半3ステージでは、総合争いと山岳賞争いとが白熱する。タイム差が大きくつく厳しい登りは存在しなかったため、総合争いを決定づけたのは第6ステージの終盤でのアタックだった。ここで抜け出したヨナス・ヴィンゲゴーとパヴェル・シヴァコフ、そしてジェイ・ヒンドレーによってステージ優勝と総合リーダーの座が争われ、これを制したのがネオプロのヴィンゲゴーであった。平均年齢23歳の若者同士の対決は、先日のエヴェネプールの鮮烈な勝利と合わせ、新たな時代の始まりを感じさせるものであった。

このままでいけば、ヴィンゲゴーが総合優勝を手に入れるはずだった。しかし最終第7ステージで、チーム・イネオスがその高いチーム力を見事に発揮してみせた。とくにタオ・ゲオゲガンハートは、ツアー・オブ・アルプスに続く強力なアシスト力でもって、最後から2番目の1級山岳でハイペース・アップを図り、ヴィンゲゴーを突き放した。

その後も繰り返されるダヴィデ・フォルモロやミゲルアンヘル・ロペスの攻撃を悉く抑え込むイネオス。最終的に総合争いは膠着し、シヴァコフが逆転総合優勝を果たした。
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また、山岳賞争いは、序盤こそチーム・ノボノルディスクのフランス人、シャルル・プラネが独占していたものの、本格的な山岳ポイントが大量に出てくる後半戦でワールドツアーの選手たちが本領発揮。最終的には地元ポーランドのCCCチームが、何かしらの結果を持ち帰らねば、という奮起のもと、サイモン・ゲシュケによる山岳賞逆転奪取を果たした。

最初の3ステージで行われたスプリント争いは、結果から見れば昨年と同じくアッカーマン2勝。しかしその中にはファビオ・ヤコブセンによる降格などの後味の悪い出来事も。フェルナンド・ガビリアも常に勝負に絡む走りを見せていたが、飛び出しのタイミングが常に早く、最後は失速する噛み合わない走りを見せていた。

また、ルカ・メスゲッツによる2勝も驚きのトピックである。たしかに過去、このレースでは2位や3位にはよくつけていたが、それでもそうそうたる面々を前にして2度も勝利を掴み取ったのは大きい。1つは巧みな判断力でもって。もう1つは登りスプリントでの確かな実力でもって。

来年、トレンティンが抜けてしまうミッチェルトン・スコットではあるが、彼とインピーの存在は十分にその穴を埋める存在とはなりそうだ。

 

 

ヨーロッパ選手権エリート男子ロードレース

開催国:オランダ 開催期間:8/11

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2016年からプロにも開放され、今年で4回目となるヨーロッパ選手権男子エリート。初代優勝者はサガン、次いでクリストフ、トレンティンときて、今年もスプリンター向きのレイアウトとなった。
開催地はオランダ北部のアルクマール。開催国オランダのエースはディラン・フルーネウェーヘン。しかしこのオランダ北部を吹き荒れる横風によって、フルーネウェーヘンを含む有力選手たちが次々と脱落してしまう。地獄のような様相を呈するサバイバルレースとなった。
そんな中、統制をとってレースを支配したのがイタリアチームであった。エースはディフェンディングチャンピオンのマッテオ・トレンティンと、先日のロンドンで勝利したばかりのエリア・ヴィヴィアーニ。最終的には先頭集団にわずか13名しか残らないというサバイバルな展開の中で、最も数を残していたのがこのイタリアチームであった。

ヴィヴィアーニにとって、トレンティンの存在は心強かった。彼は心置きなく、自らの戦いを展開することができた。すなわち、残り27kmからの、突然のアタック。ここに、普段はチームメートのイヴ・ランパールト、そして今年ジロ最強だったパスカル・アッカーマンとが食らいつく。
こういった展開を最も得意とするのは、クラシックハンターのランパールトだった。残り3.5kmでさらなるアタック。アッカーマンはこれによって切り離される。
しかし、ヴィヴィアーニは食らいついてきた。ランパールトにとっては、自らのテリトリーでの戦いに割って入ってこられたような気分だ。ヴィヴィアーニは割とそういうところがある。昨年のイタリア選手権でも、ゴール前の激坂でジョヴァンニ・ヴィスコンティに食らいつく走りを見せていた。ヴィヴィアーニという男は、単純なピュアスプリンターという枠組みでは決して捉えることのできない男なのだ。

結局、ヴィヴィアーニを切り離せなかった時点で、ランパールトに勝ちの目はなかった。最後はランパールトに前を牽かせつつ、しっかりと自分の位置で発車したヴィヴィアーニは、後ろにランパールトを追いつかせることもなく、そのままゴールまで突っ切っていった。

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これにて、初のヨーロッパ王者のタイトルを獲得。イタリア王者のジャージは脱ぎ捨ててしまったものの、新たな特別賞ジャージを胸に、彼は来期、新天地へと向かう。
ジロの降格以降不安が残っていた彼だったが、今月はロンドン、そしてこのヨーロッパ選手権と、相変わらずの強さを見せつけている。来期も変わらず、活躍してくれるだろうか。

  

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ビンクバンク・ツアー(2.WT)

ワールドツアークラス 開催国:オランダ~ベルギー 開催期間:8/12~8/18

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↓詳細はこちら↓

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オランダ、ベルギーにまたがる1週間のステージレース。フランドルクラシックやアルデンヌクラシックといった、「春のクラシック」の舞台もふんだんに盛り込まれ、まさに「クラシックスペシャリストたちのためのステージレース」といった様相。過去にはエネコ・ツアーといった名前でも知られている。

 

7つあるステージのうち4つはほぼオールフラットなスプリンターズステージ。昨年は4つ中3つで逃げ切りが決まるなど荒れた展開となったが、今年は悪天候にも負けず、いずれもきっちりと集団スプリントで決着した。

最も強さを見せつけたのはボーラ・ハンスグローエのサム・ベネット。地元オランダ人のディラン・フルーネウェーヘンも食い下がる走りを見せたが、ベネットは巧みな判断力やコース取りを活かし、開幕ステージから3連勝を果たす。これは大会史上初の快挙であった。常に終盤にベストなポジションを提供したチームメートたちの働きも、大きな勝因であっただろう。

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逆に、そのポジション取りがうまくいかなかった第5ステージは、最後にものすごい追い上げを見せたものの、ギリギリでホッジに届かなかった。そのホッジもこの日、ドゥクーニンク・クイックステップの完璧なリードアウトによって勝利を掴んだのである。

また、勝てはしなかったが常に強力なリードアウトを見せていたのがトレック・セガフレードのマッズ・ペデルセンエドワード・トゥーンス。最後の最後で力不足で勝ちに届かなかったものの、今後も楽しみになる2人組である。

そして、スポートフラーンデレンのアモリー・カピオも、プロコンチネンタルチーム所属ながら連日上位に食い込み、最終日のフランドルステージでもTOP10に入る走りを見せた有望なクラシック系スプリンター。今後注目すべき選手だ。

 

総合争いにおいては、過去この大会を2勝しているティム・ウェレンスが有力視され、実際、アルデンヌ風味の第4ステージを終えた時点で首位に立った。

その後の個人タイムトライアルも危なげなく突破し、最大のライバルになりうるグレッグ・ファンアーフェルマートやオリバー・ナーセンらに大きなタイム差をつけて最終日を迎えることができていた。

あとは最終日、伝説の「カペルミュール」を3回登るステージで、しっかり守りきることができれば良い、という状態であった。

 

が、そこで波乱が巻き起こる。

最後のカペルミュールを越えた時点で、ウェレンスと総合2位マルク・ヒルシはアシストをすべて失い、丸裸になった。

そして最後のゴールデンキロメーター(最大9秒のボーナスタイムが獲得できる3つの連続するポイント)が設定されたボスベルグの直前で、ファンアーフェルマートとナーセンが抜け出す。ここに、ウェレンスと12秒差の総合3位ローレンス・デプルスが食らいついていった。 

BinckBank Tour@BinckBankTour
 
 

🎥 Footage of the probably defininig moment of this stage and the entire : the attack of Naesen, Van Avermaet and De Plus at the Bosberg...

 
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ゴールデンキロメーターで合計7秒を稼ぎ出したデプルスは、さらに積極的に前を牽いてウェレンスたちとのタイム差を開きにかかる。ウェレンスも、そして総合2位の座を守りたいヒルシも自ら前を牽いて懸命に追いかけるも、思うようにはタイム差が縮まっていかない。

結局、ステージはナーセンらに譲りつつも、30秒以上のタイム差をつけてフィニッシュしたデプルス。思えば、第4ステージの勝負所で繰り返し積極的に動き、総合を大きく動かしたのも彼だった。今年のツール・ド・フランスでステフェン・クライスヴァイクの総合3位を強力にサポートした稀代のクライマーが、まさかの「クラシックスペシャリストたちのためのステージレース」を制覇した。

そしてこれが彼にとってプロ入り後初となる勝利となった。

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ツアー・オブ・ユタ(2.HC)

アメリカツアー HCクラス 開催国:アメリカ 開催期間:8/12~8/18

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アメリカ合衆国西部、ロッキー山脈沿いに広がる、インディアンの言葉で「山の民」を意味するユタ州を舞台にしたステージレース。その地形的特性から、山がちなコースが連続するクライマーのためのステージレースとなっている。

今大会圧倒的な強さを見せつけたのが、イスラエル・サイクリングアカデミーのベン・ヘルマンス。2年前まではBMCレーシングに所属し、北米大陸のレースではめっぽう強かった彼が、今大会2つある山頂フィニッシュを共に制し、安定した走りで文句なしの総合優勝を成し遂げた。

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日本人としては、第4ステージのソルトレークシティの登りフィニッシュで、NIPPOヴィーニファンティーニのマルコ・カノラが優勝したことが嬉しく思うポイントだろう。2年前、ほぼ同じレイアウトでも勝利しているカノラ。今年は落車などもあったようだが、しっかりと結果を持ち帰ってくれた。

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そして地元アメリカのワールドツアーとして、EFエデュケーション・ファーストも負けてはいられない。過去にこのユタで総合優勝経験のあるモートンとドンブロウスキーが最後の2ステージできっちりと勝利。ドンブロウスキーは総合3位に登りつめ、先般のジロ総合12位と合わせ、近年の不調から少しずつ復調しつつあるようだ。

同じアメリカチームであるトレック・セガフレードも、勝てはしなかったが若手のニクラス・イーグ(総合5位)、ベテランのピーター・ステティナ(総合9位)が良い走りを見せていた。彼らはともにブエルタに出場予定。とくにイーグは6月のクリテリウム・ドゥ・ドーフィネでも積極的な走りを見せてくれていて、今回のブエルタで大きな結果を出す選手の1人だと思っている。

 

そして何よりも、今回のツアー・オブ・ユタで注目すべきはこの選手だ。

初日のプロローグ(5.3㎞の超短距離タイムトライアル)でローソン・クラドックを打ち破って優勝したジェイムス・ピッコリ。アメリカのコンチネンタルチームに所属する彼は、確かに今年、ツアー・オブ・台湾やツアー・オブ・ジラなど、6月までに出場した4つのステージレース全てで総合2位以上という、急激な覚醒を遂げている選手であった。

しかしまさか、HCクラスで、ワールドツアーの選手たちに混じって、連日の山岳ステージで常に上位にその姿を見せ続ける結果になろうとは。

もう決して若手とは言えない年齢ではあるが、この好調が今後続けば、さらなる上位クラスのチームでの活躍もありうるだろう。

ジェームス・ピッコリ。これからも覚えておきたい選手だ。

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ブエルタ・ア・ブルゴス(2.HC)

ヨーロッパツアー HCクラス 開催国:スペイン 開催期間:8/13~8/17

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スペイン北部、バスクにも隣接する山岳地帯ブルゴス県を舞台に開催される、「ブエルタ・ア・エスパーニャの前哨戦」。

優勝候補は昨年の総合優勝者イバン・ソーサと、今年のジロ総合優勝者リチャル・カラパス(モビスター・チーム)。ほかにもルイ・コスタ(UAEチームエミレーツ)などが出場した。とくにイネオスは昨年総合3位のダビ・デラクルスや同8位のセバスティアン・エナオ、10位のケニー・エリッソンドなども揃えてきており、盤石の構えであった。

第1・2・4ステージは総合争いには影響を及ぼしはしないが、平坦スプリントなんて軟弱なものは用意されず、結構な勾配の登りスプリントステージ。例年ワールドツアーチームにも有力選手を送り出しているスペインの有力プロコンチネンタルチーム「カハルーラル」から、元チーム右京のアベラストゥリ、そして若手バスク人の有力株パンチャー、アランブルがそれぞれ勝利を掴み取っている。

そんな中、彼らにまけずの登りスプリントを見せつけたのがニッツォーロだった。元々ピュアスプリンターのイメージの強かった彼が、初日優勝するだけでなく第2ステージでも2位、そしてより厳しい登りとなった第4ステージでも8位に入るなど、想像を超える走りを見せつけてくれた。 

 

そして、総合を動かす2つの山頂フィニッシュ、第3ステージと第5ステージでは、やはりイネオスが最強の力を発揮した。

第3ステージではジロ総合優勝者カラパスとの一騎打ちと思われたが、カラパスが意外にも力を出し切れず。最後はチームメートのペドレロをアシストするような走りを見せ、落ちていった。

第5ステージでは第3ステージでタイムを落としたルイ・コスタが先行。そこにカラパスらもついていき、一時はソーサが遅れたように見えていたが、これは単純に、勝負所を念頭に置いた「落ち着いた走り」に過ぎなかった。

結局、イネオスのチームとしての牽引でしっかりと先行したカラパスらを飲み込み、最後にソーサも発射して圧倒的なクライミングで軽々とコスタをパスした。 

 

圧倒的だった。

昨年のミゲルアンヘル・ロペスを最後に逆転してプロコンチネンタルチームでありながら総合優勝したときももちろん強かったが、今回はイネオスという最強チームの力が組み合わさったことで、さらに手がつけられなくなった。

今のところ、ブエルタに出場するかは未定。しかし、この状態であれば、出場も十分に考えられるのではないかと思う。

そしてカラパスは最終的に総合3位。悪くはないが、ジロに続きブエルタも制する、ということをもし考えているならばちょっと不安になる結果だ。ただ、キンタナもバルベルデも出場することが決まっているブエルタ。彼らをアシストする立場と考えれば、これほど心強い存在もいるまい。

 

そして総合2位には昨年ブエルタで1勝しているエウスカディ・バスクカントリーのオスカル・ロドリゲス。今年はこのブエルタで総合TOP10を期待しても良いかもしれない。

最終日に区間3位、最終的には総合5位となったディメンションデータのエリトリア人ゲブレイグ・ザブハイアーも着実に実績を重ねている期待の選手。今年のジロ・デ・イタリアの終盤でも積極的な逃げを見せていた彼も現時点ではブエルタ出場未定だが、ぜひ暴れまわってほしい選手の1人である。

 

 

アークティックレース・オブ・ノルウェー(2.HC)

ヨーロッパツアー HCクラス 開催国:ノルウェー 開催期間:8/15~8/18

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北緯66度以上のノルウェー北岸、北極圏を舞台とした「最北端のステージレース」。別名「鮭レース」。運営側ももはや自らネタにしまくっていて、今年は何度も生鮭をもった観客に出くわした。

 

春のクラシックを震撼させた怪物、マチュー・ファンデルポールのロードレース復帰レースとしても注目を集めた。実際、初日から彼は怪物ぶりを見せつけた。

第1ステージ。いきなり33名の大逃げが決まり、それ以外の84名は16分遅れでゴールするというカオスなステージとなったこの日。残り10㎞で飛び出した「エスケープスペシャリスト」スティーヴ・カミングスが勢いよく集団を抜け出して必勝パターンに持ち込んだ。

マチューを含むメイン集団は追走のための一致団結ができず、そのタイム差はなかなか縮まらない。これはもう、逃げ切り濃厚か、と思えた残り1㎞で、最後の最後でカミングスのペースが落ちた。そして、アスタナのマグナス・コルトニールセンの強力な牽引により、そのギャップが一気に縮まっていった。

そして、残り250m。スプリントというにはあまりに早すぎるタイミングで、ファンデルポールが「アタック」した。ダニー・ファンポッペルが慌ててこれに食らいつくが、しかしいとも簡単に「つきぎれ」してしまった。

やっぱり規格外だった。怪物マチューは、4ヶ月ぶりに常識外れの走りで視聴者を沸かせるに至った。

 

しかし、翌日からのステージは彼が人間らしさを見せる日々となった。

 

第1ステージに次ぐ集団スプリントステージとなった第2ステージでは、ラポルトを従えるコフィディストレインの後ろから、ベストなタイミングでブライアン・コカールがスプリントを開始。マチューもこの背中につけていたが、最後は純スプリンターのコカールの足についていくのが精一杯だった。

第3ステージ、登坂距離3㎞、平均勾配11%の強烈な超級ストールヘイアサミットが最後に待ち受けるクイーンステージ。例年このレースを制するパンチャーレベルでは制覇困難と見なされたこの登りは、マチュー・ファンデルポールにとっても厳しすぎるのではないか、とも見なされていた。

実際、登り始めは食らいつく姿を見せ、もしかして、と思わせたマチューも、やがて登りが進むに連れて少しずつ脱落。この日は体調も芳しくなかったというマチューは、総合争いから完全に脱落した。

先頭で優勝争いを繰り広げたのは今大会優勝候補のワレン・バルギルとアレクセイ・ルツェンコ。そして、ワンティ・グループゴベールの「パンチャー」、オドクリスティアン・エイキングであった。

 

地元ノルウェーでの栄光のためにエイキングは最後まで足を緩めず、バルギルを振り切って先頭でゴールを迎えた。初日に大きくタイムを失っている彼は総合優勝はできないが、しっかりとチームに結果を持ち帰った。

そして、ユーゴ・ウルの献身的なアシストを受けながらも、ルツェンコはバルギルから遅れを喫してしまった。

2年前のツール山岳賞で今年のフランス王者であるバルギルがルツェンコから3秒リードで総合首位に。そして最終ステージへと挑む。

 

最終ステージは終盤に1級山岳を含む周回コースを3周する、パンチャー向けステージ。バルギルを追うルツェンコのビハインドは3秒で、それゆえに中間スプリントポイントにおけるボーナスタイムも重要な勝負所であった。

スタート直後の第1スプリントポイントはバルギルが2位に入りタイム差を5秒に広げた。しかし終盤の第3スプリントポイントでは、バルギルとルツェンコとが先頭を争い、ルツェンコが先着したことでタイム差は4秒に縮まった。

その状態で迎えるフィニッシュ。残り6㎞から飛び出して見事逃げ切りを果たしたのは、地元コンチネンタルチーム所属のホーエルガード。さらにノルウェー王者ヤンセンがこれに追随し2位に入り込み、ボーナスタイムが残された3位の座を巡る争いで、執念を見せたルツェンコがバルギルを突き放しボーナスタイム4秒を手に入れた。

さらにこのとき、バルギルはルツェンコに完全に突き放され、タイム差1秒をつけてしまった。結果、総合でも1秒差の決着。バルギルにとって、あまりにも悔しい幕切れであった。

終盤で、必要ないのにバルギルがルツェンコを先導する場面も。そこで足を使っていなければーーという思いもあるだけに、本当に悔しい結果だった。

 

あとは、おめでとう、ルツェンコ! カタール2連勝などもあり、今や、今回の北極圏レースのようなややクライマー向けのステージレースならば安心して優勝を予想できる選手に育ってきた。

 

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